神業(マリオネット)
2ー27★王女の回想⑬赤黒い炎
国の力が低下する時間というのは一瞬と言える。
以前、バビロンはキマイラ討伐のために多くの兵士を失った。
そして、その前にも王の誤った判断のために多くの有能な指揮官が粛清された。
だから今のバビロンには余裕がない。
あれから日にちがいくぶんかは過ぎたとは言え…
季節が数回変わるほどの時間だけでは、人の成長も僅かばかり。
数は一緒でも経験や実力といった兵士の質は比べられないほどに低下していた。
今回、大量の猪を駆除するべく結成された警備隊。
もちろん時期的には前二つの大きな過ちの後に他ならない。
だから残ったバビロン兵を寄せ集めて結成されていた。
それだけに指揮官に抜擢された者のほとんどは、実勢経験など数えるほどしかない。
そして足りない分は御触れを出し半ば強制的に集められた者達ばかりだ。
実践経験の乏しい者が、未経験の者に戦い方を教える。
昨日まで鍬を振るっていた者は今日渡された剣に不安を覚えている。
昨日まで皆の為にパンを作っていた者は今日から馬の世話をしなければいけないことに不安を覚えていた。
剣や槍の使い方が、そんな簡単に覚えられるわけがない。
魔法を使えるものが、そんな簡単に増えるわけがない。
兵士の士気が、すぐに高められるわけがない。
課題しか残されていない状況で出陣を余儀なくされ戦うことになった警備隊。
自らの危機に必死で抗おうとしてくる野生の獣たちの前になすすべもなく力尽きていた。
一人…
また一人と倒れていく…
★★★
兵士の多くが王女を見ながら
[何故こんなところに?]
という表情を露にしているが…
当の王女は、そんな警備隊の視線や考えなど全く気にしていない。
彼女の視線は猪の方にあったのだ。
今、王女のそばには数名の兵士がいて、その周りを数えられないほどの猪が取り囲んでいた。
体長は王女よりも一回りくらい大きく見える。
全身が黒い毛で覆われながら、所々に灰色の部分が見られた。
左右の下唇から一本づつ鋭い牙が生えている。
取り囲んでいる猪に若干の誤差はあれど、特筆すべき大きな違いは見られない。
恐らく、全て同一種と考えていいのだろう。
王女は自分の視線を一周させると、奥の方にいる一頭が目に留まった。
その一頭は他の個体よりも一回りほど大きく立派な牙を持つ猪。
他の猪によって守られているようにも見える位置。
場所から見て群れのボス敵存在なのだろう。
だが、そんな程度であれば彼女もあえて目を留めなかったのかもしれない。
彼女が目を留めた理由は牙に引っ掛かっている布だった。
その布は赤に近い紫色をしている。
泥にまみれながらも僅かに光沢が確認できる非常に高級な生地。
この布を元にしたローブを愛用していた人物を王女は知っていた。
ヨハン…
ヨハンだ!
自分のモンスター化を止められるであろう人物なのだ。
王は言っていた…
「戦士でもないヤツの力量では逃げることはまず不可能だろう」
と…
最初に襲われた場所でも、ヨハンの痕跡らしいものはあると言っていた。
今、目の前の一頭の猪の牙に布が見られる…
自分の周囲には、かなりの人数の兵士が力尽きていた。
即席の兵士とは言え、ある程度は訓練などを施してきているはず。
そんな彼らでも勝てないほどの猪の群れ…
これらの出来事が王女に絶望という二文字を意識させた。
「許せない…」
王女は静かに一言だけ呟いた…
せっかく人間に戻る方法があると思っていた王女。
絶対に人間に戻るのだと一人で頑張っていた王女。
彼女なりに必死にあがき続け、もがき続けた結果、待っていたのは絶望という現実。
今、自分の目の前にその猪がいる。
そう思った瞬間、彼女の体から赤黒い炎が吹き出した。
周囲の兵士は彼女の顔と炎を目にし誰もが驚く。
だが、そんなことは今の彼女にとって些細な問題にすぎなかった。
目の前の敵を自分は絶対に許すことができない。
目の前の敵を自分は絶対に逃すつもりはない。
そう思った瞬間、王女の体を取り巻く炎は一気に燃え上がる。
周囲の兵士は炎の勢いと、操る王女の顔を見て誰もが恐怖を感じた。
そんな兵士の感情などに今の彼女は構っていられない。
自身の右手を高く掲げると、その先に炎が竜巻状に集まっていく。
周囲の兵士は何が起こっているのか理解できていない。
一方、王女の方も兵士に説明する気など欠片もなかった。
「行きなさい!」
彼女はそう言いながら赤黒い炎を集めた右手を静かに振り下ろす。
彼女の言葉の後、右手に集まった炎は天を目指すように上に進んだ後、爆ぜた。
炎がかけ上がる様は強き龍が勢いよく天へとかけ上がる力強き様を彷彿とさせる。
そして爆ぜた様子は弱き者が最後の覚悟を決した命の様のように儚く美しいものだった
爆ぜた炎は猪達を取り囲むように落下した後もなくならない。
各々から糸状の炎を上に向かって飛ばしている。
やがて無数に飛ばされた糸状の炎は空中の一点でぶつかり合った。
恐怖と不安のあまり行動不能状態となった兵士達。
時間を置いてから周囲の状況を見渡すと…
遠くでは猪の群れ、上は炎の屋根となっている状況…
戦意などずいぶん前に失っている者達ばかり。
ふと横を見ると醜悪な顔で猪を睨む女性。
彼らには、この女性が王女ではなく魔女に見えていた。
以前、バビロンはキマイラ討伐のために多くの兵士を失った。
そして、その前にも王の誤った判断のために多くの有能な指揮官が粛清された。
だから今のバビロンには余裕がない。
あれから日にちがいくぶんかは過ぎたとは言え…
季節が数回変わるほどの時間だけでは、人の成長も僅かばかり。
数は一緒でも経験や実力といった兵士の質は比べられないほどに低下していた。
今回、大量の猪を駆除するべく結成された警備隊。
もちろん時期的には前二つの大きな過ちの後に他ならない。
だから残ったバビロン兵を寄せ集めて結成されていた。
それだけに指揮官に抜擢された者のほとんどは、実勢経験など数えるほどしかない。
そして足りない分は御触れを出し半ば強制的に集められた者達ばかりだ。
実践経験の乏しい者が、未経験の者に戦い方を教える。
昨日まで鍬を振るっていた者は今日渡された剣に不安を覚えている。
昨日まで皆の為にパンを作っていた者は今日から馬の世話をしなければいけないことに不安を覚えていた。
剣や槍の使い方が、そんな簡単に覚えられるわけがない。
魔法を使えるものが、そんな簡単に増えるわけがない。
兵士の士気が、すぐに高められるわけがない。
課題しか残されていない状況で出陣を余儀なくされ戦うことになった警備隊。
自らの危機に必死で抗おうとしてくる野生の獣たちの前になすすべもなく力尽きていた。
一人…
また一人と倒れていく…
★★★
兵士の多くが王女を見ながら
[何故こんなところに?]
という表情を露にしているが…
当の王女は、そんな警備隊の視線や考えなど全く気にしていない。
彼女の視線は猪の方にあったのだ。
今、王女のそばには数名の兵士がいて、その周りを数えられないほどの猪が取り囲んでいた。
体長は王女よりも一回りくらい大きく見える。
全身が黒い毛で覆われながら、所々に灰色の部分が見られた。
左右の下唇から一本づつ鋭い牙が生えている。
取り囲んでいる猪に若干の誤差はあれど、特筆すべき大きな違いは見られない。
恐らく、全て同一種と考えていいのだろう。
王女は自分の視線を一周させると、奥の方にいる一頭が目に留まった。
その一頭は他の個体よりも一回りほど大きく立派な牙を持つ猪。
他の猪によって守られているようにも見える位置。
場所から見て群れのボス敵存在なのだろう。
だが、そんな程度であれば彼女もあえて目を留めなかったのかもしれない。
彼女が目を留めた理由は牙に引っ掛かっている布だった。
その布は赤に近い紫色をしている。
泥にまみれながらも僅かに光沢が確認できる非常に高級な生地。
この布を元にしたローブを愛用していた人物を王女は知っていた。
ヨハン…
ヨハンだ!
自分のモンスター化を止められるであろう人物なのだ。
王は言っていた…
「戦士でもないヤツの力量では逃げることはまず不可能だろう」
と…
最初に襲われた場所でも、ヨハンの痕跡らしいものはあると言っていた。
今、目の前の一頭の猪の牙に布が見られる…
自分の周囲には、かなりの人数の兵士が力尽きていた。
即席の兵士とは言え、ある程度は訓練などを施してきているはず。
そんな彼らでも勝てないほどの猪の群れ…
これらの出来事が王女に絶望という二文字を意識させた。
「許せない…」
王女は静かに一言だけ呟いた…
せっかく人間に戻る方法があると思っていた王女。
絶対に人間に戻るのだと一人で頑張っていた王女。
彼女なりに必死にあがき続け、もがき続けた結果、待っていたのは絶望という現実。
今、自分の目の前にその猪がいる。
そう思った瞬間、彼女の体から赤黒い炎が吹き出した。
周囲の兵士は彼女の顔と炎を目にし誰もが驚く。
だが、そんなことは今の彼女にとって些細な問題にすぎなかった。
目の前の敵を自分は絶対に許すことができない。
目の前の敵を自分は絶対に逃すつもりはない。
そう思った瞬間、王女の体を取り巻く炎は一気に燃え上がる。
周囲の兵士は炎の勢いと、操る王女の顔を見て誰もが恐怖を感じた。
そんな兵士の感情などに今の彼女は構っていられない。
自身の右手を高く掲げると、その先に炎が竜巻状に集まっていく。
周囲の兵士は何が起こっているのか理解できていない。
一方、王女の方も兵士に説明する気など欠片もなかった。
「行きなさい!」
彼女はそう言いながら赤黒い炎を集めた右手を静かに振り下ろす。
彼女の言葉の後、右手に集まった炎は天を目指すように上に進んだ後、爆ぜた。
炎がかけ上がる様は強き龍が勢いよく天へとかけ上がる力強き様を彷彿とさせる。
そして爆ぜた様子は弱き者が最後の覚悟を決した命の様のように儚く美しいものだった
爆ぜた炎は猪達を取り囲むように落下した後もなくならない。
各々から糸状の炎を上に向かって飛ばしている。
やがて無数に飛ばされた糸状の炎は空中の一点でぶつかり合った。
恐怖と不安のあまり行動不能状態となった兵士達。
時間を置いてから周囲の状況を見渡すと…
遠くでは猪の群れ、上は炎の屋根となっている状況…
戦意などずいぶん前に失っている者達ばかり。
ふと横を見ると醜悪な顔で猪を睨む女性。
彼らには、この女性が王女ではなく魔女に見えていた。
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