ロリかの

葵 希帆

 引きこもり

 いつからこんな生活をしているのか覚えていない。

 ただ分かるのは自分が今、引きこもりということだけだ。

 学校ではイジメはなかった気もする。
 そもそも幼馴染以外友達がいなかったので、イジメの対象にもならなかったのだろう。
 無視もされていなかった気もする。

 そもそも、クラスメイトにあいさつをした覚えがない。
 だからこれといった原因があるわけでもない。
 ただなんとなく学校に行くのが嫌になり、家に引きこもるようになり、いつの間にか引きこもりになっていた。

 最初、親はずいぶん大輝のことを心配した。
 でも引きこもりの生活が一か月、二か月、半年と続くと親も大輝には興味をなくし、いつのまにか相手にもされなくなった。

 自分の部屋で無料動画サイトや無料漫画、ゲームをして時間を浪費する毎日。
 たまに幼馴染が家にやって来るが、部屋にはいれなかった。

 こんな自分を見られるのが恥ずかしかったからだ。
 幼馴染の二人とは、ドアを隔てて会話をしていた。
 引きこもりになってから約一年。
 それでも幼馴染の二人は大輝のことを見捨てることはしなかった。
 それは大輝にとって、生きる綱だった。
 もし、大輝にそんな幼馴染がいなかったらとっくに部屋で首を吊って死んでいただろう。
 幼馴染は何度も大輝を家から出そうとしたが、大輝は何度も断った。

 部屋から出るのはトイレと、お腹が空いてコンビニに行く時だけである。
 コンビニに行く時も幼馴染が学校に行っている時間、昼間や深夜の時にしか出歩くことはしない。

 いや、できない。

 こんな恥ずかしい姿、幼馴染だけではなく同級生にも見られたくない。

「……腹減ったな~」

 お腹というものはなにもしていなくても空くものだ。
 昼ご飯は食べたがもう少しなにか食べたい気分である。
 やはりデザートが食べたい。

 今の時刻は二時。

 まだ高校は終わっていない。

 大輝は重い体を起こし、グレーのスウェットのまま部屋を出る。

 この時間なら知り合いには出くわさない。
 ポケットの中に入っている財布の残高を確認し、玄関を出る。

 外はまるで引きこもっている大輝を責めるかのように燦々と輝いている。

 やはり、この時間帯にスウェット姿の高校生は目立つ。

 すれ違う主婦や老人には奇異な目で見られる。
 この視線にも慣れたが辛くないわけではない。
 自分でも自分が社会不適合者だということは分かっている。
 だから他人にまで自分を責められたくはない。

 無事近くのコンビニにたどり着き、イチゴプリンを買う。

「ありがとうございました」

 無機質な店員の声とともにコンビニの外に出る。
 もしかしたら最近一番話す相手はコンビニの店員なのかもしれない。

 そう思うと、自分のダメさに嫌気が差す。

 一体、どこで道を間違えたのだろう。

 小学生の頃は楽しかった。

 あの時は無邪気に走り回り、幼馴染の水樹や那由とも楽しく遊んでいた。

 中学の頃も水樹や那由、それにほかのクラスメイトもうまく馴染み、それなりに楽しかったという思い出がある。

 でも高校生になり、クラスメイトに馴染めなかった大輝は孤立した。

 水樹も那由も心配そうな目を向けていたが、声をかけてくることはなかった

 何度も言うがいじめられていたわけではない。
 ただクラスに馴染めなかっただけなのだ。
 そのせいで、どんどん学校に行きたくはないと感じるようになり、引きこもりになった。

 本当にクズな人間なのだ。

 高橋大輝という人間は。

「……あれ、雨かな」

 視界が悪くなり目元が熱くなる。
 そして自分が泣いていることに気づく。
 地面は涙の痕跡を残し、むなしく消える。

「……なんで泣いてるんだよ。悪いのは全部俺だろ」

 泣いて悲劇の主人公ぶっている自分に怒りがわく。

 大輝に泣く権利なんてない。

 でも、体はその命令を無視して涙を流しまくる。

 悔しかった。

 嫌だった。

 惨めだった。

 引きこもっている自分が。

 クラスに馴染めなかった自分が。

 もう一年間も引きこもってしまった。

 もうクラスに自分の居場所なんてないだろう。

 高校は人生の青春といわれているがその一年をただ引きこもって無駄にしてしまった。

 家の外に出るのが怖い。

 また馴染めないのが怖い。

 拒絶されるのが怖い。

 社会に出て、否定されるのが怖い。

 いつの間にか大輝の歩みは止まっていた。

「……僕は……僕は」

 道の真ん中で泣いているなんて恥ずかしいと思う。
 でも、不安や恐怖や劣等感が大輝の心を蝕み、羞恥心を食らっていた。

「大丈夫ですか、お兄さん」

 急に視界に移りこんでくる小さな子供。
 その子供、いや女の子は心配そうに大輝に駆け寄ると、ハンカチを差し出してきた。

「これで涙を拭いてください、お兄さん」

 これが小学五年生、今井美代との出会いだった。

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