神業(マリオネット)

tantan

1ー54★忘れ人

『お二人とも伏せて!』


俺は誰からの声なのか分からなかった。
だが試験管のようなものが投げられたのは確認している。
黙っていると当たるかもしれない。


そう思った俺は根の巻き付きを必死に払いながら地べたに伏せると言うよりは四つん這いのような姿勢をとった。
エルメダの方を見ると同様の姿勢をとっている。


俺が地面に四つん這いでいると根がチャンスとばかりに俺の衣服の隙間に入り込んできた。
予期せぬ声につられて、とっさの行動をとった。
だが根がチャンスとばかりに押し寄せてくる。
根を肌で感じる度に俺は身体中に悪寒を走らせることになると思ったのだが…


1秒か2秒くらいか…
はたまた瞬きほどの一瞬なのだろうか…
どれくらいの時間が経過したのか分からないが…


根が動かない!


俺の手足に絡み付いている根が…
全く動いていない?


根が絡み付いてくる度に悪寒を走らせ絶望を感じると覚悟していた俺は目を瞑って半ば諦めかけていた。
だが、全く動かなくなった根の動きに不思議な感じを覚えて片目を開ける。
俺の左側ではエルメダが驚いた表情で、瞬きを何度もしながら左右の手を交互に見ていた。
鏡がないのでハッキリとは分からないが、恐らく俺もエルメダと同じような驚いた表情をしているはずだ。
とりあえず現状を早く確かめたい俺は自分の視線を左右に振った後に上へと視線を移した。


(なんだ?あれは??)


俺が伏せた場所から1mほど前方、上に2mと少しほどの位置に何やら無色透明な液体が塊を作っていた。
自分の位置から近い場所にあって何も感じないことから臭いなどはしないようだ。
だが見た感じがチョット…
透明な物体は個体のようにしっかりとした決まった形を形成しているものではない。
半液体とでも言えばいいのだろうか…
一言で言えば何か動物の唾や粘液のようなものだった。
真下には試験管のようなものが割れた残骸が散らばっている。
根は今も粘液を異常と感じているようで、俺の周囲にあった根の殆どは粘液の方へ方向を転換し取り除こうともがいているようだ。
お陰で地面に隙間が出来たので俺は右足を伸ばしてみた。


『やあぁぁぁ~!』


俺はイキナリ右足を捕まれた。
捕まれたと思ったら掛け声らしき声ととに全身が引き摺られていく。


(しまった…油断した…)


セアラもソフィアも鳥と応戦中。
エルメダは俺の横。
ヘンリーとラゴスは虫の中。
とするとこれも敵の罠と言う可能性だってあるかもしれない。
だが後悔してももう遅いだろう。
片足を押さえられて引き摺られるのだから抵抗もしづらい。
今度こそ俺はダメかもと思い引き摺られながら目を瞑った。


『ナカノ様、ナカノ様、大丈夫ですか?お怪我はありませんか?』


俺の背中を擦り心配して声を掛けてくれるアンテロがいる…


『あれ?アンテロ?どうしてこんなところに?』


俺は今の今までアンテロがいるのをスッカリ忘れていた。
元々、今戦っているモンスターの情報を最初にくれたのはアンテロのはずだ。
だが、いざ戦闘が始まるとアンテロのことは蚊帳の外に戦っていた。
俺のアンテロへの一言は全くもって無礼極まりない一言だったことだろう。


『そんなことより、ナカノ様、お嬢様も救出しますので手伝ってください!』


俺の一言も全く気にしないアンテロ。
というか確かにエルメダを救い出す方が先決と言えるだろう。
俺はアンテロと一緒に根の密集地点に対して左側に回り込み都合のいい隙間を探すためにうつ伏せになった。
アンテロはエルメダの前側に回り込みエルメダに話しかける。


『お嬢様!聞こえますか?』
『あっ、アンテロ!うん!聞こえる』
『後ろの方にナカノ様が回り込んでいます。足を伸ばすことは出来ますか?』
『エルメダ!左斜め後ろに隙間があるから、左足を伸ばしてくれ!』
『あっ…、ナカノさん?無事だったのね?左足?こう?えーっと…ちょっ…ちょっ…えっ…えっ…きゃぁぁぁ~!』


俺はエルメダが左足を伸ばし、自分の両手に触る間合いになると同時に一気に引いた!
綱引きで渾身の力を込めるがごとく生むも言わせずに一気に引っこ抜くようにエルメダを引いた。
途中から辺り一面に悲鳴がこだました形になったが、そんなのは全く気にしない。


『よーし、これで大丈夫だ!』
『もう~、ナカノさん、大丈夫じゃないよ~』


エルメダは俺が思いっきり引き摺ったせいで、若干擦り傷を作ったかもしれない。
左の太もも辺りを擦りながら俺に不貞腐れるように言ってきた。


『お嬢様も大丈夫だったようですね!とりあえずは何よりです。状況説明もしたいところなのですが、他の方たちの救出を優先した方がいいと思います』
『あー、確かにね。あれをどうにかしないとね…特にあっちね…』


俺とエルメダが根から脱出したと言っても別にモンスターの危機が過ぎ去ったわけではない。
その中でもヘンリーとラゴスがいるであろう方は細かい虫の密集で依然として黒い霧地域のままだ。
かなり場数を踏んでいるであろう二人だけに無事だとは思うのだが…
どうやって安否を確認していけばいいのか迷うところだ。

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