魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

61 エピローグ

――ズズゥゥゥン……

「おっとっと……いやぁ、今日も激しいですな」
「そうだな、飽きもせず……まぁ悪いことばかりではないから放っておこう」
「はは、そうですな」

 王城の一角にあるカインの執務室にて、クロンとカインが地震に苦笑いをしながら執務をこなしていた。
 クロンは運んでいた紅茶をこぼすことなく立て直し、カインは崩れそうになる書類の山を視線を向けることなく手を乗せて止めているあたりに慣れを感じさせる。

「おかげで魔物も徐々に減っているんでしたよね?」
「あぁ。まぁこの地震だ。魔物じゃなくても逃げたくなるだろう」
「そうですな。ましてや震源地となれば……」

 そう言いつつ、クロンは窓から遠くを眺める。
 その先にあるのは〝少し前まで〟魔境と呼ばれて大陸の誰からも恐れられたフェブル山脈があった。

「もう、ほとんど見えなくなりましたな」
「そうだな。そろそろここから見えるフェブル山脈も見納めかも知れん」

 そう言いつつカインはクロンの用意した紅茶に口をつける。
 そして休憩がてら席を立ち上がり、窓からフェブル山脈――ではなく、王都を見下ろした。

 喧騒が遠くから聞こえてくる。
 魔物の減少によって更なる活気が加わりつつある王都だが、しかしこの喧騒の正体は単に経済の活性化だけの話ではない。

「映像投影魔法具、でしたか。ロイド殿とクレア殿は面白い事を考えますな」
「もとよりどこか変わったやつらだからな。俺からすれば変わり者の案を形にした職人を褒めたいところだ」

 ロイドやクレアの前世の知識は時折魔法具としてこの魔法の時代に溶け込んでいた。
 彼らの突拍子もないーーと周囲に思われるーー発案も、変わり者の多い魔法具技師からすればアイディアの宝庫であり、たまにわざわざ王都からウィンディアまで足を運ぶ事もあるらしい。

 ともあれ、画期的な発明によって生まれた喧騒を眺めながら、クロンはくすりと笑う。

「さて、今日は誰が勝つのでしょうかね」
「決まっている」

 カインは見届けるまでもないと窓に背を向けて自らの咳き込みに戻った。
 そして執務の続きを始める。その中の王都民からの意見や要望を集計した用紙を手に取り、鼻を鳴らす。

 その書類の内容を事前に見ていたクロンは、カインの様子を微笑ましく見ていた。
 
――ほぼ毎日起きる地震をどうにかしてくれ。
――ロイド・ウィンディアだけは一夫一妻制を適用して欲しい。ガチで。
――フェブル山脈にコロシアムを設営してはどうか。近くで見たい。
――英雄様お2人を定期的にお披露目会やパレードで迎えてはどうか。なおこれは同席するだろう奥様方を見たい為ではない、決して。
――争いも終わったので英雄達とウィンディア一家を王都に呼んではどうか。次男以外。なおこれは嫉妬ではない。

 次々と並ぶ意見は、ほとんどウィンディアの話題だ。
 それでいて文句を迂遠に添えられる親友は民から好かれてるのか嫌われてるのか。
 少なくとも今や英雄と化したにも関わらず親近感という意味では絶大なのだろう。

 それを見ながら鼻を鳴らすカインの顔は、とても楽しそうなものだった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「あーっ!グランくんが居ない!また!」

 ディンバー帝国の帝城の一角で、妙齢の女性――シエルが叫んでいた。
 それを通りかかったブロズ皇帝はクスリと堪えきれなかったように笑う。

「行き先は分かりきってるじゃないか。ほっときなよ」
「あ、皇帝!でも、総帥の仕事がぁ……」
「どうせすぐ帰ってくるから。あぁ、皇帝が終わるまで残るように言ってたと伝えておいて」
「おぉ、それ良いですね!分かりました、ありがとうございますっ」

 そうしてにこやかに仕事に戻るシエルを見送ってから、ブロズはこっそり懐からガラスのような板を取り出して魔力を流し込む。
 すると、その板に映像が映り始めた。

「さてさて……あ、やっぱり居たね」

 その映像の端にチラチラと映る我が国の軍部総帥の姿を見て皇帝は笑った。

 魔王の脅威が去り、今では魔物の被害も減少の一途を辿っている。
 王国程ではなくとも帝国も右肩上がりの活性化を見せており、かつ王国との和平をより強固にした事でブロズは歴代最高の賢王とまで呼ばれるようになった。
 
 それもきっかけは全て親友と呼べるようになった碧の眼を持つ少年のおかげだ、と映像越しに脳裏に浮かんだ人物と同じ姿を見て口元を緩める。
 そんな賢王は職務の合間ながらも落ち着ける場所で続きを見ようと歩き出したところで、遠くから声が聞こえてくる。

――ちょっ、元帥まで何サボってるんですかー!
――お、落ち着け。今日は大穴に賭けたんだ、見届けないとだろ?!
――もー!どうせ誰が勝つかなんて決まってるじゃないですか!

 そんな声にキースもブロズと同じく映像をーー王国から輸入した映像投影魔法具を見ていたのかとこっそり笑った。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 国主や各国重鎮もこっそり見ていた映像、その現場を『女神』と呼ばれるようになったアリアが撮影していた。
 その対象は大陸中から英雄視される2人の師弟だ。

「こらレオン、押されてんじゃないの!」
「いきなさいロイド!負けたら承知しないわよ!」
「いけいけー!そこだロイド!」
「先輩、頑張れー!」

 もっとも日本で言えば全国放送かつ生放送にあたる状況でも、かしこまった雰囲気はおろか完全に身内の雰囲気だ。
 アリアが揶揄うように笑い、エミリーが可笑そうに叱り、グランが拳を振るいながら叫び、クレアが楽しそうに応援する。

 その先で、銀髪の男が漆黒の剣を振るい、碧の眼の少年が短剣二刀でそれをいなしながら反撃していた。

「おい、ここんとこ負けてるんだしいい加減認めたらどうだ」
「はぁー?!昨日だけだろーが!一昨日と三日前は俺が勝ったようなもんだろ!」
「一昨日のは俺だ。まぁどちらにせよ通算では結局俺だがな。さて何千勝だったか?」
「ガキの頃のもカウント?!それ言うのせこいだろ!」
 そんな軽い言い合いと衝突はだんだんとヒートアップしていく。 剣撃と共に口撃も激しくなるのはご愛嬌だが、衝突による余波はあまり可愛らしいものではない。

 レオンの振る剣をロイドが回避すれば、その延長にある山脈が斬り崩れた。
 ロイドの放つ空間破砕のレオンが回避すれば、レオンの立っていた大地が崩れた。

 そして互いが刃を叩きつけ合えば、その力を余す事なく伝える為に踏ん張る両脚から大地に衝撃が伝わり、大地が揺れた。

 そんな傍迷惑すぎる師弟喧嘩に呆れたのか恐れたのか、どこか遠くで竜が悲鳴のような鳴き声とともに逃げていくのが見える。

 そんなケンカーーもといいつものやつを空間魔術『断界』によって余波を(自分達付近だけ)防ぎながら観戦していたアリア達は、ふと気付いたように言う。

「あ、やば。そろそろ帰らないとご飯の支度が間に合わなくなるわね」
「もうそんな時間ですか?あ、ほんとですね」
「あぁー、もう終わりか。ロイドの下剋上は今日も見れなかったな」
「ちょっとアンタ達、もう帰るわよ!早くしなさい!」

 アリアが撮影魔法具を適当な岩の上に置きながら呟く。
 それにクレアが頷き、グランが仕方なさそうに呟き、エミリーが声を掛ける。

「いーやまだだ!今日はジジイを泣かすまで帰らん!先帰っとけ!」
「仕方ない、この聞き分けのないガキを黙らせるから先帰っとけ」

 だが当然というべきかヒートアップする師弟がそれで止まるはずもなく。

「あーもう!アンタ達いい加減にしなさい!」
「先輩、楽しい時間は終わりですよっ!」
「レオンあんた、良い歳していつまでやってんのよ!」
「「ぐえ」」

 ロイドはエミリーとクレアに首ねっこを掴まれ、レオンはアリアの空間魔術にすっぽりと捕獲される。

 そのまま引きずられるようにして連れ変えられる2人を、映像越しに見ていた誰もが思った。

――あぁ、やはり今日も〝奥様方〟の勝ちか、と。

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