神業(マリオネット)

tantan

2ー16★王女の回想②ヨハンと名乗る男

訪ねてきた男はヨハンと名乗った。
歳は二十代前半と言ったところだろう。
茶色の髪でやせ形の小柄な体型。
端正な顔立ちに似合った笑顔と礼儀正しい受け答え。
全身を赤に近い紫色のローブに身を包んでいる。
材質は一部の特権階級が使用する洋服と同質の素材で、目立つように家紋が確認できる。
家紋の当主は以前、王と交流があった者だ。
確か最近になって息子に代替わりをしたらしい。
そして、その息子は全てにおいて素晴らしい人物だと言うことは城にいる誰もが知っている。
誰もが男の言うことを疑い無く信じ用件を聞くことにした。


彼の用件は唯一つである。
それは王女が自らに使えている主の元へ嫁ぐことであった。
そのためであれば王女の体調を治すために最善の努力をしましょうと言ってきたのだ。


王女の容態は一部の者しか知らない事実。
もちろん昨日今日の者になど、誰もが教えることなどではない。
何故知っているのかと聞いてみると自らの占いによって導きだした結果だと答えた。
そしてそのまま呪詛の原因まで話し出す。


ヨハンの話では王女の呪詛はキマイラによるものだという。
キマイラとはバビロンの奥地にあるダンジョンの最下層に潜むと言われるモンスターだった。
その姿形は頭がライオン、胴体が山羊、尻尾は毒蛇で性格はずる賢く獰猛。
強さにおいても人の手におえるものではないと言われている。


何故王女を狙うのかと問うと…
キマイラの主食は人々の欲望。
人々の欲望を最も効率よく集めるには、魅力ある者の魅力を自らに取り込むことであると答えた。


この受け答えには誰しもが困った。
一見すると納得のいくような答えに思える。
だが彼の言うことを正しいのか間違っているのか誰も確かめることができない。
確証がないのであれば追い返せばすむだけなのだが…
王だけは考え方が違った。


ヨハンは求婚者の使いに他ならない。
それは主と王女を結婚させるのが目的なのだ。
ならば彼が言っているのは本当のことなのではないか?


この王の言い分には誰もが困った。
王の言い分も確かに分かる。
仮に結婚させたくないのであれば、主のところに戻ってテキトーなことを報告すればいいだけの話だからだ。


確かに今まで王女を助けるために確証がないことも数多くやって来た。
だが今回相手にしなければいけないのは、あのキマイラなのだ。
最悪のモンスター。
その辺のモンスターを気軽に相手にするのとは全く違う。
相手にするとしたら、この国の最大戦力を投じる覚悟で望む必要がある。
また、もし万が一失敗した時は戦力を失うのみであればまだいい。
場合によってはキマイラを下手に刺激することによりダンジョンから誘き寄せてしまうことも考えられる。
そしてキマイラが、そのまま都市へと移動した場合の被害は尋常じゃないものになってしまう。


どうにかこうにか王には考えを改めてもらおうと臣下の者達は、こぞって説得を始めるが一向に王は聞いてくれない。
可愛い王女のこととなると我を見失ってしまう王。
それであれば他に代案はあるのかと臣下に問いただすが…
誰からも代案などは出てこない。
いや出てきても、ことごとく失敗してきた手前、出せなくなっていたのだ。


いつのまにやら王はヨハンを側に置いていた。


そして、この時から王の性格は一変することになる。


ヨハンの案は王の臣下の間では危険とされていた。
なので命令をしても誰もが進んで動こうとはしない。
話し合いに結果が出ない時間だけが続いていく。
考え直すように言ってくる者。
ヨハンの身元を今一度確かめようと進言する者。
そんなものばかりだから暫くは無駄に日々を重ねていくことになる。


そこで一日も早く王女の全快を願う王は、この案を実行するために反対派を弾圧することを決意したのだ。


反対派の中には様々な者がいた。
数十年も共に歩いてきた自らの右腕と呼べる存在。
様々な武勇をたてた英雄と呼ばれる騎士団長。
毎日、王女に優しく語りかけていた大司教。
国民の様子をいつも気にかけてくれた財務官。
負けそうな戦の時に大逆転の作戦を考えてくれた執政官。
いつでも冷静に物事を判断してくれた法務官。
弱者を守り励ましてくれた造営官。


誰もが王が王になるために力を尽くしてくれた者ばかり。
そんな仲間とも言える者達を王は感情のままに弾圧し続けた。
納得できるだけの話し合いなどせずに…
全ては王女のためだと言い聞かせながら、自らの心に嘘をつき続けていた。


王はふと玉座に座りながら考え事をしていると孤独を感じてしまう日が多くなっているのに気づく。


いつのまにやら王の周りにはイエスマンしかいなくなっていた。
王に話しかけられても目線は王の顎辺りを見つめ、オドオドしながら首を縦にふるだけ。
意見を求めてもイエスと言う返答しか返ってこない。
名前を覚えていない者なども一人や二人ではない。
そんな臣下に囲まれて自分に何ができるのだろうかと思いながら王を続けていた。


気がつくと自らの妻も息子も自室から出てこない時間が増えている。
国民の声を伝えてくれる者がいなくなった国。
他国の同行がつかめなくなった国。
緊張と不安ばかりが大きくなった現状に気がつかない国。


王は誰にも頼ることができない裸の王様として君臨していることに気がついてないかった。


それからほどなくしてヨハンと名乗る男を自国の相談役も兼任させた上でキマイラ討伐の作戦を掲げることになる。

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