魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

35 軌跡1

 それからウィンディア領は数日ぶりの喧騒があった。
 
 数日ほど失踪していたレオンが戻り、その間に魔力や体力を復活させたルーガスはじめウィンディア主戦力達もそれを喜んだ。

 そしてそれと同時に戻ったアリアは、まるで転校生が質問攻めされるかのような様相であった。
 「誰なんだ」「昔の伝説の英雄だって!?手合わせしてくれ!」「初代国王の仲間?さぞ偉大な方だったんですよね?え、違うの?」「てか何歳?うわ何するんだやめ…」「レオンさんの仲間か。もしかしてデキてます?うわ何するんだやめ…」と、てんやわんや。

 最終的には空間魔術「震天」まで使って喧騒を宥めたアリアの大雑把さに、周囲はレオンの仲間なんだなと納得。 見た目に反した豪快すぎる性格と一括りにされたレオンは珍しく落ち込んだ表情だったが。

「良い人達じゃない。良かったわね、レオン」

 しかし、その言葉と笑顔の眩さには誰もが言葉を一瞬忘れる程の破壊力があった。
 伝説の中のように偶像化されたような聖なる存在ではないものの、そのカリスマや存在感の強さは、確かにウィンディアの者達であっても惹きつけられる輝きがあった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「くそ……どうすりゃいいんだこりゃ」

 その身を空間魔術で覆い、外部からの影響を遮断しながらロイドは唸った。
 
「アリアもどっか行っちまったし……まぁ心配はいらんだろーけど」

 すでにアリアは無事に帰還しているが、そうとは知らずに心配する気持ちが湧く。
 しかし彼女なら大丈夫だろうと思わされる何かがあり、心配しても仕方ないと頭を切り替える。
 そもそも、今心配すべきなのは。

「魔王のやろーも見えなくなっちまったし、早く戻らねーと……先に戻られて暴れられちゃシャレにならんぞ。下手したらジジイに先越されちまう」

 そう、この妙な空間に取り込まれてすぐは居た魔王も居なくなったことだ。

 魔王と一緒に居た、というよりは最初はアリアも横に居て、ここで魔王と戦ったのだ。
  取り込まれてすぐのこと。
 この空間に眉根を寄せて周囲の確認に一瞬意識をとられた魔王とアリアだったが、ロイドだけは全てを後回しにして目の前の魔王に魔術を叩きつけた。
 
 咄嗟にそれを防ぎ、さらには反撃までしてきた魔王だが、それをアリアが防いでくれた。
 
 そして魔王もアリアも完全に意識を戦闘に切り替え、ロイドも含めた3人が同時に魔術を放ちーーその余波のせいか、空間が歪んだ。
 そのまま空間の歪みに巻き込まれるようにしてバラバラになった3人だったが、その間際にアリアが叫んだのだ。

「ロイド!ここを脱出してウィンディアに戻りなさい!向こうで合流するわよ!」

 この空間が何かは分からないままだが、とりあえず戻れば良いらしい。戻り方は知らないが。
 しかし、乱気流のように周囲の空間が荒れ狂って必死に空間魔術でガードを固めるしかなく、やっと落ち着いたのがついさっきという訳だ。
 空間魔術を解き、改めて周囲を確認してみる。

「何もねーな……」

 薄暗い、黒と灰の中間のような色のみの空間。
 上も下も遠くまで見ようと目を細めてみようとも、変わらぬ黒灰色が続くばかり。
 そもそも上下の概念すらあるのか分からない。
 境界線もなく、今も立っているのか浮いているのかすら分からない心地で佇んでいるのだから。

「…………っ」

 その底知れない黒灰色に無意識のうちに息を呑む。
 空気そのものの色か、遠くに壁があってか、それとも目の前に壁があるのか。
 遠近感という概念が狂うほどに一色で彩られただけの世界は、まるで意識ごと黒灰色に飲み込まれてしまいそうだ。
 
 慌てて頭を振う。
 このままでは呑まれてしまう。自分の中に湧き上がる根源的な恐怖を自覚して、ロイドは意識を強く保たんと拳を握りしめた。

 そして、ふと思い当たる。

「ここ……最初にアリアと会った…」

 白い空間に、似ている。

 ロイドが転生した際、同じような空間でアリアと出会った。
 最も、そこは黒灰色ではなくただただ真っ白な空間であり、色という違いはあった。
 だが、このどこまでも色彩の変わらない、どこまで続いているかも分からない空間という意味ではあまりにも似ていたのだ。

(………待て。アリアは、こんな所に、ずっと?)

 ゾクッと背筋に悪寒が泡立つ。
 大量の氷を背中にぶち込まれたような、大量の虫が全身を這い上がるかのような恐怖が全身に走る。

 ウソだろ、と口から漏れた言葉をロイドは自覚していない。
 気付いた事実に、ただ恐怖した。

 建国より以前にあった歴史的大戦。
 その巨大な争いの中心に立った数人の戦士の1人がアリアだ。
 それはすなわち、王国の歴史よりも長い間、こんな空間に閉じ込められてーー

「ウッ……!」

 吐き気が込み上げる。それを必死に堪えて、ロイドは再び頭を乱暴に振るった。

(落ち着け……今は、今だけは戻ることだけ考えろ…!)

 意識を切り替えようとする。
 幸い、ロイドにとってそれは黒川涼と呼ばれた頃からの得意分野だ。

 まずは脱出、それから考えれば良い。

「ふぅ……さてと、何からすりゃいいかな……………」

 黒灰色の空間を見渡す。打開策を考える。魔力残量を考える。手持ちのどの魔術が有効か検討する。考える。考える。考えるーー

「……はぁっ……はぁっ……っ!」

 ハッとする。
 いつの間にか呼吸が浅くなっていた事を自覚して、息を呑む。

(クソ、呑まれる……!!)

 眠気に抗えずに寝落ちしてしまうように、気付けば呑まれてしまう圧倒的な虚無の空間。
 その恐ろしさを実体験として痛感して、ロイドは焦りに冷や汗を流した。

 そして脳裏に言葉が過ぎる。

――どうしようもなく、寂しくて……

 転生してからも、幾度かアリアと会話をした。
 空間魔術のコツや上級魔術の発動方法などを教えてもらったりもした。
 レオンと話すところも聞いたこともある。
 
 その時の彼女は、明るさとその中に気の強さや人を惹きつける魅力を内容していた。
 だが、初めて会った時は、どこか暗い印象さえ受けたことを思い出す。

(そりゃそうなるか……いや、そもそも狂わないだけですげーわな)

 人格など、ものの数分で狂ってしまいそうな空間に、たった一人でーー数百年。

(………すげぇな、やっぱり…)

 尋常ではない、あまりにも強すぎる意志。
 腕っぷしや魔力の量なんかじゃない、その人の最奥にして根源的な強さである、心の強さ。

 ロイドはアリアのそれを垣間見たような気がして、強い敬意と畏怖を抱いた。

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