【一同驚愕】EX職業『剣聖』を放棄した理由に涙が止まらない。

ノベルバユーザー402051

第3話 見たくないもの

外の空気は驚くほど透き通っていた。

東京じゃ確実に感じられない`空気の美味しさ`ってやつだ。

もしかしたら上京する前の田舎よりも綺麗かもしれない。

「へいらっしゃい。安いよ安いよ〜」

「一目見てって〜、絶対気にいるよ〜」

俺がまず訪れたのは、カロナに言われた商店街。

簡易的な地図を片手に歩けば、徒歩5分ほどの距離だった。

ここで買い物してればだいたい雰囲気は掴める、とカロナは言っていた。

竹下通りを思い出すその賑やかさは、個人的に苦手だ。

「おっちゃん、それはなんすか?」

ふと立ち寄った店には、見慣れない食べ物が置いてあった。

「これか? こりゃ〜ルイーヌ名物`アムダ`実、一つ一つが違った味をした果物だ。そんなんも知らねぇなんて、兄ちゃん他所もんか?」

そんなことを言われても、俺からしたら何もかが初めて見るものだ。
聞いたものが特産品でよかった気がする。

「ま、まぁそんなとこっす」

「おぉ、そうか〜。長旅ご苦労さん。んで、どっから来たんだ?」

そこ気になるかぁ、と言いたくなった気持ちを抑えて、とりあえず適当に答えてみる。

「えと、ジャ、ジャパーン村からきました」

渾身のボケ。

「聞いたことねぇな」

まぁまぁなツッコミ。

「ま、長旅ご苦労さんってことで、それやるよ。今回限りのサービスだ」

八百屋? の店主はアムダという果物を指差した。

「いいんすか、ありがとう……ございます」

「おうっ、代わりに帰ったら村で宣伝してくれよ〜」

少し罪悪感があったが、その場は軽く頷いて後にした。

その後も俺は、苦手な商店街を歩き回り、目で見たり耳で聞いたりしてユファンダルの情報を集めた。

陽が傾くまでウロウロした結果、とりあえずわかったことがいくつかある。

一つ目は、カロナと話しているときはすっかり気にしていなかったが言葉は通じるということだ。

そもそもこの世界で日本語が使われているとは考えずらいので、おそらく勝手に翻訳かなにかされているのだろう。魔法が使える世界ならなんでも有りな気がする。

二つ目は、ユファンダルの世界観だ。

基本、通りはレンガで埋め尽くされており、ガサツだが人が歩く分には申し分ない作りだ。

建ち並ぶ民家は、中世ヨーロッパを彷彿させる外見をしている。

よく、異世界では多種族が共存しているが、この世界では人間が牛耳っているらしい。

というのも聞いた話によるとユファンダル全体には村、町、王都(帝都)と大きく分けて三つの人間生息地域があり、この三地域には古代から`聖結界`というものが張られているらしく、人間以外の生命体の侵入を防いでいるそうだ。

人間以外の生命体というのは、いわゆる`魔物`である。

三つ目、それは――

帰路を辿りながら集めた情報を頭の中で整理していると、目の前を若い男2人が走り過ぎた。

どちらもガタイが良く、背丈も高い。
絡んじゃいけないやつだ、とすぐに察した。

「おい、お前はそっちから先回りしろっ!」

「命令すんじゃねぇよぉ! お前が先回りしろやぁぁぁ」

「あ? やんのかてめぇ」

おっと、これはテンプレ展開か?

……なんて安っぽい喧嘩なんだろう。

それにしても、先回り? なにかを追いかけているんだろうか。

まぁ俺には関係ない。見なかったことにしてカロナさんちへ帰ろう。

その場からいち早く離れようと小走りをしだした瞬間――

「居たぞ! アイツだっ!!」

突如1人の男が叫んだ。

「意地でも逃すなっ。全力で捕まえろ!!」

もう1人も呼応する。

いかにもモブっぽい言い方だ。
……そんなことはどうでもいい。

男が指を向ける先には、1人の少女が細い路地の真ん中にいる。
もう日が暮れているので、よく見えない。

このまま俺がここを後にしたらあの子は……。

思考を巡らせるよりも早く俺の足は動き出した。

男たちからは少女のところまで約30m、俺からは50m。

いける……っ!

過去1の速さで走った俺は男たちを余裕で追い抜き少女の前に立つ。

「大丈夫。俺の後ろ物陰に隠れ――」

嘘だろ……。

目の前にいる小さな女の子は見覚えがある。
黒い髪はおろしているし、盗賊のような服を着ているが、透き通った蒼い瞳は忘れない。

「シーナ……か?」

少女は何も言わずに俯いた。

「……とりあえず後ろの物陰に隠れて。話は後でたっぷり聞くからな!」

もう男たちは目の前まで迫っている。
逃げる余裕もないし、周りにはこれといった武器になるものはない。

「素手で戦うしか……ないか」

深いため息をついたときには、すでに男たちの足取りは止まっている。

「お兄さん、ちょっとどいてもらえるかい?」

男たちは片手にナイフを持っている。
やっぱあるよなぁ、と心で呟いた。

「悪いがそれはできない。あんたらがこいつに何の用があるのかは知らねぇが、俺はこいつに借りがあるんでね」

めっちゃかっこつけたな〜俺。これでやられたらダセェなぁ。

男たちは顔を見合わせてニヤッと笑った。

「まぁ、そう言うと思ったけどよぉ。お兄さん、まさか素手で戦う気かい?」

「あぁ、そうだ。お前ら程度、これで十分」

俺は胸前で手のひらと拳を合わせた。

はぁ、またかっこつけちまった。
こ〜ゆ〜キャラは痛いのになぁ。

「そ〜かい。んじゃ、大人しく死んでくれぇぇぇぇぇぇっ!!!」

男たちは左右に展開して、同時に飛び込んでくる。

間合いを確認して、後ろに二歩分下がる。

一撃目は避けれたが、見事に男たちは着地を決め、すぐさま俺との間合いを詰める。

「良い反射神経だな。ただのガキじゃないようだ」

「……お褒めの言葉をありがとう。あんたらも中々やるな」

「ふっ、こんなもんじゃないぜ?」

という言葉と同時に視界から1人の男が消えた。

「ラヴァアイアン・フィスタ」

これは、ソーサリーの詠唱か?

位置を確認する暇もなく、背中に激痛が走る。

「っな……!」

腹部を見ると、見たこともない長剣が俺の体を貫通していた。

「……所詮、ガキはガキだなぁぁぁ」

俺の腹部から長刀が消えた。
代わりに大量の赤い液体が空いた穴から飛び出す。

ありえない。

やられるやられないのレベルじゃない。

さっきまで手に収めていたナイフはどうした。

どうしてあんなものを持っている……。

まさか……。

「な、ナイフは……」

「ナイフ? あぁ、これのことか」

男は手に持った長剣を指差した。

「ナイフなんて`核`に過ぎないんだよ。これを元にできたのがこの剣さ」

そんな、チートかよ。

感じたことのない激痛をこらえながら、シーナの方を見る。

少女は俯いたままビクともしない。

「ま、まだ……終わってねぇぞ」

残された力を右手の拳に込め、体勢を立て直す。

「シツコイねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

まだ`ナイフ`だった男も詠唱し長剣へと変えた。

左右から迫ってくる男たちを両眼で捉える。

速い……ッ!

と、同時に俺は悟ってしまった。

……二度目の死を。

意識する間もないまま俺の両腕は地面落ちた。

腹だけでなく、両サイドから血しぶきが飛ぶ。

立つ気力も失せ、両膝を地につける。

俺はまた死ぬのか……?

まだ何もわかんねぇままだぞ。

この街のことすらほとんど知らないのに、もう終わるのか?

あの2人が今、どこで何をしているのかもわからず二度目の死を遂げるのか?

嫌だ。

イヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダイヤダ。

死にたく……ない。

意識が、遠のく……。

……?

「……君はまだ、死ぬべき人じゃない」

「やっと、やっと見つけた」

「君は、死なせない」

なんだ……今の。

ほとんどない意識下で、頭にこだまする幼き声。

シーナ……?

「ラウヴァン・コア・ライジング」

突如、俺の体が輝きだした。

芯から何かが溢れるような、そんな感覚……。

「っ!? 切り落としたはずの手が……」

俺の失われた手が何事もなかったかのように修復してる……!?

「構わねぇ! ズタズタに切り裂けぇぇぇぇぇ!」

男たちが長剣を振りかざす……が。

……遅い?

先程の素早さが嘘のようだ。

どういう……ことだ。

俺は反射的に二本の長剣を両腕で掴む。

軽い……。

「な、なんだコイツ!?」

「これ以上、振り降ろせねぇ……!!」

……勝てる。

なんだかわからないが、勝てるッ!!

「パリィンッッ!!」

大きく長い、鋭い二つの刃物が大きな音を立てて割れた。

「コイツ……、手の力で長剣を割りやがった!!!」

「ありえねぇ、特殊強化された剣だぞ!」

俺はそっと起き上がる。

正直、今なら何でもできる気がした。

体についた汚れを手で払い落とし、目の前の男たちを睨む。

「くっ……」

「ビビるなぁぁぁ!! 所詮ガキはガキっ! ソーサリーで沈めろ!!!」

男たちは手を開いて前にかざす。

「メフレイム・エフューズ!」

直径50cm程の二つの火の玉が男たちの前に現れ、俺の方へと向かってくる。

遅い……。

しかし避ければ、街に被害が出る。

「っふ……」

俺は正面から彼らの最大火力であろう攻撃を受けた。

「あいつ……正面から受けやがった」

「……流石に跡形もなく消え――」

爆発後の黒煙から黒い影が見える。(男たち目線)

ゆっくりと煙が薄れるにつれてハッキリと映る人影。(男たち目線)

「効かねぇ……」

「嘘だろ!! さっきまでの雑魚加減はどこ行きやがったぁぁぁぁぁ!!!」

俺は男たちの叫び声など耳にせず、刹那の間に彼らの背後に移る。

「てめぇ、まだ終わって――」

「悪い、もう終わってる」

俺が剣道をやっていたとき、試合で見たことがある。

面が誤ってこめかみに当たった時、一瞬で気絶した人間を。

「っ……!」

小さな呻き声が、短くも濃い闘いに終幕を告げた。

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