夜明けの最終章

雪待月

そして夜明けがくる

夜明けの最終章


街は眠り、灯も消え、星空を隠した雲もそろそろ幕を開けようかという頃、僕は布団からむっくり起き上がって、ちゃんちゃんこを羽織って下駄を履いて、少しばかりの小銭だけ持って浜へと歩いて行く。これが僕の日課だ。道中の自動販売機でホットコーヒーを買い、右手、左手と転がしながら暖をとるのだ。そして浜へ出ると空が白み始めて雲達も空の脇へ後ずさると主役が顔を覗かせるのだ。


僕がこの街に移り住んでもう五年が経っていた。僕には恋人がいたが、遠くに行ってしまったので僕も遠くの街に住むことにした。
それから、毎日彼に向けて手紙を書いている。ただの自己満足なのでポストに投函してないけど、文字に起こさないと気持ちを吐き出す場所がなくて自分にひびが入りそうなのだ。
そんなわけで毎日の日課である手紙と日の出を見たところで朝食をとる事にした。


僕は、この街で小料理屋を営んでいる。
従業員は営業している僕と、夕方から手伝いに来てくれる女子高生が一人。それ以上は雇う気もないし雇えない。店は結構な繁盛具合だが、店の維持費も馬鹿にならない。加えてそこに人件費がかさむとなると、これはまた痛い出費だ。しかし、現実は2人でなんとかお店は回ってるからしばらくはこれでいいと思う。
とにかく僕はそんなわけで朝食を終えるとすぐに支度して今朝とは大違いにお金を持って市場へと繰り出す事にした。
仕入れ、と言うやつだ。魚、野菜、肉、なんでも揃う大きな市場が早朝と夕暮れ時に、この街では開かれる。僕はこの街に来て一番良くしてくれている魚屋の潮風に寄った。「おう、籠目屋さん今日もいいの揃ってますよ。さごしなんてどうですか、脂乗ってますよ。そういえば今朝はカツオが上がったんですよ一本まけとくよ」と威勢のいい大きな声で挨拶してくださった。
では、とかつお一尾分の値段でさごしに、かつお二尾に、ほたてサザエまであつらえてくださった。また今度店にいらしてくださいと頭を下げてその場を後にした。
次はこれまたご贔屓にしてくれている八百屋さんにいった。
「おはようさん、籠目屋さん。今日は山葵が安いよ、大根も太くていいだろ」
台の横に椅子を持ってきて座して背中を丸めている老年の女性、八百屋のくじら屋さん。
あれもこれも持って行きなさいと、山葵と大根二本の値段で玉ねぎにキャベツ、じゃがいもまで付けてくれた。また今度店にいらしてくださいと頭を下げた。
最後は精肉店だ。
「おぉ、籠目屋さん。おはようございます、今日は牛肉が安く入ってますよ、豚もちょっとばかし高級なのが手に入った見てっておくれ」
屈強な体とは相反する柔和な、優しい笑顔を向けてくれる六屋さんだ。
お肉は少し値が張るので牛肉と鶏を三羽買っていった。


店に帰ってくるともうすぐ時計の針が真上を指す頃だった。
急いで支度して、下処理などの仕込みを始める。自然とお腹は空かなかった。
夕方、そろそろ日が沈むという頃に籠目屋は開店する。
燈籠に火を灯して、暖簾をあげる。
すると、店の前に自転車が止まった。
「遅くなりました!すぐ用意します!」
投げ飛ばす様に自転車を脇に停めて、マフラーを外しながら店内へと駆け込んだ正体は、従業員の女子高生、陽子ちゃんだ。
ゆっくりで大丈夫だよ、っと店の奥、従業員用の支度部屋に声を投げた。


その日はお客さんもたくさん来られて、「やっぱり籠目屋さんの包丁が入ると魚も生き返るようだね。口の中で暴れ回る!こりゃうめえよ」と絶賛だった。潮風さんにお礼を言わなきゃだなと陽子ちゃんとガッツポーズをした。
「この鶏大根も美味しいね、大根によく味が滲みてるわ」と来店されたくじら屋さんがいっぱい食べてくださった。
陽子ちゃんもつまみ食いしてた。僕もつまみ食いした。


熱も冷めてお客さんがみんな帰った後陽子ちゃんを家まで送った。これで籠目屋は閉店だ。
「また明日ですね、おやすみなさい」
別に、シフトを組んでいるわけではないし、好きな時に出勤すればいいからね、そう言ったらこの子は毎日顔を出すようになった。たまには休んでいいんだよと言うと、ここで休まってますのでと返されるのだ、困った。
おやすみと返して、店に帰る頃には日をまたいでしまった。また夜明けに。

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