一分で読める青春小説「ティーンズ・ブルー」
一分で読める青春小説「ティーンズ・ブルー」
悩みは青春のもと。
八月十日、前期特別補講の最終日。いつもの代わり映えしない帰り道。ろくに勉強していないくせに、流行りの応援ソングを聴きながら「頑張ってる俺」を演出する。山の頂上付近から放射状に延びる夕日が、背中を刺すように煽ってくる。
「高校三年の夏ってこんなんかなあー」
と、隣を歩く来週で付き合って丸一年になる奈々子に話しかける、というのは嘘で、実際には三か月くらいであっけなく破局した。
受験前というのは多くのカップルが破局してしまう時期であり、学校ではよく「リア充同時多発爆発」などと呼ばれていた。(もっとも、そんな風に話題にするのは恋愛とは全く縁のない人種ばかりだったが)。
「別れよ・・・」
真夜中に送られてきたその通知を見た俺は、スマホを盛大に床に落として画面を割り、三日間学校を休んだ。そして布団にくるまって、今日のように流行りの失恋ソングを聴きながら「可哀そうな俺」を演出した。都合のいいように自分を肯定して前に進もうとしないのは、情報化が進んだ今を生きる現代人の悪い癖なのかしら、と自分でもよく分からないことを考えていると後ろから声がした。
振り返ると丸である。
丸いのが自転車にまたがってこっちを見ている。正体は磯崎龍生だとすぐ分かった。「磯崎龍生」という無駄に画数の多い名前を持つ彼は、今年の春まで同じ新聞部で活動していた大柄な男で、みんなから丸と呼ばれていた。丸といってもそれほど太っているわけではなく、むしろ彼より体の大きい奴なんて他にも大勢いるのだが、なんというか存在が「丸」なのだ。存在が太っているのだ(本人の目の前で言うと口をきいてくれなくなる)。それは決して暑苦しいとか鬱陶しいという意味ではなく、少なくとも俺は何でも肯定的にとらえる彼の寛容さと優しさに好感を抱いていた。
「なんかめっちゃ久しぶりやな」丸が言った。
俺はせやねとだけ答えて歩き続けた。
「祐樹はさあ、どこ行くん」
進路について聞かれていることは明らかだったのだが、先週で提出締め切りの進路希望調査用紙が、白紙のまま引き出しの奥で眠っている俺は何も言えなかった。「やっぱりF大?」
F大といえば俺たちが通うF高の真上に存在する大学で、たいてい皆エスカレーター式で進学する。ただ俺は、そのまま進学してしまうのも、さらに上の違う大学を目指す気にもなれず、就職する気にもなれなかった。俺の目にはどの道も「なんか違う」気がしていた。何を聞かれても「かなあ」と受け流すことしかできなかった。
「・・・俺さあ、四月くらいまで進学するって言ってたんだけどさ、やっぱ就職しようと思うんだよねえ。実家継ごうと思ってて」
何が「やっぱ」のなのか全然わからなかったし、丸の実家がどんな商売をしているのかも全く知らなかった。「へえ」とだけ答えたが、それ以上質問してあげないと場がもたなかったので「家業?」とアメトークの宮迫みたいなノリで質問した。
聞くところによると、丸は家族七人暮らしで、隣町に暮らしている。両親は昭和五十年ごろから続く町の食堂を経営している。代々続く食堂を長男として継ぐことを期待されていたが、丸は、地元の公立大学の文学部に進学したかったらしい。
「文学部って言ってもさあ、源氏物語とか、漢詩とか、シェイクスピアとかじゃなくてさ、メディア系なんだけどね」
さすが新聞部の部長をやった男だなと少し感心しながら話を聞いていると、不意に車の下から真っ白な猫がのろのろと出てきて、こちらを向いて腰を下ろした。
「文芸メディアっていうか、新聞とか本とかまあテレビとかインターネットも含むんだけど、そういうものの社会との関わり方とか、将来どうなっていくかみたいなことをやるんだけどさあ」
猫はまだ動かない。わざわざ日向に出てきてまぶしそうにしている。
「そういえばお前まだ決めてないって言ってたっけ」
このままでは自分の話が暴走してしまうと気づいたのか、俺に話を振ってきた。
「うん・・・」
いつの間にか猫は、小学生の集団に囲まれていた。何本もの手で撫でられ、だいぶ迷惑そうだ。
「この前母親がさあ、悩みは青春ものとだ、なんて言ってさあ、今のうちにいっぱい悩んでおきなさい、若者の特権なんだからって。」
―悩みは青春のもとー
「その時まだ結構進路迷ってたんだけどさ、そんなときに母親は、無理に家業継がせようといないで、ゆっくり悩めって言ってくれたんだよね。」
嘘だ。
「だから、なんかその時感動して、親助けないとなあなんて思っちゃってさ。あ、ごめんまた自分の話ばっかりで」
嘘だと思った。悩みが青春の特権なんて嘘だと思ってしまった。人生はずっと続いていく。受験のあとも人生は続く。祭りの後も、この日常は終わらない。だから全部、なにもかも抱えたまま、生きていかねばならない。青春は一瞬だなんて言ってときめいている奴はバカだ。
いつの間にか小学生の甲高い声が後ろから聞こえてくる。三つ目の交差点に差し掛かる。俺たちは「じゃあ」とだけ言って別れた。
俺は左に、丸は右に。春に部活を引退してから、俺と丸との間には同じ時間が流れているはずなのに、まるでその進み方は違うように感じた。丸はまっすぐ進んでいるのに、俺はいつまでたっても同じところをグルグルと回っている。時間は平等になんか流れていない。その速度も、方向もバラバラだ。
俺は左に、丸は右に。
ただ太陽だけが、その重たい体をゆっくりと、そしてまっすぐ地平線へ沈めていく。
また今日と同じ明日が来るような気がしてならなかった。
八月十日、前期特別補講の最終日。いつもの代わり映えしない帰り道。ろくに勉強していないくせに、流行りの応援ソングを聴きながら「頑張ってる俺」を演出する。山の頂上付近から放射状に延びる夕日が、背中を刺すように煽ってくる。
「高校三年の夏ってこんなんかなあー」
と、隣を歩く来週で付き合って丸一年になる奈々子に話しかける、というのは嘘で、実際には三か月くらいであっけなく破局した。
受験前というのは多くのカップルが破局してしまう時期であり、学校ではよく「リア充同時多発爆発」などと呼ばれていた。(もっとも、そんな風に話題にするのは恋愛とは全く縁のない人種ばかりだったが)。
「別れよ・・・」
真夜中に送られてきたその通知を見た俺は、スマホを盛大に床に落として画面を割り、三日間学校を休んだ。そして布団にくるまって、今日のように流行りの失恋ソングを聴きながら「可哀そうな俺」を演出した。都合のいいように自分を肯定して前に進もうとしないのは、情報化が進んだ今を生きる現代人の悪い癖なのかしら、と自分でもよく分からないことを考えていると後ろから声がした。
振り返ると丸である。
丸いのが自転車にまたがってこっちを見ている。正体は磯崎龍生だとすぐ分かった。「磯崎龍生」という無駄に画数の多い名前を持つ彼は、今年の春まで同じ新聞部で活動していた大柄な男で、みんなから丸と呼ばれていた。丸といってもそれほど太っているわけではなく、むしろ彼より体の大きい奴なんて他にも大勢いるのだが、なんというか存在が「丸」なのだ。存在が太っているのだ(本人の目の前で言うと口をきいてくれなくなる)。それは決して暑苦しいとか鬱陶しいという意味ではなく、少なくとも俺は何でも肯定的にとらえる彼の寛容さと優しさに好感を抱いていた。
「なんかめっちゃ久しぶりやな」丸が言った。
俺はせやねとだけ答えて歩き続けた。
「祐樹はさあ、どこ行くん」
進路について聞かれていることは明らかだったのだが、先週で提出締め切りの進路希望調査用紙が、白紙のまま引き出しの奥で眠っている俺は何も言えなかった。「やっぱりF大?」
F大といえば俺たちが通うF高の真上に存在する大学で、たいてい皆エスカレーター式で進学する。ただ俺は、そのまま進学してしまうのも、さらに上の違う大学を目指す気にもなれず、就職する気にもなれなかった。俺の目にはどの道も「なんか違う」気がしていた。何を聞かれても「かなあ」と受け流すことしかできなかった。
「・・・俺さあ、四月くらいまで進学するって言ってたんだけどさ、やっぱ就職しようと思うんだよねえ。実家継ごうと思ってて」
何が「やっぱ」のなのか全然わからなかったし、丸の実家がどんな商売をしているのかも全く知らなかった。「へえ」とだけ答えたが、それ以上質問してあげないと場がもたなかったので「家業?」とアメトークの宮迫みたいなノリで質問した。
聞くところによると、丸は家族七人暮らしで、隣町に暮らしている。両親は昭和五十年ごろから続く町の食堂を経営している。代々続く食堂を長男として継ぐことを期待されていたが、丸は、地元の公立大学の文学部に進学したかったらしい。
「文学部って言ってもさあ、源氏物語とか、漢詩とか、シェイクスピアとかじゃなくてさ、メディア系なんだけどね」
さすが新聞部の部長をやった男だなと少し感心しながら話を聞いていると、不意に車の下から真っ白な猫がのろのろと出てきて、こちらを向いて腰を下ろした。
「文芸メディアっていうか、新聞とか本とかまあテレビとかインターネットも含むんだけど、そういうものの社会との関わり方とか、将来どうなっていくかみたいなことをやるんだけどさあ」
猫はまだ動かない。わざわざ日向に出てきてまぶしそうにしている。
「そういえばお前まだ決めてないって言ってたっけ」
このままでは自分の話が暴走してしまうと気づいたのか、俺に話を振ってきた。
「うん・・・」
いつの間にか猫は、小学生の集団に囲まれていた。何本もの手で撫でられ、だいぶ迷惑そうだ。
「この前母親がさあ、悩みは青春ものとだ、なんて言ってさあ、今のうちにいっぱい悩んでおきなさい、若者の特権なんだからって。」
―悩みは青春のもとー
「その時まだ結構進路迷ってたんだけどさ、そんなときに母親は、無理に家業継がせようといないで、ゆっくり悩めって言ってくれたんだよね。」
嘘だ。
「だから、なんかその時感動して、親助けないとなあなんて思っちゃってさ。あ、ごめんまた自分の話ばっかりで」
嘘だと思った。悩みが青春の特権なんて嘘だと思ってしまった。人生はずっと続いていく。受験のあとも人生は続く。祭りの後も、この日常は終わらない。だから全部、なにもかも抱えたまま、生きていかねばならない。青春は一瞬だなんて言ってときめいている奴はバカだ。
いつの間にか小学生の甲高い声が後ろから聞こえてくる。三つ目の交差点に差し掛かる。俺たちは「じゃあ」とだけ言って別れた。
俺は左に、丸は右に。春に部活を引退してから、俺と丸との間には同じ時間が流れているはずなのに、まるでその進み方は違うように感じた。丸はまっすぐ進んでいるのに、俺はいつまでたっても同じところをグルグルと回っている。時間は平等になんか流れていない。その速度も、方向もバラバラだ。
俺は左に、丸は右に。
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コメント
ノベルバユーザー603772
キャラクターにだんだん惹かれていきました。
青春小説とても面白い作品です。
投稿ありがとうございました。