聖玉と巫女の物語

ともるん77

魔族の男

 一目見て、アシュリータにはその男が魔族だとわかった。
 胸の辺り、温度の変化で、聖玉が微かな光を帯びて反応しているのがわかる。
 周りにいる騎士たちは気付いていない。
 うまく人間に化けているな、と彼女は思った。


 アシュリータたちが立ち寄った村の近くに、昔の城の廃墟があった。
 村の若者が散策しているように見えたのだろう。連れの騎士たちは何の疑いもなく、その男の傍らを通り過ぎた。


 だが、アシュリータは馬の歩を止め、その男に対峙した。
 馬は何事もないかのように草をはんでいる。そのことにアシュリータは少し不審を持った。今までも眷属のみの出現時に馬の反応が鈍い時があったが、妖魔がいる時にはすぐに察知して、毛を逆立てていななくのが常だった。


(妖魔ではないのだろうか)
 アシュリータがそう思った瞬間。


 廃墟のそばの木に手を置いていた男は、おもむろに彼女の方を向いた。
 とっさに、攻撃をしかけようとしたが、
「待ってくれ。ここではなく、違う場所にして欲しい」
 そう、男が言ったので、アシュリータは驚いた。


「ここで争うと、この木たちが傷つく」
「……」
 あまりの衝撃に、アシュリータは攻撃するのも忘れて、目の前の男を見た。


 この辺りでは珍しい、濃い金髪をしている。瞳の色は薄い茶色で、その目からもどこからも、妖魔独特の禍々しさは感じられなかった。


「あなたは本当に魔族?」
 そんな質問をしてから、(間が抜けている)と彼女は思った。


「僕を、人間じゃないと思ったから立ち止まったんだろう?」
 やはり、魔族なのだ。化けて人間の言葉を話すとは聞いてはいたが、実際に見るのは初めてだった。


 フェネルやゴヴィといった眷属を連れていないのも珍しかった。
 でも、一体、この男はどうして……。


 そんな様子を見て男は、
「これは父と母の木だ」
 並んだ二つの木を指差した。


「太い方が母の木で、陰から成る。細いのが父の木で、これは陽から成る」
 その説明を聞いた途端、アシュリータは警戒心を無くした。


「どうしてそんな事がわかるの?」
 巫女特有の、順応性の高さと探究心から、彼女はこの男に興味を持った。


「触れたら、わかる」


 彼女は馬にまたがったまま、言われた通り、その木に触れようとした。
 しかし、後ろから騎士の一人に声をかけられ、その動きは止まった。


「アシュリータ様、どうかしましたか?」
 一人の騎士が心配そうに、こちらに近づいてきた。


 アシュリータは魔族の男の方を見た。
 男は動じない風で、その場に立っていた。


「何でもないの。今そちらに行くわ」
 彼女はそう言って、馬を歩かせた。


 その背後から、男は言った。
「いいのか?」


 アシュリータは答えなかった。


「わかった。じゃあ、また会おう……アシュリータ」
 その瞬間、アシュリータは振り返ったが、すでに男の姿はなかった。


 その後、何度となく、城の廃墟に行ってみたが、魔族の男とは会えなかった。


(私……どうして妖魔を見逃したんだろう)
 後悔のような、罪悪感のような想いにとらわれていた。


 今、思い出しても動悸がする。
 木に触れてみると、風もないのに、木の葉がサラサラと音をたてた。
(言葉がわかるみたい)


アシュリータは人知れぬ悲しみに襲われると、この木を抱きしめ、心を慰めた。 
 しかし、旅は続く。この地を離れる時がやってきた。


「アシュリータ様、もうすぐ出発ですよ」
 まだ年若い騎士が、城跡に立つ彼女を呼びに来た。
「……そう」


 アシュリータは、最初に見たあの男のように手を伸ばして、木に触れていた。
(さよなら。また、一人で頑張らなくちゃ)
 彼女は一度だけ、振り向いた。
 二つの木は廃墟に寄り添うように立っていた。


「アシュリータ様は、あの場所がよほど気に入ってたんですね。あの城のいわれはご存知ですか?」
「えっ……」
「悲劇ですよね。ホントか嘘かわかりませんが」
 そう言って、騎士は話はじめた。


 むかし、その城には独裁的な若い王が住んでいた。彼は、ある種の人間を嫌い、ひどい扱いをした。ある時、彼は臣下に、「あの一族の中から、一人選んで、殺せ」と命令した。そして、死体が彼の目の前に引き出された時、意外な事が起こった。王は驚愕して、叫んだ。


『なぜだ!』


 殺されたのは、王の恋人だった。


『娘が、志願してきたのです。私はあの一族の者だと』
 王は憔悴し、城は荒廃した……。


「王は恋人が死んで、初めてわかったんですね。人の命の大切さが。それを教えたかったんでしょうか、その娘も」
 若い騎士は、アシュリータが物思いに耽っているのを見て、言った。


「でも、ああいう廃墟ですから、後世の者が想像して作った話かもしれませんね」
 アシュリータはその心遣いに感謝し、微笑んだ。


「近くに昔の墓地があるでしょう? そこに、古代の王の墓といわれているものもあるんです。村人から聞いた話なんですけど、後で寄ってみますか」
「ええ、ぜひ」


 騎士はそれで安堵した。
 女神を悲しませるような事はしたくない。
 口にこそ出した事はないが、ふつうの女性ならば目をそむけたくなるような惨状ばかりだ。巫女とはいえ、本当に耐えられるのか。


 しかし、それは言ってはならない禁忌のような気がした。
 巫女は絶対的な存在。恐れるものは何もない神聖なる存在。
 女神と呼ばれる巫女をふつうの女性として考えるのは、神を愚弄するようなものだ。


 魔族狩りの季節が終わり、冬が近づいていた。

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