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「拝啓、親愛なるヒカルに告ゲル」

コバヤシライタ

第四部「テノヒラトハナビラ」⑧

あるところにお母さんと三人兄弟と猫が住んでいました。

三人兄弟のうちの真ん中の子どもは学校を卒業したあと都会にでて一人暮らしを始めていました。

一人暮らしを始めて一年後。その二男に残りの兄弟が手紙を送りました。

「猫が屋根から落ちて死んでしまいました」

二男はその猫を家族の誰よりも可愛がっていたのでひどく悲しみました。

二男は残りの兄弟に手紙を返しました。

「そういう内容は順序をしっかりたてて悲しまないように送ってくれ」

二男は続けます。まず

「猫が屋根に登りました」

と送り、そして

「猫が屋根から落ちました」

と送り、そして

「猫が死にました」

と送れば心の準備が出来るだろうと。

二男はそう送り返したのでした…。


お父さんのお通夜は記録的な大濃霧の中で行われるらしい。お母さんの「お父さんが屋根に登りました。」という言葉は間違いなくお父さんが帰らぬ人になったことを示していた。正直自分が一番悲しまないといけないのだろうが、今は泣く気にさえならなかった。びっくりしているのだ。何をして良いか分からない。とにかく野球選手は辞めると言った。お父さんがいない中で野球をすることに正直意味を感じることが出来なくなっていたからだ。お父さんの野球に対する考えに何回も反抗したし、中学校もせっかく準備した中学校も断ったりもした。しかしどこかでお父さんを頼っていたのだ。最近野球が楽しくなくなってきた本当の理由もこれではっきりしたのだろう。プロに入ってからチームのコーチも監督もつき、お父さんを全く感じなくなっていたからなのだ。僕は野球が大好きだ。大好きであると思うのだが、結局お父さんに認めてもらうためにやっていたのだと今は思う。どんなに上手く自転車に乗っても、どんなに勉強を頑張っても野球の試合に勝った時ほど喜んでくれるお父さんをみた事がない。そしてお父さんがいなくなった今、僕の野球人生もある程度見えてしまった。頑張る理由もないものにそんなに練習もしていられない。そして僕は野球を辞めることにした。僕が知っている一番チームの偉い人といつも追いかけてくれていた新聞記者にもメールを送った。二人とも同じようなリアクションだった。とりあえず今シーズンは、という答えが偉い人からは返ってきた。

―でもなぁ…―

それが出来ているなら辞めたりしないことを気づいて貰うためには明日電話しなおそうか。とにかくもうボールは握りたくない。さて、これから何をしよう。野球以外の事は何一つ出来ないが、とにかく何かで食べていかなければならないのだから…

―そうめん、食べるかい?―

お母さんが黙々としていた僕に久しぶりに話しかけた一言は何とも聞きなれた言葉であった。僕は無類のそうめん好きなのだ。どんなに食欲がなくてもそうめんであればどこまででも食べられる。そのことはよくお母さんも知っているだろうが、いつものようにお母さんの両手には何かの生き物のような大量のそうめんを持っていたのだ。励ますつもりだったのだろうが相変わらずだ。悲しい気分なのに、

―ありがとう…―

つい箸を伸ばしてみる。窓側の席に座っていたお父さんは今はいない。今はっていうかずっと、これからずっといないのだ。そうめんをひたすら食べる…やっぱりおいしい…少し喉につめる…やっぱりおいしい…急いで麦茶をからだに流しいれる…。3分の1ぐらい食べきると、やっぱりお腹がいっぱいになってきた。冷たくなったお父さんはもう僕がそうめんを食べる姿を見て呆れることも喜ぶこともない。この脱力感は何なんだろう。なんかそうめんを食べていく自信さえなくなってしまった。でも何とか食べきらなければ…。とにかくほぼ無意識にテレビをつけた…。

-あっ…-

中学校の野球中継をしているのだ。衛生放送ではよく誰が見るのかよく分からない試合などを再放送しているので、それだけではさすがに驚かない。そのマウンドに登っているのがなんと中学校の時の僕なのだ。

-あら、これは懐かしいわねぇ。-

-これはあなたが中学校の時に見れなかったやつじゃないのよ-

あぁそうだ。確か卒業式の日は意味もなく街に繰り出していたのだ。その日に確かに教えてくれていたような気がする。もっとも僕は松山にいたわけだから、見れるわけもなかったのだが…。

まぁいい。もう時効だろうし見てみようか…。

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