神業(マリオネット)

tantan

2ー36★心の変化

俺達は色々あったが結局のところフィリアにできる限りの協力をすると言うことで落ち着いた。
それは何もフェンやアンテロなどの意見に左右されたからではない。
最終的に、そう決めたのは俺自身だ。


最初、俺はみんなにどれだけ責められようが物資の援助だけと言うことで腹を決めていた。
その時は、「やれ人でなしだ!」とか「お前こそモンスターだ!」とか散々なじられた。
だが、そんなのは気にもしない。
俺は何があっても自分の命がもっとも大切だと思っている。
カントやローレンに確認をとった限り、これまでの成果で報告はできると言われた。
であれば後の処置は別な専門家が出てくるだろう。
後は悪戯に自分の首を絞める可能性を残したくはないと言うのが本音だ。
それに、ここから仮に戦闘になった場合、俺は本当に彼女は弱いのかと疑問を持っている。
特に、調査員お荷物を抱えながら本当に戦うとしたら、並みの実力差では厳しいのではと考えているのだ。
なので、俺はフィリアに物資の援助をした後は直ちに撤収をすると心に決めていた。
絶対にそうすると何度も戒めて、その心のまま彼女に再び会ったのだが…


洞窟の奥でひっそりと俺たちの話し合いを待っていた彼女。
その様は最初に会ったときのような醜悪な容貌ではない。
実に落ちついた様子で壁際に座り待っていた。
そして俺を見つけるや否や静かに立ち上がり一礼をして近づいてくる。
見事な振る舞いで実に高貴な身分と言う感じがした。
一つ一つの雰囲気から仕草に至るまで全てが納得だ。


俺の方も彼女の動作に習い出来る範囲だが丁寧に振る舞う。
お互い最初とはうって変わったような雰囲気となったところで、援助物資の説明を始めたのだが…
彼女は俺の説明も上の空?
というか明らかに聞いてない様子だ…
と言うか…
視線が俺の首筋の辺りから離れないのだ…


一瞬だけ何故かと思ったが理由は直ぐに分かった。
俺はローレンがエルメダに買って貰った薫製肉とドライフルーツを首から垂れ下げている。
みんなが各物資を出し合う中でローレンは最後まで出し渋っていた。
おかげで彼女から了解を得た時には時間がかなり経過してしまい、みんな若干心配していたほどだ…
俺の方も早く帰りたいし、面倒だから首に下げ直接渡せばいいかと思い首にかけ洞窟に入った。


先程、彼女と話している時に彼女は自分の腹を押さえつけて踞っていたのを俺は知っている。
原因は腹が減ったからと言うのは明らかだった。
なので、俺は先ずは首から下げている食料を手渡して、彼女に先ずは食べるように差し出したのだが…


この動作が不味かった…
俺の最大の失敗と言っていいだろう!


彼女は両手で嬉しそうに俺から食料を受けとると何度も何度も泣きながら礼を言ってきた。
元王女だと言う彼女が…
そして嬉しそうに肉を泣きながら貪り食っている。
先程は見事な所作を見せてくれた彼女。
恐らくはかなり礼儀などを大切に幼少から育てられたのだろう。
そんな彼女が、一心不乱に泣きながら肉を食っている。


ハッキリ言って、エルメダが買った肉もドライフルーツも確かに不味くはないが、所詮は保存食でしかない。
別に保存食だからと馬鹿にするつもりはないが、それでも高貴な身分の物が一心不乱に食うものではないだろう。
この世界の王族と言うのが、どれだけの生活水準にあるのかはしらない。
だが、単なる遠征の為に用意をする保存食よりは、遥かに上手いものを食っててもおかしくないはずだ。
目から大粒の涙を流し、鼻を無様にすすりながら左手で口を隠すようにしている。
右手で持った肉を大きく開けた口めがけて乱暴に放り投げるようにかっ食らう。
上品な皿など用意されてないので、汚れた手で持つしかない。
乱暴に噛みちぎられた肉は唾液も混ざっていて汚ならしくみえる。


彼女の食べる動作に品位の欠片も見当たらなかった。
どれだけ腹が減れば人はこのように変われるものか俺には分からない。
俺は幸いなことに、今まで生きた来た中で飢えに対する苦しみと言うのは味わったことがなかった。
なので彼女の苦しみと言うのは、本当の意味で理解することは難しいのだと思う。
そして今の彼女の感情と言うのが、嘘や偽りではないと言うことも分かる。
そう考えた瞬間、彼女にかける言葉が見つからなくなってしまい、俺は気づいたら彼女に水を差し出していた。


水を受けとった時、彼女は何度も「ごめんなさい」とか「すいません」とか謝罪の言葉を俺に連呼してきたのだが…
別に彼女は悪いことなどしていない。
どうしようもない状況に耐えていただけだろう。


先程まで口を覆っていた左手。
泣きながら下品に食事をしているだけあり涎と鼻水にまみれていた。
だが右手は食料を持っているので、水は左手で受け取らねばならない。
そのぐちゃぐちゃの左手で地面に置いた水を受けとり飲み干した後…
大声をあげながら


『何日も食べることができずにひもじかった。いつまで食べれないのかと不安だった。今日食べられないのが辛くて、でも明日も食べられないかもと思ったら、もっと辛くなって…最初は一緒に頑張ってくれたあの人も…倒れちゃったから…今度はワタクシがしっかりしないといけないのに…でも…どうしていいか分からなくて…やらなきゃいけないこと考えなければいけないことがたくさんできて…いつの間にか考えることが怖くなった…そして考えても考えても毎日が変わらなくて…自分一人じゃ何もできなくて…気づいたら一人でいる時間が怖くなった…それでも何とかしたいから毎日頑張っていくうちに…夜寝るのが怖くなったの…だって、今日寝たら、その倍の辛さが明日待ってるんだもの…今日も耐えられるのか?って繰り返して…今では夜眠れません…そして昼も眠れなくて…気づいたら毎日が死ぬ思いしかできなくなっていたの…ありがとうございます。ありがとうございます。本当にありがとうございます!』


と言って来る彼女に、俺は「はい、サヨウナラ」とは簡単に言えなかった…



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