夜明けの最終章

雪待月

ようやく空は白み始める



その日、僕は書斎の机に向かっていた。
普通ってなんだろう。異常ってなんだろう。
彼に宛てた手紙にそんな事を書き連ねていた。無意味だとわかっていてた。或いはこうして書き続けていれば彼が、いや彼でなくとも誰かが教えてくれるような気がした。


ちゃんちゃんこを羽織り、下駄を履いて、少しばかりの小銭を持って浜へと降りた。
道中にある缶コーヒーを忘れずに買った。
波の音を聴きながら、水平線を眺めて昨日の事を思い出していた。彼女が泣いたのはなぜだろう。僕が同性愛者だからだろうか。それとも慕っていた人が気持ちの悪い人種だったからだろうか。理解されないのはいつも通りだけど、なぜ彼女は普通という言葉を持ち出したのだろう。
答えの出ないまま波の音に耳をさらわれて、水平線の向こうから太陽が顔を覗かせた。
海の向こう、このだだっ広い太平洋の向こうで彼が笑っている気がした。


「おや籠目屋さん、おはようさん。今日は少ないのね、店はお休み?」
くじら屋さんにそう聞かれたので首を横に振った。
実家から野菜が届いたと言うとくじら屋さんはカラカラと笑って「そうなのかい、なら籠目屋さんが買わなかった分を娘夫婦と孫の所にでも送ってやろうかね」と言ってまた笑顔を見せた。ありがとうございます、と頭を下げて店を後にした。


一通り買い物を終えて、帰ってくると13時を回る頃だった。
仕込みに取り掛かり、それが終わった頃にはもう日が沈み、時間は18時を過ぎていた。
陽子ちゃんは結局店には来ず、客足も今日は少なかった。この店で1人で過ごすのはいつ以来だろうか、そんなことを考えながら片付けをして店仕舞いにした。


結局僕のやることは変わらなかった。
店へ来てくれた人に料理を振舞って、それが終わったら陽子ちゃんを送り届けてまた明日と手を振り合って家路に着く。
そして書斎で、彼に手紙を書くのだ。
その日あった事や、いつかの思い出を書き連ねてそれを机の引き出しに投函するのだ。どこへも行かずにただ引き出しの中で眠り込むのだ。
今日もそうして店を閉めて机の上で独りで文字を書く。そうしたものが溜まり溜まって腐ってるならそれはゴミとなんら変わらないじゃないか。
そんな言葉を紙に置いていた。
普通ってなんだろうね、そう締めくくって手紙を入れた封筒に封をした。


まだ太陽が顔を出すには早いが浜へ出た。
一服つけてるうちに夜も明けるだろうと思い、慣れない煙草をふかしながら沖を眺めていた。夜はいろんな悩みや思いを吸い取ってしまうような気がした。そして僕はそんな夜空が好きだった。
そんな事を考えていたら空が少しずつ白んできた。
雲の輪郭がはっきりしてきて、水平線の向こうから船の帆が見えた。一仕事終わって帰ってくるのだろうか。
「僕も、明日から頑張ろう。陽子ちゃんにもちゃんと話をして…」
まだ葉が随分と残る煙草を踏みつけた。
すると朝焼けが僕と海を煌々と照らした。
こうして、僕の夜が明けた。

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