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「拝啓、親愛なるヒカルに告ゲル」

コバヤシライタ

第五部「雨降りと嘘つき」④

雪が少しずつ溶けて川になることなど気付くはずもなかった。ヒカルは眠る詩織をそっちのけで、テレビに見入っていたからだ。僕が負けた試合。初めて親の言ったことに背いたことで生まれたこの試合。今まで見ないように努めてきた試合がここで放映されているのだ。このときは僕もそれなりに愛媛で知名度があったのだろう。ベンチで呆然とたたずんでいる僕がかなり映し出されている。

-なるほど…-

やっと分かったのだ。何故僕はこうして大好きな野球を封印して詩織に会い続けるのか。そして毎日会い続けるのにいつまでたってもこの不思議なモヤモヤが無くならないのか。

人を待つことを勘違いしていたのだ。
詩織の声を待つ今は誰のためにあるのか。
僕は詩織のためにあると思い続けてきた。
信じてきた
でも
違う。
詩織が目を覚ますことを一番待っているのは誰か。
それは誰でもない、僕なのだ。
きっとこのまま気付かなければ。
詩織と僕の間に降り積もった雪は。
いつまでも真っ白に降り積もるだけなのだ。
君に僕に降り積もる雪…
詩織が一番望んでいるのは何だろう。
きっと、僕が僕らしくありつづけること。

詩織のベットの下の段ボールの中の紙袋を取り出した。その中には僕が静かに作り続けてきた未完成で不安定な千羽鶴が入っている。
病院に通い始めたとき。安易な発想だが思いついたものだ。一日多くても3羽。少しずつ、少しずつ作り続けた。しかし、997羽目になったときに気付いたのだ。あと三羽作り終えたとき、詩織はどうなるのだろう。目が覚めると信じて作り続けていたときは何も感じなかったが、一度気になると突然それが怖いことのように感じてきたのだ。僕と詩織につもり続けたこの未完成な千羽鶴は僕の今までを象徴しているみたいで今なら少し笑える。この997羽の千羽鶴はどうするべきなのか…。コレしかない。

窓を開けた。
まだ肌寒い。
僕に君に降り積もるもの。
まずは綺麗に洗い流そう。
さらり、さらり…
今までつもっていた雪も川になり。
さらり、さらり…
気持ちの込めた未完成な997羽は
さらり、さらり…
さらり、さらり…

状況を知らない人には、かなりの近所迷惑だろう。全てを流し終えると抜群に効果が出た。急いで病院を出て携帯を取り出して電源を入れて今まで自分からはかけたことのない人の番号をリダイアルから探し出して青い受話器のボタンを押した。

―あっ亀山さんですか―

-おっヒカル君から電話をかけるなんて初めてじゃないの?-

-僕ね、地方リーグのテストを受けるんです。一番最初に記事にしたがるんじゃないかと思って-

-えぇ?本当?書く、書く!来週の記事は決まりだよ!-

僕が僕らしくあり続けること。それはまだ確信は持てないが、とにかく自分の決めたことを実行に移す前に可能性にかまけて疑わないこと。それさえ守っていれば、きっともっと賢い考え方も思い浮かぶだろう。子供のようにわくわくしながらフェリー乗り場まで来たが、

-あっ!-

次の瞬間僕は固まってしまった。

-詩織…-

眠っていた詩織じゃなく明らかに中学生ぐらいの詩織がずっと船が来るのを待っている。浮かれすぎて見えないものまで見えてしまっているのだろうか。しかし中学生の頃にここまで心配そうに誰かを待つ姿を僕は一度しか見たことがない。それはたしか…、卒業式の次の日に僕が帰ってきたとき…

-まさか…-

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