話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

「拝啓、親愛なるヒカルに告ゲル」

コバヤシライタ

第一部「星の船」④

第1章 「僕に彼女に降り積もる雪」


雪はまるで彼女との間に降り積もるようだった。
雪のような真っ白な建物中で彼女は、もう3ヶ月も雪のような白い顔ですやすや眠っている。松山は雪がたくさんふる地方ではないが、今年は記録的な降雪量で松山はここ数日雪景色となっていた。普段から車にチェーンを準備している人なんかいない松山では連日のように生活に支障が出ているとニュースでは騒いでいる。しかし自分の場合は基本的に公共の交通機関を利用しているので、ダイヤに乱れがある程度で怪我をするほどの被害にあってはいない。ただ今年の冬は上着を少し大きめにして薄い服をたくさん着込んでいるだけで、普段あまり見る事の出来ない雪景色を楽しむほどの余裕まで出来ていた。誰かによって踏み固められた雪の道をてくてくと歩いていくと、もう3カ月も通っている病院についた。ここまで通うとさすがに病院の人も自分の顔を覚えている。そこまで大規模な病院でもないので自分が受付に来るやいなや、笑顔と手を差し出してくれる。その手の方向に進めば、ほぼ必ず絶対に目的の部屋に到着する。何回も開けたドアノブを開けて部屋に入ると、彼女は今日もすやすやと眠っていた。
彼女が眠り始めてもう97日がたった。10月のある日何事もなかった昼下がりに突然彼女から電話がかかってきた。声は聞き慣れた彼女の少しかすれた声ではなく聞き慣れない彼女のお母さんの声だった。

―彼女の目が覚めない。昨日から、ずっと―

その日から毎日この病院に通い続けている。正直野球以外の事で一つのことを継続出来たことは何一つなかった。そんな僕がただ彼女のためと言うだけでここまで通い続けることが出来たのは、他者ではなく間違いなく自分が一番驚いていた。

―そう、「野球以外」にね…―

自分で言うのも変な感じがするが、こんなに飽きっぽい性格の僕でさえも野球だけはやめなかった。興居島と言う小さい島で生まれ、普通に島で生活すればほとんど野球にのめりこむことはないのだが、両親が非常に熱心で松山の野球チームにほぼ毎日通わせてくれた。最初はセカンドをしていたのだが、ある日お父さんの古い野球のビデオに出てきたアンダースローの選手に憧れ、その次の日からピッチャーのメニューをこなすようになった。いつの時代もアンダースローの小中学生は少ないので、それなりに活躍して結果が伴い始めると監督の期待も次第に大きくなっていった。いつのまにかチームのエースとなり、松山の常勝軍団に切り離せない存在として、遊び盛りの小学生時代を過ごしたのだった。

―あぁ、だめ。また野球を思い出してしまった。―

野球を始めてからと言うもの僕のアイデンティティーの87パーセント近くは「野球」になっていた。やはり人間性を見られる時も野球、野球と言われるのはあまり良い気分はしないのだが、結局のところ自分でもやはり「野球」に依存している。いつも、どんな時でも野球のことを考えて入るのだ。野球も忘れて3ヶ月も彼女のところに通っているとは言っても、結局こうやって野球のことばかり考えている。彼女のことを一番に思っている、思っているはずの今でさえも、過去の自分をのギャップに苦しむ僕をみて、彼女はどのくらい苦しんでいるんだろう。彼女は興居島生まれの幼馴染だ。もともと僕が体の大きいわけではなかったことも関係あるだろうが他の子どもよりも精神年齢が高く、まだまだ子どもっぽい僕によく意地悪をしてきていた。
ほぼ毎日松山に野球の練習にいくので授業が終わるとそそくさと帰ろうとする僕に、ほぼ毎日いちゃもんをつけてきた。それがちょっとした愛情の裏返しなんて気づくのは中学生の終わりに告白されるまで、ほんの少しも考えた事がなかった。ただ毎日みんなと遊ばずにどこかに行こうとしている僕が滑稽で、ただ興味本位でちょっかいを出してくるのだろう。僕はある日までそう思っていた。

―少し…やせたのかな…?―

ふと彼女の顔を見た。確かに少しやせたようにも思えるが白く透き通った肌であの日とほとんど同じ顔で安らかに、だけどどこか不安そうに眠っている。眠っているのだから当然と言えば当然だが、栄養は全て点滴で補われている。なんだかんだ言って、ある程度活発に動いている人よりは日光の当たる量は少ないので、だんだん白くなんていくのは仕方ないことなのかもしれないが、どうやら白くなっていくだけではないようだ。彼女の存在は僕にとってだんだん薄く、薄れていっているのかもしれない。最近本気で思うようになって来た。少しずつではあるが、彼女が元気だった頃の記憶がだんだん思い出せなくなっている。彼女の声、動き、しぐさ…。思い出そうとすれば思いだせるはずである。しかしどうしても思い出せない。思い出したくないのかもしれない。とにかく、たった三ヶ月眠っているだけなのに彼女の存在の中の元気だった頃は今の彼女の姿に着実に押しやられていっていた。それほど、彼女と一緒にいた5年間は意味のないものだったのだろうか。それともこの三ヶ月に意味がありすぎるのか。もし後者なのだとしたら…。

―彼女はずっと眠ったままの方が幸せなのだろうか…―

5年間も寄り道してきたが、僕はやっと彼女だけを見ることが出来ている。もしもう彼女はもう目が覚めないのだとしたら、ずっと彼女のことを見てあげることが出来る。世間も自分の野球しか出来ないと思っていた僕に、唯一彼女は野球以外のところを見てくれた……気がする。今考えれば簡単なことなのだろうが、雪に覆いかぶされ、君も眠り始めてから、やっと彼女の言っていた大切なことに気づけた……気がする。

雪が降り積もる
彼女のまわりに 彼女のまわりに
僕の心にもが降り積もってく

おもむろにノートをとりだした。中学生の時、確か卒業式の前日か次の日だった気がするが、その時から突然哲学的なことを深く考えこむという変わった習慣が付いた。その習慣は次第に薄れていったが、詩を書くという習慣がついたのだ。別に専門知識や、豊富な語彙を持っているわけではないが、適当に書いて適当にメロディーをつけて適当に口ずさんでみる。それだけで自分なりに満足するのだった。普段ならば休日にぼーっとしている時に机に触ってプラモデルを作るように作るのだが、今日はキレイな言葉の組み合わせが思いついて、それに続くようにまるで口からタイプライターで打ち出すようにつなげていった。


「僕に彼女に降り積もる雪」


殺風景な景色を雪が白く染め上げる
タンスの中から一回り大きいコートを取り出そう
彼女と僕のケンカもこんな風に
いろんなゴタゴタも白く染め上げて
新しい喜びをたくさん着込もう

雪が降り積もる
彼女のまわりに 彼女のまわりに
僕の心にもが降り積もってく

雪で隠した景色が殺風景を取り戻す
肩から落ちたマフラーをちゃんと直して歩き出そう
彼女と僕とのケンカもこんな風に
凍り付いた気持ちがだんだん溶け出して
綺麗な川になれるといいね

雪が降り積もる
彼女のまわりに 僕のまわりに
君の心にも白く染め上げる

分からないと思ってた彼女のこと
雪で覆わずに見つめてみれば
大切な事に気づいた 気がした

雪が降り積もる
彼女の心に 僕の心に
道の片隅では まだ雪が輝いてる…


普通何か思いついたことがあって詩に昇華させるのだが、詩を書きながら気づいたことがあった。僕は間違いなく彼女の目が覚めるのを、彼女の声が聞ける日を待っている。たとえ今は彼女にずっと眠っていて欲しいと言う気持ちが強くても、心の中のどこかの片隅でそう思える自分がいることはたまらなく嬉しかった。この殺風景とまではいかないが世知辛くなったこの街に降った記録的な大雪は全てを覆い隠しただけではなく、覆い隠すことによって見せてくれたものもあるのだ。そしてこの大雪が降るのをやめたときの道の片隅で輝く少し溶けた雪のように、素直な心で彼女の声を待つことが出来るのだとしたら。ほんとにそうなんだとしたら、こんなに寒いのも許せる……気がした。

「「拝啓、親愛なるヒカルに告ゲル」」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く