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「拝啓、親愛なるヒカルに告ゲル」

コバヤシライタ

第一部「星の船」⑦

第2章 「トポロジーダンス」


雲ひとつない青空とはとても言えなかった。
僕の始めての親と一緒ではない本土上陸は雲の一つや二つ見える至って平凡な空の下、親と何回も通ったであろうフェリー乗り場を少しずつ、少しずつ揺れ動かない地面を確かめながら歩いていた。取り柄と言えば「興居島みかん」ぐらいの三津浜の海にぽっかりと浮かんだ興居島から来たヒカルにとって、たとえ一度も来た事はないわけではないにしても一人で歩く松山は何もかもが新しいような気がしてきたのだ。

島野ヒカル。
見た目、そしてプライベートの服装さえも、全てが全てを野球部に収束させてしまえそうな典型的な野球少年だ。珍しいアンダースローで、球速はないものの低めに集めるコントロールと、伸びのあるストレートと手元で大きく揺れる独特のカーブ、そして中2の時に覚えたチェンジアップで打者から内野ゴロの山を積み上げるタイプであり、ただでさえ部員の少ない小さな島の中学校のエースということも重なって余計に異彩を放っていた。もともとリトルリーグで実績のあったヒカルがどうして、わざわざ小さな興居島の野球部に入部したのか。正直最初は島民の誰もが首を傾げていたが、それを振り払うかのように1年の時から結果を残し始めた。入部一ヶ月で市の総体に参加したヒカル率いる興居島中は、一回戦をノーヒットノーラン。二回戦で第一シードを味方のエラーの1失点のみで、2-1勝利すると言う大番狂わせを演じたのだ。三回戦は相手チームが徹底的にヒカルを敬遠し、0-2で敗れはしたものの、しっかり準備をして挑んだ2年の市総体では一年間で養った堅実な守備力を武器に全員野球でヒカルをバックアップし、なんと興居島中初の準決勝進出を果たした。とにかくそれまでは一回戦を勝ち抜けばよく頑張ったと褒められるような「弱小部」だったのがヒカルが野球部に入部してから二年たつといつの間にか優勝候補の一角へと成長したのだ。人間と言うのは不思議である。最初はどんなに不思議に思っていても古い記憶は新しい記憶に少しずつ押しやられ、いつの間にか嫌な思い出は過去の痛みに、疑惑の判定は球史に残る名勝負になってしまうのだ。ヒカルは島民だけではなく大会のたびに地方のマスコミに注目されるちょっとした有名人になっていたのだ。

そんなヒカルが卒業式の次の日、それも松山に一人で何故松山に降り立ったのか。いつもちょっかいを出してくる女の子の世間話を聞いていて、本当にいつの間にか卒業式の前日に遊びに行く文化を知ったのだ。しかし文化と歴史は切ってもきれないものである。たとえサルに携帯を渡したからといっても、サルたちに携帯の歴史がないので使えないのと一緒で、ヒカルは松山に来たからと行って何をしていいかよく分かっていない。しかしそれが理由で松山に行かないのであれば、余計にあの女の子にバカにされてしまう。そんな分けの分からない意地が働き、とにかくヒカルは松山に一人で来てしまっていた。時が立てばアルバムを見た時の笑い話のようなタイムカプセル的働きをするようになる。それで事は全て上手く進むのだ、と言うことにしないとヒカルが可哀想過ぎる。これから何をしようか。とりあえず慣れない商店街を歩いてみた。やはりヒカルにはどうしても落ち着かなかった。宇宙人のような人や、テレビの中の人のような服を着たような服の人が集まる中に圧倒されてしまうのだ。別にとって食われそうな感情に襲われるわけではない。落ち着いて見てみれば何てことのない少し流行を意識した服なだけであるのに普段人に見せる服はユニフォームだけであったヒカルにとって、流行も個性を意識してない服を着ていることにこの上なく恥ずかしさを覚えてきた。これがあの女のが憧れる松山だろうか。ヒカルにはみんなが社会を作っていると言うよりは、社会に必死になって追いついているようにしか見えなかった。自分たちはみんなと一緒だと思うことで落ち着いているはずが、みんなと一緒じゃないと落ち着かなくなっている。そんなの本末転倒って事に気づいているはずなのに仕方がないよと歩いている。そのようにしかヒカルには見えなかった。もしかしたら時間と空間は別のモノではないのか、そんな哲学的な事にまでヒカルの頭の中で発展していった。空間が動くと同時に時間が進んでいるのではなく、もともと時間が出来てしまっていて空間はそこに矛盾が起こらないようにパズルをはめるように出来上がっていく。それが正しいとするとヒカルの人生はもうすでに決まっている事になる。

「僕はちゃんとプロになってるのかなぁ…」

もしなっているとしたら、そのレールにすっぽり収まってしまえばプロ選手になるわけなのだから、つらい練習も我慢出来ないこともない。でもその逆だったら今までしてきたことは…。もし未来をみる事が出来る機械が開発されたら、他のところはあまり見たくないがプロになるかどうかだけは確かめたい。本気でそう思った。
ふと我に返った。余りに深く考え込んでいたので商店街のベンチに座りこんでいたのだ。とにかく損な事を考えても仕方がない。珍しくヒカルにしては前向きな意見で解決させ、立ち上がった。確かここら辺にから揚げを売っているところがあったはずだ。あの時はお父さんが買ってくれたが、今日は当たり前だが自分で買ってみよう。不思議な事に人間は何か目的があると時間が早く進むのだ。もしかしたら目的がある時の空間は大きいパズルを組み立てるようなもので、普通に組み立てるよりも随分早く時間が進むのではないだろうか。ヒカルはいつの間にか本気で哲学の世界にのめり込もうとしていた。まぁいつものヒカルであればすぐ飽きるはずなので野球の神様も安心して見ていられるはずなのだが…。

―から揚げ屋さんがない―

ないと言うと勘違いかもしれない。なくなっているのだ。潰れた建物があるわけでもなく、既に全く新しいお店が営業されてあった。ヒカルが最後に松山を訪れたのは1月だ。つまりたった3ヶ月でつぶれて、新しいお店がオープンしていたのだ。

―あんなに繁盛していたのに―

別に大きなチェーン店なわけではなく、おばちゃんの人柄でひっそりと営業されていた。それがいつだったかコンビニで唐揚げがこぞって売り出されていた時期に、「コンビニのよりおいしい」ということで、口コミで若い人を中心に流行り始めた。もともとお弁当屋さんだったはずが。時代の風にさらわれて唐揚げ屋さんへと変貌していった。今時の若い女の人が店員をし、おばちゃんもいつも同じ従業服を着るようになっていた。そんなことは中学生のヒカルには悲しいことには到底思わなかった。しかし…

―もし弁当屋さんのままのレールなら潰れてたかな…―

今日はつくづく哲学的に考えてしまう。もしあのおばちゃんが弁当屋さんをずっと続けて常連客に愛されながらひっそりと続けていけば…。あのころは、若者が持ち上げ、テレビ局の人も持ち上げ、いつの間にか商店街を歩く若者のほとんどが唐揚げをつまみながら歩くほどの時期もあった。その「唐揚げ屋さん」は今ここで唐揚げを作っていないし、おそらくもうずっと唐揚げを作る事はないだろう。これはもしかしたら悲しい事なのではないか。確かに「弁当屋さん」が「唐揚げ屋さん」に変わってしまって、このように潰れてしまうことも予定されたルートにレールを敷いているだけなのだとしたら納得しなければならないだろうけど、でも…

―でも…―

そうつぶやいたと同時かそれよりも少し早いくらいから、深い深い霧が立ち込め始めた。ふわっと白い霧が包んでいるだけでなく、足元からまるでじゅうたんの様に黙々と空間を敷き詰めていった。ただでさえ車の音に聞きなれていないヒカルにとって思わず顔をしかめてしまうほどの大量のクラクションが霧と共に支配を始める。不思議な霧は少しずつ少しずつ、しかし確実に松山の動きを鈍らせ始めた。警察みたいな服を着た人が必死で交通整備をするためにあたふたと掛け廻り始めた。商店街を歩いていた宇宙人のような人は見たこともないカメラを取り出して珍しそうに撮っていた。

―あのカメラって流行ってんのかなぁ…―

携帯についたカメラなんてヒカルの回りに持っている人はいなかったし、ヒカルにとって最高の情報源であるテレビでもそんなものは見たことなかった。第一ヒカルにとって携帯とは今少しずつ普及しつつあるものであり、携帯電話でやっと簡単なインターネットが出来るようになったレベルにあるものだと思っていたからだ。
何故か不思議とあたりの温度がじわりじわりと上がってきた。3月ながら雪の降るような寒さが続いていたはずが、上着を着ると暑いほどになって来た。霧が濃くなるとこんなことが起こるのだろうか。こんなことが当たり前ではあるが一度も経験したことがなかったヒカルにとって奇妙さよりも上着の居場所に困っていた。

たちこめた霧は

足元さえも見せてくれない

たとえ霧がなかったとしても

見えないかもしれないけど…

記録的な濃霧は留まることなく流れてはいるが、消え去る気配を全く見せない。まるで時間のレールにぼかしをいれて、ごちゃ混ぜにしようとしているように、時が止まったようにあたりは真っ白になった。

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