魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

63 もうひとつのエピローグ 〜ーー最期〜

 魔鏡に住み、たまに帝国にただ飯を食いに行く。
 店主の代が受け継がれても残るメニューと無料で食えるという免罪符によって今も通う定食屋『サンディオ』に久しぶりに行ってから数日。

『やっほーレオン!久しぶり!』

 ここ百年程の間に、たまに空間の隙間から顔を出すようになったアリア。
 最初見た時は心底驚いたものだ。間抜けツラを晒してアリアに笑われた記憶は苦くも残っている。

 いわく、魔王を抑える魔力や神力の使い方に慣れた事と、魔力や神力が増えた事でこうして余力を使って顔を出せるようになったとか。
 そんなことより、気になるのは抱えている赤子だ。

 そしていつもの如く強引に進められた会話の末、赤子を押し付けられた。
 しかも、『魔術適正』という破格のスキル持ちだという。

 驚愕に固まる俺を他所に、アリアはさっさと消えた。
 
 そして視線はなんとなしに赤子へと向く。
 ……頼み事とは、これの事か?まさか育てろ等と言うつもりじゃないだろうな。

(……俺が?)

 剣しか知らず、食事も睡眠も無視した生活をしている俺が子育て?
 考えるまでも無い。出来る訳がない。

 では捨て置くか。
 とはいかない。そんなことをすればどうなるか想像もつかない。
 アリアが命令を無視した俺に何の制裁もしないはずがないからだ。

「………誰かに託すか」

 それならばとりあえずは許されるだろう。
 頼まれた内容は『俺が』育てろというものではない。詳しく指定されてないのだから、とりあえず死ななければ良いだろう。

 しかし託した先で死なれては困る。
 であれば、完全な場所か。それでいて子育てなんて面倒を頼まれてくれる相手、か。

「………ふむ」

 思い浮かぶ選択肢は二つ。
 『サンディオ』か、武者修行と称して魔鏡に迷い込んだのを世話した青年の所だ。
 青年は風の一族の現当主となり、俺と手合わせをしつこく言ってきては断りなく襲いかかってきたのを迎撃してきた事をもあって腕は確かだ。
 
 青年はかつての『サンディオ』の初代店主と遜色ない実力になっている。
 今の『サンディオ』店主と比較すれば青年の方が強いだろう。

「……行くだけ行くか」

 さすがに無理だろうと思っていたが、予想に反して青年はあっさりと承諾してくれた。
 その際、妻の女性に『噂の師匠さんですかぁ。お世話になってます、私も手合わせさせてもらいますねぇ』と挨拶もそこそこに襲いかかって来られたが無事赤子を渡せた。

 そしてたまにその赤子の成長を眺めつつ、無事育っていく姿にアリアからの制裁は無さそうだと安心したものだ。
 
 どうやら少年は現代の主流である魔法が使えないらしい。
 かつての大戦時代の魔術はここ何百年もの大きな戦いがない時の中で廃れ、簡略化された魔法だけが残っている。
 その中で少年は見下され、恥さらしと呼ばれて蔑まれていた。

 魔術が使えるのに魔法が使えない理由は分からない。転生の影響か、スキルによる弊害か、それとも魔力回路によるものか。
 時代が時代なら無限の可能性と、最上級の優遇を受けるであろう素質も時代に嫌われたことで無能扱いだ。

 しかしそれでも赤子はねじ曲がらず育ち、しかも強さを求めていた。
 心が強い。転生の影響で記憶もあるのだろうか、それにしても大した精神力だ。

 これなら心配は必要なさそうだ。
 青年も親として目をかけているし、兄姉も可愛がっている。
 そう判断して、監視まがいの行為を辞めた。俺の呪われた生に関わらせるつもりもなかったのだから。

 しかしある日、耳障りな竜の咆哮や戦闘音、そして懐かしい気配を感じる事となる。

 『魔術適正』を持つ赤子、いや少年になっていたか。
 膨大な魔力と、飄々とした雰囲気、そして心の強さを滲ませた碧の瞳。

 思わず戦闘に割って入った。
 ついでに竜の肉を焼いて渡した。扱いに困ってちょっと優しく接してしまった。アリアが見ていたらさぞ笑ったことだろう。

 結局、悩んだ末に言うだけ言ってみる事にした。
 これも俺の弱さだったのだろう。探していた『死に方』を手に入れ得る少年に提案だけしてみることにしたのだ。

 提案は魔術の習得、および訓練。
 最終的には『時魔術』を習得して俺の『不死』をどうにか出来ないかと考えた。

 拒否されれば追う気はない。
 気味悪がられるだろう事や、恐れられる事も理解した上で、不死である事と『死神』の呼び名も示した。

 しかし少年は、あっさりと頷いた。
 不覚にも久しぶりに心底驚かされた。

 それから少年を鍛えた。まともな教育方法なんて覚えてないので、割と無茶だったと我ながら思う。
 それでも腐らず、逃げず、口悪く少年は食らいついてきた。
 気付けば憎まれ口を叩き合うようになったのは不思議だが、まともに会話をする事も少なく、ましてや俺に文句を言う者などアリアを除いて皆無だったので新鮮ではあった。

 そんな生意気な少年は、目を瞠る速度で成長していった。
 天才、ではない。コウキと比べれば鈍臭く、不器用極まりない。しかし、妥協なく努力する向上心や頭の回転、それによる効率の良さで強くなっていった。

 少年――ロイドは割とトラブル体質だった。
 帝国や学園で問題の渦中に身を置く事になる。しかし、それと成長の糧にしてーーついには『時魔術』の習得に至った。

 しかし未熟な時魔術では俺の不死は解除できず、見えてきたのは魔王を完全に討伐する必要があるという事実。
 
 どうしたものか。
 悩んだ。魔王を討つべく挑むか、諦めるか。
一応選択肢としてロイドが魔王の影響を超えて魔王を討つことなく不死に干渉出来るよう成長する、というのもあるが、これは難しいだろう。
 ロイドだからという意味ではなく、魔の頂点である魔王を魔術で超えるのは単純に不可能に近いからだ。

 しかしトラブル体質のロイドを舐めていた。
 唐突に、魔王復活の機会が来てしまったのだ。
 現代最古の魔王候補による魔王復活の企み、それによって魔王は蘇った。

 伴ってアリアも帰ってこれたのは良いが、勝てるかと言われれば難しいのは変わりない。

 ならば、唯一可能性がある俺がやるしかない。
 そんな判断を、弟子は許してはくれなかった。

 こんな俺に、恩を感じてくれていた。
 こんな俺を、救おうとしてくれていた。
 こんな俺を、慕ってくれていた。

 憎たらしくもーー絶対口にしないがーー可愛い弟子は、俺よりも心が強かった。

 結果、何百年越しに魔王討伐は成った。
 そしてウィンディアの地にて、ロイドによって不死の解除も成功した。

「っっしゃぁあ!出来た、出来たぞくそじじい!もう首飛んだら死ぬし、ほっといても本当の爺さんになって死ぬぞ!俺が斬っても死ぬぞ!」

 側から見れば最低な喜びの声は、しかし長い長い人生の中でも一番嬉しい言葉だったのかも知れない。
 それを表すように、俺の目からは涙が溢れていた。

「おぉ?おぉおお?!じじい泣いてんのかよ!」

 師の顔が見てみたくなる程最低な弟子の発言を聞いてます涙は止まらず、あまつさえ弟子までも涙を浮かべ始めた。

「あはははっ!じじいも泣く機能残ってた、んだな……っ……!」
「……あぁ、俺も自分で驚いてる」
「あ、ははっ、なんだよそれ……泣いてる癖に顔色変えないあたりじじいらしいわ………………………………っうぅ、ひぐっ、……良かった…!」

 弟子の憎まれ口もついに途切れ、漏れ出す嗚咽。
 止まらない自身の涙を、しかし止める気も起きなかった。
 笑われても、憎まれ口を叩かれようとも、この涙は弟子がずっと頑張り続けてきてくれた証だと思ったから。

「っぅ、うぁああああっ」

 嗚咽におさまらず、ついに泣き声を上げるロイド。
 成長して一人前になったと思った矢先に泣き喚く弟子だけに恥をかかせる程、俺は師として恥知らずではなかったらしい。

「……ロイド…………ありがとうっ……!」

 記憶に残る限り、初めての慟哭。
 俺達師弟は、ウィンディアの民に囲まれているにも関わず、二人して声を上げて泣いた。





「っはぁ……まさかアンタ達アホ師弟に泣かされる日が来るなんてねぇ」
「ぜんばいぃぃいい、よがっだですねぇええ……」
「っひく、もう、クレアったらいつまで泣いてんのよ」
「エミリーごぞぉおお」

 気付けば領民、アリアまで涙を流して俺たちを見守るように囲んで泣いていた。

「「……………」」

 なんとも居た堪れない、というか恥ずかしすぎる雰囲気に、冷静になった俺とロイドは顔を赤くして縮こまっていたのは余談、というか速やかに忘れ去りたい。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

――どうか俺を、殺してくれ

 かつてこぼれ落ちた言葉は、心の奥底から漏れ出した渇望。

 心に根付き、深く刻まれた願いは、しかし今や完全に消え去った。

 何百年も生きてきた。
 
 赤子が年老いて天寿を全うする姿を何度も見てきた俺は、ロイドと出会ってから数十年経った。

「レオンさん……」

 アリアは先に旅立った。
 あぁ見えて寂しがりな奴だし、あまり待たせては申し訳ない。

 俺もそろそろ追いかけないとな。
 コウキやソフィアにも会いたいところだ。土産話には困らないし、さぞ盛り上がるだろう。

「……レオンじーちゃん」

 ベッドに寝転び、先の事に想いを馳せる。
 皮肉にも先のない俺の気持ちは、不思議とこれからの事を楽しみに思えていた。

 俺はこれから、天寿を全うする。

 俺を囲うのはウィンディアの民や弟子の家族達。
 生意気で憎まれ口ばかり叩き合う弟子とは違い、息子娘達は随分と慕ってくれたものだ。
 痩せ細った手を動かし、心配そうに見つめる弟子の末っ子である娘の頭を撫でる。

「……じじい、逝くのか」
「ふん……文字通りじじいになった今となっては、お前のその呼び方にも反感を覚えないな、クソガキ」
「……アホか、その呼び方こそいつまで使ってんだくそじじい、もうオッサンだぞ俺」

 今際の時ですら変わらない生意気ぶりに口元が緩む。
 
「……いつまでも、生意気な弟子だ」
「うるせぇよ……師匠がこんなんだから仕方ないんじゃねーの」

 我ながら飽きもせずこんな会話ばかりしたものだ。
 アリアに呆れられ、エミリーに注意され、クレアに笑われながら、俺達はずっとこんな会話ばかりだった。

 それを、この馬鹿弟子は俺のせいだと言う。
 最後の最後に責任転換とは、なんとも憎たらしい弟子だ。

「……そうか、俺のせいか」
「そりゃそーだろ……弟子は師の背中を見て育つもんだろ」

 そうか、そうなのかもしれない。
 あまり師匠らしい背中は見せれなかったし、弟子に救われた事も多かったな。
 
 だが、最後に言い負かされるのは師として許容出来ないのも事実、か。

「そうか……なぁ、ロイド」
「……なんだよ?クソじじい」

 俺は名前で呼んだのにお前はそれか。どこが師の背中を見てるんだか。

「ちょっとおとーさん、レオンじーちゃんが……」
「しっ……大丈夫だから、ね?」

 末っ子の苦言をクレアが止める。
 ロイドはさぞ罰の悪そうな顔をしていると思って見てみればーーひたすらに真っ直ぐに、俺を見ていた。

 あぁ、そうだ。こいつの真っ直ぐさに、俺は救われてきた。

 そしてこうして、今を迎える事が出来たんだ。

「……ロイド。お前のおかげだ」
「……………」

 ひねくれ者同士の俺たちだが、最期くらいは、まぁいいか。

「お前のおかげで……俺は、やっと死ねる」
「……………」

 景色がぼやける。眠気が誘う。
 そんな中でも、弟子の顔は鮮明に映った。

「情けない師だったが……自慢の弟子を育てれたと思えば、誇らしい」
「……………」

 末っ子の動揺が聞こえる。
 他の子らも、ロイドを見て驚いていた。

「……泣くなよ、ロイド」
「……泣くに決まってるだろ。自慢の師匠の最期だぞ」

 ボロボロと溢れる涙までちゃんと映す目に感謝しながら、ロイドへと手を伸ばす。
 その手を掴んでくれたロイド。

「……これまでありがとう、ロイド」
「……師匠……レオン。俺こそ、今まで、ずっと……ありがとうございました…!」

 ロイドのせいで、ついに弟子を姿すらぼやけてきた。
 頬を伝う温かい何かを感じながら目を閉じる。

 いよいよ眠気に抗えそうにない。
 伝えたい事もちゃんと伝えれた。


――どうか俺を、殺してくれ


「…………生まれてきて、良かった」


 漏れ出るように口に出た言葉に応えるように。

ーー生きてくれて、ありがとう

 かつての最愛と無二の仲間達の声と、弟子の慟哭が聞こえた気がした。

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