夜明けの最終章

雪待月

その手紙は朝日よりも早く

夜が明けた。
今日は久しぶりに店を休みにする事にした。
変わらず僕は書斎で手紙を書いていた。
この手紙を書いている間は彼の事を強く想えているような気がしてこれだけはずっと続けていた。
そんな風にペンを動かしているとそろそろ太陽が真上に来ようかという頃、呼び鈴が鳴った。
扉を開けるとそこには黒い制服に身を包んだ長身の男が目深に帽子をかぶって立っていた。「タイムカプセル郵便です、配達日になりましたので」と、彼は言って返事を持たずにサインだけを受け取って小柄なオートバイに乗って去ってしまった。


拝啓、舟見籠目
五年前の来馬海人です。
こうして手紙を書くのはたぶん最後になりますね。次の現場は今までよりも激しい場所だからもしもがあるかも知れないです。
だから僕はこういう形で手紙を残そうと思いました。5年後に届くようにしようと思っているのですが君は何をしているんだろう。
君は店を開きたいと言ってたね、もしも無事に帰る事が出来たら君が包丁を握って、僕が注文をとって配膳して、そういう風になれるといいね。万が一僕が戻って来なくても君はお店を開いて、誰かの為にご飯をこしらえてあげてください、誰かの笑顔の理由になってあげてください。


来馬海人より、そう締め括られた一枚の紙はくしゃくしゃになり所々が斑のように濡れていた。


その夜、僕は最後の手紙を書いていた。
舟見籠目より、そう綴り終えた一枚の紙を丁寧にたたんでから次は引き出しに手を伸ばした。
用意していた大きな紙袋に今まで書き綴ってきた思い達を詰め込んだ。触れるとその紙は火のように熱く感じられた。
夕食を済ませて、明日の準備をしてから時計の針が横に寝そべる頃に浜へと降りていった。僕は毎日思う。手紙を眺めた時、浜へ来た時、朝日を見た時、缶コーヒーを飲む時、こうして宛名も書かずただ八つ当たりのように書きなぐったきた手紙たちは何の為に在ったのかと。
その答えは昨日得た。その答えの呼び鈴は朝日よりも早かった。夜が明けるよりも早かった。
僕が店を開いた意味の、手紙を残してきたことの、陽子ちゃんの気持ちに対してただ断るだけでなく彼の写真を見せた事の、全てこの為だ。この答えを得る為だった。
「結局、僕は自分で自分の答えを得ることは無かったです」
漏れた声は彼方へ、この海の先へ潮騒と共に流れていった。
そろそろ夜明けが来ようという頃、空が白み始めたのを合図に僕は紙袋の中から幾重にも重なった手紙たちを、5年間書き溜めてきた想い達をこの海へと投函した。

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