最弱無敵の精霊使い

葵 希帆

 二度目の人生終了

四時間ぐらいは歩っただろう。

「……ここは森かな」

 平原の中に気が見え、それが森だということに気づいた。
 今まで草しかない草原を歩いていた修斗にとって森が目新しいものだった。

「入るか、このまま草原を歩くか」

 今、修斗は二択の選択に迫られる。
 この四時間平原を歩いて思ったことはとにかくなにもない。

 川もなければ動物もいない。
 つまり、水と食料が確保できない。

「……そうするとやっぱり森だよな」

 森があるということはつまり、水源があるということだ。
 それに森の中なら木の実ぐらい成っているだろう。

「お腹空いたな……」

 この四時間、飲まず食わずに歩いてきたのだ。

 特に喉の渇きがやばい。

 早く水を飲まないと、脱水症状になる危険性がある。

「決めた。森に入ろう」

 修斗は森を入ることに決めた。

 その後、一時間ほど森の中をさまよう修斗。
 草原とは違い、森の中は薄暗く寒い。
 木の葉が陽光を遮り、さらに木のせいで見通しが悪い。

「……ここはどこだ……」

 そして道に迷った。

 普通道に迷わないように木に傷を付け目印を残して進むのが一般的だが現代人の修斗はそこまで気が回らなかった。
 修斗はいろいろな方向に進んでしまったため今、自分がどこにいるのかも分からない状況になっていた。

 つまり、森の中で遭難したのである。

「……それにしても喉乾いたな」

 道に迷い、喉の渇きもピークに達していた。

「……ッ」

 そんな時、なにかが枝を踏む音が聞こえた。

「えっ……なに」

 修斗は怯えた表情で回りを見渡す。
 ここは森の中だ。見渡してもほとんど視界がない。

「……誰かいるの」

 修斗は希望を信じ、誰か人がいると仮定して呼びかけた。
 仮に人がいても山賊や盗賊の可能性もある。

 人間、良い人ばかりではない。

 しかし修斗は喉が渇き、思考が遅くなっていたせいで、その可能性まで考えることができなかった。

「ぐるるるるる」
「わっ」

 しかし枝を踏んだ犯人は人間ではなかった。
 修斗の左方向五十メートルのところに大きな熊がいたのだ。
 体長三メートルから三メートル五十センチはあるだろう。
 黒く針金のように硬そうな毛。
 口からは涎を垂らし目が赤い。
 しかも頭の上に二本、角が生えている。
 明らかに日本にいるヒグマやツキノワグマでもない。
 それどころか地球上にあんな熊はいない。

「ぐわぁー」

 熊が咆哮を上げる。
 熊は修斗のことを認識している。

「確か熊に遭った時は背中を向けて逃げない。できるだけ刺激をしない」

 修斗は頭の中で熊に遭った時の対処法を思い出す。
 特にやってはいけないのは背中を向けて逃げることだ。

 熊は背中を向けて逃げるものを追う習性がある。
 それに、熊の脚力は人間よりも遥か上である。
 たとえオリンピック金メダルの選手でも熊には勝てないと言われている。

「ぐるるるるるる」

 しかしその熊はお腹が減っているのか、背中を向けて逃げているわけでもないのに修斗目掛けて突っ込んできた。

「ぎゃー」

 さすがの修斗もあの巨体で襲ってきたら恐怖を感じる。

 そして、背中を向けて逃げ出す。

 修斗も熊に足で勝てないことは分かっている。

 もうすでに後ろには熊が涎を垂らし、鋭い爪で修斗を狙っている。

「嫌だ。死にたくない」

 修斗は泣きながら叫ぶ。
 死んだと思ったら変な世界に来て、そしてまたすぐに殺される。

 そんなのはあんまりだ。

「ぐるるるるるる」
「お願い、助けてー」

 熊の爪が修斗の背中を切り裂こうと振り下ろされる。
 修斗は無駄だと分かりながらも助けを求める。
 熊に生きたまま食われて人生終了するなんて、なんて悲惨な人生だったのだろう。
 修斗が死を覚悟した時、どこからか声が聞こえた。

「その願い、承りました」

 女の人の声が聞こえたかと思うと、目の前に光り輝く光球が現れた。
 その光球の中から腕と槍が飛び出し、熊の爪を弾き飛ばす。

「ぐるるるるる」
「マスターに牙を向けるなんて恥を知りなさい」

 光球の中から出てきたのは、この世とは思えないほどの美少女だった。

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