魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

37 軌跡3

 荒れ狂う奔流を前に、ロイドは力を振り絞る。

「くっそ……さっさと閉じやがれ…っ!」

 魔力が目減りするのを自覚してロイドは焦る。
 そして唐突な襲撃を苛立ちと焦りを込めて睨んだ。

「………!?これは…?」

 よく見ると、空間の割れ目の向こうに何かが見えた。
 思わずそれを見定めようと目を細める。

 そして、目を疑った。

「これ……フェブル山脈か?!………いや待て、ウィンディアがない?」

 視点としては上空なのだろうか。
 フェブル山脈を見下ろすようにした視界は、間違いでなければ魔王と戦った地からそう遠くない地点だろう。
 散々フェブル山脈で修行を続けたロイドは見覚えのある地形にそう判断したが、そうだとしたら位置的にウィンディア領が無い事に内心首を捻る。

 そうしているうちに、空間の割れ目が小さくなっていく。
 それに安堵を覚えつつも、そこから見える光景は常に動き続けており、それに目を奪われてしまう。
 
 動くといっても、視点は変わらない。
 時間が前後しているのか、木々が緑や黄色など、季節感が変わることから判断したのだ。

 そして、たまに映る姿に目を瞠った。

「魔王っ?!アリアに、レオンも?!」

 なんとも見覚えのある姿だった。
 今と変わらぬ姿の3人に、もしかしてすでにアリアと魔王がウィンディアに戻って戦っているのかと焦る。が、見知らぬ2人も見える。
 
 同性から見ても目を引く程に整った顔の男性と、儚そうで優しい雰囲気のするこれまた美女。
 立ち回りから見てもすぐにかなりの強者と分かる2人だが、ロイドの知る限り見ない顔であり、ウィンディアの戦士でもない以上、これが昔の光景だと予想出来た。
 
 しかもよくよく見ると山脈という程ではなく、小山程度しかないようだ。
 随分と遠くに地面が見える。

 そんなことを考えているうちに、映像は高速で進む。
 イケメンとアリアがヤバい感じな目つきと顔つきで魔王と相対している中、1人の女性が映像の中で倒れた。
 そして、それを追ってレオンが駆け出す。

「ばっ…!あぶねぇぞクソジジィ!」

 映像と分かっていたが思わず叫んでいた。
 映像といったが実際は光景が視覚出来るほどに薄く隔たれただけの空間であり、そこに居るの変わらない感覚なのも原因かも知れない。

 ともあれ、ロイドの危惧通りレオンは魔王に吹き飛ばされる。
 しかも散々教え込まれた身体魔術の循環もしてなかったのか魔力枯渇してるように見えた。
 
 無意識のうちに駆け出そうとするロイドの前で、最初に倒れた女性が魔術を放っていた。
 彼女から放たれる凄まじい余波は、それがかなり高位の魔術であると理解させられる。

「マ、ジか……すげぇなおい」

 思わず気の抜けた賞賛が口を出た。
 あんな瀕死な状態で放てる魔術などではないはずだ。
 自分ならば同じ体調で空間魔術や時魔術を放てるかと聞かれたら、すぐに首を横に振る。

 優しそうな雰囲気の彼女だが、やはり魔王と対峙した英雄なのだろう。
 
 意志の強さや魔術に対する熟練度など、ロイドからしても畏怖の念を抱かずにいられない。
 そしてさらに驚かされたのは、その魔術の結果、立ち上がったのがレオンだったこと。

「――………」

 ロイドは言葉に出来なかった。
 その心境を想像することすら出来なかったからだ。
 
 自分の死を前に、人を治した?どんな人間だろうと死に直面してしまえばそれから流れる事しか考えられないと思っていた。

 そうでなくとも、まさか奇跡のような魔術の発動先が、他者への思いやりだとは。
 
 その光景に、戦いの場に立って死を間近に感じたロイドだからこそ衝撃を受けた。

 そして最後に魔王にも何か放ったのか、魔王の様子が変わりーーそして放たれる最悪の魔法。

 それを見て理解した。これはかつての戦争の終幕だと。
 一方、回復を受けたレオンの咆哮。
 迸る怒気と覇気、そして魔力と威圧感。そして、それらに負けない悲しみ。

 それらを込めて放たれたのは自身も継いだ『崩月』。

 そこで、映像が乱れて見えなくなった。

「はぁっ……はぁっ、はぁ…!」

 空間魔術での防御で魔力を失っていっている為か、それとも目の前の映像に圧倒されてか、ロイドの息は気付けば荒げていた。
 それをふと自覚したロイドは、閉じつつある空間の割れ目から放たれる魔力の奔流が弱まっている事に気づく。

 この威力ならばとガチガチに魔力を流していた空間魔術を節約の為に緩ませる。
 そして、また空間の割れ目を見やってーー見たことを後悔したくなった。

 取り憑かれたたように殺意に濡れた兵士達が、レオンに向かっている。。
 反撃のそぶりもなく何かを必死な形相で叫んでいるレオンに、兵士達は構わず剣を振り上げる。

 そして、レオンの表情が消えた。

 それはロイドもよく知る、特に出会った頃のデフォルトとも言える無表情。いや、それよりも酷い。

 そして、レオンか拳を振るい、聞こえないはずの声が聞こえーー空間が閉じた。

「………お?」

 どれくらい時間が経ったのか。
 ふとロイドは手に走る痛みに気付き、手を見やる。
 いつの間にか握りしめていたのか、爪ががっつり皮膚を突き抜けて血を流す手を見て、そしてそのままぼうっと固まる。

「……はぁ」

 それからまたしばらくして、溜息をついて身体魔術『自己治癒』を発動。じわじわと回復していく自身の手をただ見る。

――あれが、『死神』になった日か

 扱いの難しい『自己治癒』だが、時間をかけてやっと傷が塞がる。

――そのまま……恐れられたまま、1人で生きてきたのか

 何もない空間を1人で生きる地獄。
世界の全てに恐れられて1人で生きる地獄。

――どうか俺を、殺してくれ

 空間が閉じる寸前、音のない映像で、聞こえないはずの声が聞こえた気がした。
 
「はぁ……」

 治ったが、流れた血がついたままの手を見たまま、再び溜息。
 
 会った頃から強い彼ら。
 こうして見て、昔から強かった事も知れた。

 英雄4人の生き様には、言葉にしきれない程の畏怖と敬意を抱いた。
 まさに時代を変えた立役者であり、その力だけではない意志や存在の鮮烈さに鳥肌が立った。

 だが、そんな彼らでも耐え難い地獄はあったのだ。

 グッと血に濡れた手を強く握る。
 深呼吸。
 
「ぶった斬る」

 ロイドの眼が鋭く光る。 その眼光は、先程の映像に映る彼らのそれに似ていた。


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