聖玉と巫女の物語

ともるん77

アルマンの目的

(ここに来て、何日くらいたつのだろう。私が突然いなくなって、大変なことになってるかもしれない。お兄様……)


 アシュリータはいつものようにバルコニーに立っていた。
 見渡す限りの草原は見た目には美しかったが、どことなく偽物っぽい気がした。


 そう、今は冬なのだ。こんな青々とした景色が見られる場所はカインデルにはない。
 それに、アシュリータのもつ聖玉はここでは光を失っていた。


 そして、ここでは夜がこない。
 いつでも昼だ。それもまぶしいといったことはなく、淡く優しい明るさ。光源がどこにあるのかもわからなかった。


 創られた世界なのか。


 時間の感覚がなく、いつの間にか眠っていることはあったが、まったく空腹を感じないことは奇妙だった。


 彼女がいるのは大きな屋敷だった。まるで王女の部屋のような装飾の部屋があり、クローゼットにはきらびやかな衣装が並んでいた。今まで着たことのない派手な衣装と色だった。巫女見習いの時は、淡い色であれば何色でも着用できたが、今は魔族狩りの時をのぞいて、色のついたものは着られない。


 アシュリータのためにアルマンが用意した部屋だというのはわかっていたが、だからこそ、何一つ着る気にはなれなかった。
 屋敷の他の部屋にも自由に行き来できたが、外へ出る扉だけは鍵が閉まっているのか開けられなかった。


 アルマンはたいてい彼女のすぐ傍にいたが、何も話しかけなかった。
 アシュリータの方もまた、何もしゃべらなかった。


(これくらいの高さなら、落ちても平気かしら。それとも、作られた世界だからどちらにせよ命に別状はないのかも)
 ある時、アシュリータは衣装をつないだものをバルコニーからたらして、そこから脱出を試みた。
 そして、なんとか彼の目を盗んで草原に降り立ったものの、すぐにどこからともなく、一匹のフェネルに似た怪鳥が現れて彼女を捕まえようとした。


 その時、助けてくれたのはアルマンだった。
 彼は今まで隠していた鋭い爪を出し、怪鳥を追っ払った。
 そして、怒ったような目でアシュリータを見た。
 アシュリータは彼の態度に、逆に怒りを感じた。


「あの怪物に私を見張らせているわけ?」
「僕を怒らせるな。自分をコントロールできなくなる。そうすると君を傷つける幻影が現れる」
 アルマンは無言で、彼女をかかえ、黒い〝翼〟を拡げた。


(……!)


 空を飛ぶ男の髪は金色から、漆黒へと変わっていた。
 髪だけではない。その目でさえも、暗い色に変化していた。


(黒い羽毛の翼……羽毛?)


 それ以降、アルマンは黒い翼を隠すことはなくなった。
 アシュリータの心は閉じこもったままだ。
 自分を無理やり連れてきたことに対する怒りで、口を開くこともしなくなっていた。


 アルマンは苛立ち始めた。
 そして、嫌がるアシュリータをかかえ、その世界の美しいと思われる所へ連れて行くようになった。


 アルマンの意図がわかっていただけに、彼女は動じない風を装った。
 美しい所ではあった。
 泉や、森や、滝……。
 光は淡く、この世のものとは思われなかった。
 アシュリータは思わず呟いた。


「いくらこんな世界を創ったって、一人では意味がないわ」
 彼女の声を聞いて、振り向いたアルマンだったが、その意味を知り、ただこう答えた。


「わかってる」
 素直に認めた彼に、少しだけアシュリータは哀れみを感じた。


「私を連れてきて、どうしようというの」


 やっと話をしようという気になったが、まだ怒りは収まっていなかった。
 彼女の態度を見て、アルマンは急に姿を変えた。
 初めて会った時の、普通の人間の姿に。


「わざわざ人間に化身しなくても怖くないわ」
 アシュリータがそう言うと、アルマンは複雑な表情を見せた。
 まるで傷ついたかのように。
(まさか、妖魔が)


「この方が楽だからこうしている。たしかに、君を怖がらせるつもりでいたかもしれないね」
 彼の人間の姿は、違和感がなかった。


(これほど、人間に同化できる魔族がいたなんて)
 不思議だと思うとともに、再びこの魔族に対する興味を感じた。


「あなたは普通の妖魔とは違う」
「……」
「あなたのような魔族に会ったのは初めてよ」
 アシュリータは一時、怒りを忘れていた。


 この魔族のことが知りたいと思った。
 ここから逃れる術がわかるかもしれない、とも思っていた。
 アルマンは彼女の心を見抜いているのか、それとも、測りかねているのか、しばらく黙ったままだった。


「黒い翼は魔族の印だわ。でも、それでも、人間の容姿は保っているわ。それに、あなたの翼には羽毛がある。私が見てきた妖魔たちは人間の姿をとどめてはいなかったし、翼に羽毛なんてものもなかった」
 アルマンは彼女の言葉をじっと聞いていた。


「あなたのような妖魔は他にもいるの? なぜ他の魔族はここにはいないの? あなたが作った世界だから?」
 その問いに、アルマンは皮肉な笑いを浮かべた。


「人間らしい考え方だな。お前たち、今まで何人の魔族を殺してきた?」
「……」
「寂しいのなら仲間を呼んでやる、人間の」


「やめて! 私一人で十分だわ。なぜ私をここへ引き止めるの?」
 泣きそうになっているアシュリータを見て、急にアルマンは大人しくなった。
「すまない、言い過ぎた。君たちが倒してきた妖魔には人間のような感情はない。だから、殺されても苦しみも悲しみもないだろう」


 アルマンは何を言おうとしているのだろう。
 しかし、次の瞬間、アシュリータは彼の言葉に驚愕した。
「生きてる事に意味を持たないからだ」
 これが、魔族の口から出た言葉とは。


「あなたは何者なの?」
「魔族だよ。でも、君の言う通り、僕は違う。異端者だ。何で僕のような魔族が生まれたのかはわからない。僕は彼らと違って、生きる意味を求めてる」
 彼の言葉は衝撃的だった。
「……」


 妖魔でさえも、生きる意味を求めてる。
「君が救うのは人間だけか」
 再び、同じ言葉がアルマンから漏れた。


「あなたは……救いを求めてるの?」
「ああ」
 アシュリータは切ない想いに襲われた。


「僕は僕自身のことをよく知らない。君に会う目的もあったが、僕は神殿の奥にある書庫に行きたかった。そこに、魔族について調べた本があるのではないかと思った」
 アシュリータは驚いた。
「君に初めて会った時、君の過去が見えた。君の心には書庫の残像が残っている」
「……!」


 アシュリータの記憶の中に、夢のように不確実な光景が浮かんだ。
 そう、あれは巫女候補となって修練生として神殿で講義を受けていた時のこと。
 ゾイタル神官長は、「本当は限られた者しか入れないのだが」と前置きして、巫女候補全員をある場所に連れて行ってくれた。見学したのは、その一回だけ。難しそうな本が並んでいた……。


 アルマンの言う通り、神殿の地下には書庫がある。
 それにしても、魔族の透視力とは……。


「神殿に入るには人の手を借りるしかなかった。そこの結界だけ他より強くて正気が保てなかった。結果、僕のせいで村の人たちは暴徒と化してしまったが、彼らが僕を妖魔だと訴えたから、神官たちは僕を中へ運んだんだ」
 事のあらましを聞いて、アシュリータは彼が自分で望んで人々の暴行を受けたことを知った。


「あなたたちは痛みを感じないの?」
「やっかいなことに感じるよ。傷は癒せるけど、そう簡単に死なないから、人間より酷い」
「じゃあ、どうしてそんなこと」
「言ったろ。生きてる意味が知りたいからだ。……神殿の中には入れたが、結局、地下へはさらに強力な結界が張られていてだめだった。牢で倒れていた時、目は地下をさぐってた。そこへ君が現れた。僕の意識は引き戻された」
 今までのアシュリータには想像を絶する言葉の数々であった。


「信じろというの?」
 アルマンは静かな声で答えた。
「目の前にいるのが、僕だ。それで十分だろう?」
 こんな魔族が存在するなんて。
 まだ、信じられない。


「私にどうしろと?」
「君となら、正気を保ったままでいられそうな気がするんだ。神殿にもう一度行きたい。そして、知りたい。僕が何なのか」
「私が協力するとでも思っているの?」
 アルマンは微笑った。
「真実を知ったなら殺されてもいい」
「……」
「そしたら君は自由だし、僕も自由になれる」
(自由……)


「あの神官、名前は何て言う?」
「えっ?」
「たぶん、一番偉いやつだろ? 彼の心だけ透視できなかった」
(カイサル神官長……)

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