ー月曜日ー 裏道カレイド

ノベルバユーザー399011

–3– アクアツアーの不気味な生き物

 3.
 …ウワサ。
 《アクアツアーの不気味な生き物》
 …
  遊園地が営業していた頃にも、アクアツアーで「謎の生き物の影が見えた」なんて話が何度かありましたね。それ、今でも見えるらしいですよ。
 …


「そういえば…アクアツアーをご担当されていたんですよね、溝朽さん」


 ミラーハウスの出口に向かうまでの道のりで裏野さんがガイドに尋ねた。


「アクアツアーの不思議な影って本当に出るんですか? このパンフレットには書いてないですけど…」
 この遊園地の噂話の詳細が書いてあるとしたら、歩くトリセツである黒屑さんがいない今、少し気になる。
「パンフレットにも噂話が書いてあるんですね。ちょっと見せてください」
 裏野さんからパンフレットを見せてもらうと、黒屑さんが話していた噂話もパンフレットに載っているようだった。裏野さんは見つけられなかった《アクアツアーの不気味な生き物》もちゃんと書いてあった。


「パンフレットには、ミラーハウスとドリームキャッスルと、メリーゴーランド、ドリームクルーズ、ジェットコースターとアクアツアーと子供がいなくなるという噂の七つが書いてありますね」
 ドリームキャッスルはお化け屋敷みたいなもので、ドリームクルーズは、良く遊園地にある、船がブランコのように揺れて、最後に一回転するアトラクションみたいだ。動力の関係上、今楽しめるとすればドリームキャッスルの方だろう。


 そうなると全部で七不思議ってやつなのか。廃園の理由の謎も、このミステリーツアーで明らかになると言っていたが…?
 僕はその理由に全く興味がない。ただ、黒屑さんがいなくなったことと言い、噂話が何らかの意味を伴っていることは確かな気がする。


「あれ? そのパンフレット、檻原さんにお渡ししてましたっけ。そう、そこにも噂話が書いてあるんです。これは黒屑さんが仰っていた、計画段階で中止になったミステリーツアーのパンフレットなんです。レアですよレア」


 溝朽さんがパンフレットの説明をしてくれた。
 今僕らは遊園地中央のメリーゴーランドの西側に位置するミラーハウス出入り口に向かっているところだという。


「園内マップ」<a href="//21813.mitemin.net/i254157/" target="_blank"><img src="//21813.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i254157/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>




 靴のあった場所からは意外とすぐに出口にたどり着くことができた。辺りは夕焼け空だった。マップで見たメリーゴーランドが近くにあった。
 メリーゴーランドは草原の中にあった。柵で囲まれ、古びて錆びた豪奢な装飾に、最近付けたような安っぽい電飾が巻きついていた。風雨にさらされ、手入れのなかった馬やソリは塗装が剥げ、二度と動くことはないはずなのに関わらず、それは今にも動き出しそうな迫力があった。


 ふと、メリーゴーランドに大きい馬がいるのが見えた。黒い…ペガサスだろうか。そこに見覚えのある人が乗っているのが見えた。


 いや、人というか…うさぎ。
 招待状に描かれていた気持ちの悪い目の色をしたピンク色のうさぎ、ウラビィが乗っていたのだ。ぬいぐるみではないサイズだから、中には明らかに誰かが入っている。


 誰だろう。今ここには、黒屑さん以外の五人がいるはずなのに。
 ウラビィはガイドの溝朽さんに近づいてきて、ぴょんぴょん跳ねた。


「ウラビィちゃん! 招待状を送ってくれたのはアナタだったのね! 久しぶりに会えて私も嬉しいよ!」
 溝朽さんがウラビィの話を「うんうん」と聞いては反応する。
 もちろんウラビィの声は僕たちには聞こえはしない。ウラビィは喋れないタイプのマスコットのようだった。


 おそらくこれがツアーの演目のひとつなのだろう。演技が白々しい。この演目で喜ぶはずの唯一の熱狂的なファンである黒屑さんが不在のため、この場にはかなり居心地の悪い空気が流れていた。


「うん、そうなの! みんな暗号を解いて、今からアクアツアーに行くところなんだよ! へぇ! ウラビィちゃんと競走? わかった! よーいどん! ……とまぁ、こういう微笑ましいイベントもあるんですよ」


 どこかに走り去ったウラビィちゃんを見送って、恥ずかしそうに溝朽さんが笑う。
 一応僕と沫河は聞いていたし、裏野さんも微笑ましく聞いていたが、廃墟写真家の伝言坂さんはミラーハウスから出てから、どこか写真を撮りに僕たちからはぐれてしまった。あの人は本当に自由人だな。


「ウラビィの中には誰が入ってるんですか?」
「当園のスタッフである濃紫こむらさきが入っています…って、あまり中の人のことは話さない暗黙のルールがあるんですけど、まぁ、状況が状況ですし、いいですよね! 中の人の情報も、黒屑さんは当然ご存知ですし」


 着ぐるみの中の人の情報まで知っているのか。このミステリーツアーにおける黒屑さんは最強だな。本当は僕たちを撹乱してミステリーツアーを先に進んでいるだけなんじゃないか?


「見て! 檻原君!」沫河が何故だか興奮しているようだ。
「どうしたの、鼻息荒げて」
「荒げてません! ほら、さっきのウラビィちゃんを撮っちゃった♪」
「いつのまに」


 陽が沈みかけた空と共に、メリーゴーランドの大きいペガサスに乗って手を振るウラビィが写っていた。夕方の空にはうっすらと三日月が光っていた。スマートフォンのくせに味わい深い写真を撮るじゃないか。
 普通マスコットってのは写真を撮られてなんぼなのに、さっきのウラビィはすぐにどこかに走り去ってしまったのは変じゃないか? 怪しい。
 まぁ、おそらくアクアツアーに到着してから記念撮影みたいなことがあるんだろう。うさぎを追いかけるのは、まるでアリスの世界みたいだ。僕はあのうさぎと写真を撮りたくないのでカメラ役に回ろう。そう決めた。


「ウラビィちゃんは、メリーゴーランドの黒いペガサスが好きなんですね」
 裏野さんがパンフレットに書いてある小ネタを話してくれた。黒屑さんがこの場にいたらこと細かにウラビィ情報が語られそうだが、裏野さんの説明程度で僕は十分満足できる。
 僕が沫河のために、ウラビィちゃん情報を溝朽さんから聞いてあげた。すると、


「メリーゴーランドに黒いペガサスは1頭だけなんですよ。今は動力を持たないので、廻らないんです。だから、今はこのミラーハウスの出口から黒いペガサスがちょうど一番よく見えるんです」


 ミラーハウスの出口を出たらちょうどメリーゴーランドの黒いペガサスに目がいくようだ。僕らがウラビィに気づくことは想定内だったようだ。
 辺りは段々暗くなってきた。まだ手の蝋燭は半分以上残っているようだった。
 廻らないメリーゴーランド、ね。メリーゴーランドの噂もそういえばあったような。あとで裏野さんに聞いてもいいけど、どうしようかな。


「いなくなった黒屑さんの件ですけど、さっきのウラビィの中に黒屑さんが入っているってことはないんですか?」
 僕は思ったことをそのまま聞いてみた。


「それはあり得ません。こう言っちゃなんですけど、今のウラビィちゃんとの再会は、ミステリーツアーの演目でしたし、お客様の黒屑さんがそれを見越して着ぐるみを来て、私たちを待ち伏せするなんて予定外のことが起きていたら、濃紫から連絡がきているはずですし、特に何も連絡はきていないです」


「それはそうと、予定通り演目を続けているようですけど、ツアー客である黒屑さんが失踪…していることを他のスタッフに知らせなくていいんですか?」


「…! たしかにそうですね。ウラビィちゃんにも探してもらわなくちゃ」
 予定外のことが起きているなら、他のスタッフにも知らせるべきだろう。黒屑さんが見つかるまでは、演目を続けるべきではない。ただ、先ほどのダイイングメッセージのようなものがアクアツアーを暗示しているようにも思えたので、それに従っただけだ。
 ここはもうすでに夢の国ではないのだから。


「……おかしいですね。濃紫が無線に出ません」
「着ぐるみを着ているからすぐに連絡できないだけでは?」
「着ぐるみの中で無線は出られるはずなので、それが原因ではないはずです」


 では他に原因がある?
 おそらく、普通ではない原因が。


「濃紫さんはアクアツアーにいるんですよね? 急ぎましょう!」


 おかしい。
 この遊園地には、何かがいるのか?
 僕たち以外の何者かの影が、見え隠れしているように思えた。


「ちょっと待ってください! アクアツアーまでは地下道を通る必要があるんです」
「え? 地下に降りないといけないんですか?」
 アクアツアーは、中央のメリーゴーランドの周りの檻の向こう側にあるらしい。


「はい。本当は地上のジェットコースターを乗るとアクアツアー側のエリアまでひとっ飛びで行けるんですけど…」


 園内に入るためにはミラーハウスに入らないといけない。
 アクアツアーに行くためにはジェットコースターに乗らないといけない。
 このアクセスの異常な悪さが廃園した本当の理由じゃないだろうか、と僕は思いついた。案外当たっているかもしれない。


 僕たちは溝朽さんのガイドの通りに、メリーゴーランドの前の地下道に入った。
 地下道はミラーハウスほどではないが、入り組んだ迷路のようでもあった。地下にもアトラクションがあった時の名残だろうか、列を整理するロープが張り巡らされ、それのおかげで僕らははぐれずに地下道を進むことができた。
 地上へ出ると、陽が沈んでいた。謎解きツアー用の簡易照明が、園内を進む上で最低限の明るさをもたらしている。あまりに明るすぎると廃墟らしさが薄れるからか、明かりは少ない。


 僕らが地上に出た位置は、先ほどのメリーゴーランドのちょうど裏側だろうか。ペガサスはこちら側からは見えない。沫河が反対側からの写真も撮っていた。ペガサスの映っていない錆びたメリーゴーランドなんて撮って何が良いのだろうか…。
 メリーゴーランドを中心に点対称の配置だな、とパンフレットを見て僕は思った。


「アクアツアーはこちらです……、濃紫…どうして応答がないのかな……?」
 今日はなんだかんだ走ってばかりだ。
 アクアツアーには池があり、そこには豪華客船を模したであろう大きな船が沈んでいた。
 とても水の中をツアーできそうには思えない船だ。マストは折れ、船の部品と思わしき鉄骨もそこら辺に落ちていた。
 近くに観覧車もあったのだろうか。観覧車の支柱のような物だけが、籠を持たずに立っていた。
 十年の歳月は、アトラクションを廃墟に変化させる。
 しかし、アクアツアーには十年の歳月ではどうにもならない不可解な変化がもう一つ起きていた。




 アクアツアーの池は赤く染まっていたからだ。




 夕焼けで染まっているのではないことは、目に見えて明らかだった。もう陽は沈み、ミステリーツアー用に新たに足した簡易的なライトに照らされているだけだ。それなのに、誰が見ても明らかに、池が、赤い。
 まるでそこで誰かが死んでいるかのような、血を絞られたような綺麗な赤。


 そして、その池に浮いているのだ。
 ウラビィを着た何者かが、そこで浮いている。
 まるで何かの生き物がウラビィを食べてしまったかのように。
 咀嚼し、血肉を池で食い散らかしたかのように。
 アクアツアーの赤き池の真ん中で、ウラビィのピンク色の背中が浮いていた。




 こうなると演目なんて必要ない。すぐに警察に連絡することが必要だ。
「警察に連絡を…」
「いや、無理だよ」


 伝言坂さんが僕たちの後で自力でたどり着いていたらしい。携帯電話を振りかざして言った。


「山道を歩いてきて分かっただろう? この辺にはこの遊園地しか施設がない。つまり、廃園したこの施設付近に携帯の基地局なんて必要ないんだよ。さっきから電話しようとしているけれど、圏外でダメみたいだ」


「…なんてこと…なの…」


「アクアツアーの謎の生き物の影…か」
「ちょっと! 檻原君。まさかあの噂が現実になったなんて思ってるんじゃないでしょうね」


「いやいや、沫河。ここには僕たちしかいないんだぜ? ガイドの溝朽さんと裏野さんは僕たちと一緒にいた。黒屑さんは連れ去られた可能性がある。少なくとも濃紫さんを殺すことはできないだろう。そうしたらもう可能性は一つしかないだろう?」


「他に…どんな可能性があるっていうのよ」
「アクアツアーの謎の生き物の影さ。僕たちを連れ去って、食べようとしているんだよ」
「そんな……まさか……ひとまず、早くここから出ましょう! 私が出口までご案内します……」


 顔を真っ青に染めた溝朽さんが、頭を抱えながら僕たちを呼ぶ。
 園外へ出るためにまずミラーハウスに向かうため、地下道に入った。


 地下道を進んで半分くらい歩いただろうか、溝朽さんの足が止まった。
 少し休んだ方が良いのではないだろうか。ここまで走ってばかりだった。確かに黒屑さんがいない今、この遊園地を知り尽くす彼女の案内は必要だと思ったが、予定外の出来事に普通の人間は対応できないだろう。
 少なくともここにはパンフレットも簡易的なマップもある。仕事だからだろうが、無理はしない方がいいと思うのだが。


「どうしましたか? 溝朽さん。少し休んだ方がいいんじゃないですか?」
「はい、ええ。でも…。実は、警察を呼ぶのも必要かとは思うんですが、もしかしたら濃紫の自作自演なんじゃないかって思って……」


「ええっ?」
 今更そんなことってあるのか?
「だって…濃紫が死んでいるなんて、信じられなくて…」


 壁に背をつけて深呼吸をして少し落ち着くことが必要だと思った。
 僕も。みんなも。
 異常な状況は、落ち着くことが必要だ。情報の整理も。
 急いで何かがどうにかなるなんてことはないんだ。


「確かに、着ぐるみが浮いているのを見ただけで、中に誰かが入っていたかどうかまでは確認していないですね」
「はい、それに、アクアツアーの池があんなに真っ赤ってのもおかしいんじゃないかって。十年も前に廃園してそのままなんですよ? 普通濁っていませんか? 人間一人分の血が出た程度じゃあ、あんなに真っ赤にならないと思うんです…、あそこの池、腰くらいの深さがありますし…」


 言われてみればそうだ。
 今も開業している遊園地の池なら綺麗だから、赤く染まるかもしれないが、ここは廃墟である。溝朽さんは動転しているようで、意外と頭は回っているみたいだった。


「ならさっきの場所に戻って、着ぐるみの中を確認して見ましょう。濃紫さんとやらの自作自演かどうかがはっきりする」と伝言坂さんが言った。「俺としたことが、慌ててしまって、先ほどの赤い池をカメラに納めるのを忘れてしまったのでね」


「すみませんが、お願いできますか? 私はもう少し休んでから後を追います。右手に見える赤いロープを頼りに進んでいただければ、さっきの場所に戻れると思います」
「大丈夫ですか? 私も付いていましょうか?」と沫河が言った。


「ふふふ。私なら大丈夫です。あなたは彼氏さんと一緒にいた方がいいわ。あなたがいなければ、彼氏さんも心細いでしょう。私のことはお気になさらず、お二人で一緒にいてください」
 と、僕には聞こえないように小声で言ったようだった。といっても、ここは地下道の中。洞窟のように声が反響して、僕の耳にもしっかり届いていた。しかし、僕に聞こえているのを知ってか知らずか。
「違……。う。わ、わかりました。溝朽さんも、お気をつけて…」
 と、僕らと一緒に来るようだった。まぁ、こんな状況だ。単独行動は控えた方がいいだろう。


「た…、伝言坂さん。お客様にこんなことを頼むのはどうかとも思いますが、皆さん、お気をつけてください…」
 溝朽さんを置いて、僕たちは出口へと急いだ。


 とは言っても、僕たちも疲れていた。
 薄暗い地下道を、手元の蝋燭を持ち走る。ロープを目印に走っては歩き、角を曲がりを繰り返して何とか戻ることができた。
 精神的な疲れから来るものだろうか。来た道を戻るだけなのに、心なしかさっきより長く感じた。ガイドの存在がここまで大きいものだとは思わなかった。


 階段をのぼって地上へ出た。階段の上り下りで足がパンパンだ。それでもできる限り急いでアクアツアーへ戻ると、どういうわけだか、さっきと状況が変化していた。


 まず、真っ赤な池の水が抜かれていた。塗装の剥げた船は相変わらず池の底で転がっていたが、その池の水がなかった。
 その水が抜けた池の真ん中で、ピンク色の着ぐるみが転がっていた。ウラビィに見える。ピクリとも動かない。


「沫河はここで待っていて」
「……うん」
 沫河は大人しく頷く。裏野さんも同じように頷いた。僕と伝言坂さんでウラビィに近づく。


 これまで数々の殺人事件に関わってきたが、実際に遺体を見る機会は少ない。
 それも、廃墟と化した遊園地の中で、暗がりの池の中を進み、転がった着ぐるみの中を確認しなければならないなんて。
 ゾクっとしたよ。もちろん良い意味で。


 濡れた着ぐるみの腕を掴んでみた。中に誰かがいるのは感触でわかった。
 背中にあったジッパーを開けてみる。水を吸った着ぐるみを触るのは不快感しかなかった。しかもその中に人が入っているのならば、その人が生きていようが死んでいようが、気持ちの悪いものでしかない。


 ジッパーは少しずつ下がる。少し開けただけでは、暗闇しか見えなかった。僕は蝋燭を伝言坂さんに渡して照らしてもらい、少しずつジッパーを下ろす。


 何かが腐ったような臭いがした。腐ったというか、くさい。汗のにおい。汗まみれのタオルを水に濡らしたような、臭いがさらに増したような不快な臭い。


 中の人の背中が少しずつ露わになって、その背中には巨大な爪で引っ掻かれたような傷が見えた。右上から左下に斜めに大きく切り裂かれた、三本の切り傷だ。


 もう動かない人を着ぐるみから出すのは重労働だ。中を確認するだけなんだから。僕は少し乱暴に中の人の上半身を地面に投げ出した。




 すると、着ぐるみの中から、顔の知らない誰かの遺体が出てきた。苦悶に歪んだ表情。おそらく、彼女が濃紫こむらさきさんなのだろう。


 腕を掴んだ時点でおおよその予想はついていた。
 ただ、中身が濃紫さんか、黒屑さんかどちらかだろうと思っただけだったが。濃紫さんの方だったか。死後どのくらい時間が経っているか、なんて僕にはわかるはずもないが、とりあえず辺りの証拠写真は伝言坂さんに任せて、僕は沫河たちのところに戻った。


「死んでいたよ。僕たちの知らない人だったから、多分スタッフの濃紫さんって人だと思う」
「そんな…」


「はぁ…はぁ…、みなさん、どうでしたか?」
 地下道の近くから溝朽さんが歩いてきた。まだ顔色は良くない。
 あまり伝えたくはないが、隠していてもしょうがないだろう。
「中には、人が入っていて、亡くなっていました。…おそらく、濃紫さんだと思います」
「そんな……そんなことって……!」


 溝朽さんは池の方へ走っていった。その背中を見送る。
 知り合いの遺体なんて、見ない方がいいと思ったが、確認せずにはいられないだろう。


「え…嘘……どうして…?」
 遺体を見たわけでもないのに、沫河が怯えたように声を震わせた。


「どうした、沫河。何かあったのか?」
「見て……メリーゴーランド、動いてない?」
 沫河が指を指した方を見ると、メリーゴーランドが見えた。黒いペガサスが見える。


「見たところ動いているようには見えないぞ。動力が働いてないんだから動くはずがないじゃないか」
「だって……私たちがさっきアクアツアーに来た時、ミラーハウスの出口とは反対側に出たのよ? そうしたら、黒いペガサスは向こう側にあって、見えないはずじゃない!」


「!?」
 ……そういえばそうだったか?
 沫河が撮影していた写メを見せてもらった。
 ミラーハウスの出口で撮影した写真は、中央に黒いペガサスが映っている。


 一方、アクアツアー近くで先ほど撮影した写真は、黒いペガサスなど映っていなかった。
 そして、今この瞬間、確かにアクアツアー側にいるにも関わらず、メリーゴーランドの中央には黒いペガサスが存在していた。
 するとどうしたことだろう?
 メリーゴーランドは廻ったのか?
 そんな馬鹿な。
 現実問題廻ったはずがない。
 黒いペガサスが実は2匹いたのだろう。それだけだ。
 そうやって何でもおかしな方向に話を結びつける必要はない。
 僕はもう一度その状況をスマートフォンで撮影してから、メリーゴーランドに近づいた。




 ギィ……、ギィ………。




 動いていないはずのメリーゴーランドに近づくと、何かが動いているかのような音が聞こえた。
 音のする方に歩いて行くと、その音の正体に気がついて、僕は言葉を失った。




 黒屑くろくず 最果もかが首を吊っていた。




 メリーゴーランドのヘリに、ロープをかけて。
 首にきつく結ばれたロープは風に揺れて、錆びた鉄骨に軋み、耳障りな音を立てていた。


 遺体にも電飾が巻き付けられていて、遺体と一体となったメリーゴーランドは夜の闇に怪しく光り、今にもまた廻り出すかにも思えた。
 揺れる黒屑さんの遺体を見ながら、僕は彼女が先ほど話してくれたメリーゴーランドの噂話を思い出していた。


 綺麗で儚い。


 陽炎のような蝋燭の灯りと、か細い月明かりと、メリーゴーランドの電飾の怪しい眩しさで、黒屑さんの命の最後を彩っているように見えた。





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