聖玉と巫女の物語

ともるん77

幻の子供

 また眠っていた。


 目覚めたら、元の世界に戻ってる。
 そんな希望はいつも裏切られた。
 どこで寝たのか覚えていないが、気付くといつもベッドの上にいた。
 アルマンが運んでくれたのか。彼は部屋にはいない。


 アルマンは、『準備ができたら出発する』と言っていた。
『君の心の準備も』とも。アシュリータは迷っていた。
 一刻も早く元の世界に帰りたい。それには、妖魔との契約、彼を神殿の地下に連れて行くこと、に同意しなければならなかった。


 その時、彼女は窓が開いているのに気付いた。
 そして、ベッドからおり、バルコニーに出た。
 変わりのない、風景……。
 そう思った瞬間、彼女は人影を見つけた。
 アルマンではない、小さな……。


(子供!) 


 まさか、と思い、アシュリータは目をこらした。
 草原の中ほどに、草の丈に隠れるように五、六歳くらいの、性別はわからないが子供が立ってこちらを見ていた。青ざめた顔をしている。
 子供はアシュリータが何か言う前に草の陰に隠れてしまった。


「待って!」
 バルコニーぎりぎりまで身を乗り出したが、もう子供の姿はどこにも見えなかった。


(どういうこと。ここは作られた世界ではないの。他にも人間がいる? まさか……)


「おい、また逃げ出す気か」
 いつの間にか、傍らにアルマンが立っていたので、アシュリータは声が出ないほど驚いた。
「何か、いたのか」
 彼の問いに、とまどった。


「ねぇ、ここはどこなの? あなたが作った幻の世界なんでしょ?」


 アルマンが、アシュリータの目をのぞきこんで、心を探ろうとしたので、彼女は目をそらした。
「現実ともつながっているの?」
 アルマンは答えなかった。


「何を見たのかは知らないけど、生きてるものじゃなさそうだな。僕が連れてきたのでない限り」
 その言葉で、アシュリータはとっさに言ってしまった。
「だから連れてきたの、あの子を?」
「……」


「ここはひょっとして北の森の中なの? 子供をさらって来たの?」
 アルマンは笑った。
「そう、でもあり、違う、でもある」
 アシュリータは次の言葉を待った。


「君の言う通り、この世界は北の森の中にある。でも、決して人間には見えない」
(北の森……!)
「それから、僕は君以外、ここへは連れて来ていない」
(でも……)
「ここは、生と死の境界だ。こんな所へ迷い込んでくるとは、死霊かもしれんぞ」
(死……)


 確かに、子供には生気がないように見えた。何か恐ろしいものでも見たような表情をしていた。
(もしかして、北の森に迷い込んだ子供? 大人には見えなくても、子供にはこの世界が見えるのかもしれない。…… 生死をさまよっているのだとしたら、一刻も早く見つけ出さないと)


 それにはアルマンの力を借りるしかなかった。
「ねぇ、お願いがあるの」
 アシュリータは今度はアルマンの目をじっと見つめた。


「死霊だと言ったろう。まぁ、いい。好きにしろ。その代わり、僕のそばを離れるな」
 アルマンは黒い翼を拡げ、アシュリータを抱えて、草原に降り立った。


「人の気配は感じないが」
 アシュリータはアルマンの言葉を無視して、草原を走り回り、子供を捜した。


(この辺りにいたはず)
 しかし、いくら探しても見当たらなかった。


「ねぇ、もしかして北の森で迷子になっているんじゃない? それで一瞬、ふっとこの世界に迷い込んだのかも」
 アルマンはまた笑った。
「ここは北の森の中でも深い所にある。子供が一人で来れる距離じゃない。もっとも、北の森の外れには墓地があるから、そこから迷い込んでくることはあるかもな」
「……」


 アシュリータは思い出したことがあった。
「あなたと初めて会った城の廃墟、その近くの墓地のこと?」
「そうだ」
「……偶然なのかしら。私はそこで前に、あなたと同じ名前の墓碑を見たわ」
 アルマンは面白そうな表情をした。


「そこからちょっと拝借した。名前がないと不便だと思ったからな」
「古代の王の墓もあると言われているの」
「それで?」
「何か関係あるの?」
「人間の墓だろう? もっとも、人間の間では、妖魔は死肉を食らうらしいから墓地をうろついてても不思議はないんだろうが」


 アシュリータには前から不思議に思っている事があった。
「それは嘘なの? その、死体を……」
「君は見たことあるの?」
「……」


 妖魔が墓地をうろつくというのは、ただの噂だったのか。では……。
「あなたたちは何を食べて生きているの?」


「僕が他の生物から養分をもらってるのは確かだ。でも、殺したりはしない。だけど……」
 その時、一陣の風が吹き渡り、草原が波立った。


「正気を保っていない他の妖魔たちは、おそらく何も食べていない。朽ちるにまかせてる。妖魔はなかなか死ねないから、僕もいつかそうなるのかな」


 アシュリータは敵だとわかっていながらも、彼に近しい気持ちが自分にあることを感じていた。
 彼女の柔らかい心を感じたのか、アルマンは急に優しい表情をした。
「心配なら、北の森を探してこよう」
 そう言って、アシュリータを屋敷に連れて戻ると、再び飛び立って行った。
 アルマンはなかなか帰らなかった。


 そして、またアシュリータはいつの間にか眠りに落ちていた。
 誰かが自分を呼んでいる。
 あの時の子供だ。
 何か、必死で訴えている。


《……探さないと》


 何? 何を探しているの?
 夢の中でアシュリータが問うと、子供は切ない表情をして、


《石を……》


 石? 
 そう思った瞬間、彼女は自分がベッドにいる事に気付いた。
 目覚めると、目の前にアルマンが立っていた。


「探したけど、北の森にはいない」
 彼は疲れきっているように見えた。
 彼はアシュリータの胸元あたりを見た。
「もう一人、聖玉を持った巫女がいるのか?」


「……?」
「北の森のはずれに……」
 アルマンはそこで言葉を切り、
「少し、眠る」
 そう言って、彼はアシュリータのベッドに倒れ込んだ。


 彼女は驚いて、彼と入れ替わるようにベッドから降りた。
 眠っているアルマンを見るのはこれが初めてだった。
 黒い翼は消え、それとともに髪の色も暗色から金色に変わっていた。
 普通の人間のように見えた。
 寝息も。


 彼を見つめていたその時。
 ふと、視界に何か見えた。
 顔をあげると、そこに例の子供が立っていた。
 うっすら姿を呈しているが、そこに存在していないのは確かだった。


「あなた、誰なの? どうして、ここにいるの?」


 子供はそれには答えず、《石を探して》と、夢の中と同じ事を言った。


《あれが必要なんだ》


 アシュリータはとっさに、服の下に隠れた聖玉のお守りを握りしめた。


《それじゃない、聖玉の……》


 子供はそれだけ言うとふっと消えてしまった。
 すると、連動するかのように、今度はアルマンがしゃべり出した。


「頭が痛い。何か重くのしかかってる。それをとらないと……」
 彼は眠ったままだった。


 彼もまた夢を見ているのだろうか。
 アシュリータは、おそるおそる彼の額に自分の額を近づけた。

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