魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

31 国民の判断

 その頃、エイルリア王国の王都ではいつもの賑やかさとは違う喧騒があった。
 その喧騒は王都でも大きい部類に入る建物。その中や周りに集まる者達によるものだ。

 それも仕方ないだろう。
 王都中に響き渡る緊急伝達用拡声魔法具――町内放送の拡大版のようなものーーにより、王都の中や周辺に居る冒険者達が集められているのだから。
 スタンピードでも起きたのか、と集まる冒険者達は口々にしながらも、それを拒否する者は一人もいない。

 なぜなら、その要請を出した者は、他ならぬ誰もが敬意を払うカイン皇太子なのだから。

「スタンピードっつったって、最近はでかい魔物も群れも居ねぇだろ」
「だよな。こないだなんか辺境に色竜が出たのにすぐ討伐されたんだろ?『救国』のやつに」
「またどっかでバケモンが出て、それが倒されたけど被害がでかいから復興の手伝いとかじゃねえのか?『救国』のせいで」

 すでに集まっている冒険者達も、この事態に様々な予想を口にしている。
 そうしている内に、十分の人数が集まり、すぐにギルド本部には収まりきらない人員が道まで溢れていた。

 そして、待たされていると感じるか否かというタイミングで、一人の少年がそこに現れる。

「皆、急にすまない。話をしておきたい事があってな」

 緊急要請を出した本人でもある、皇太子カインである。そしてその横に立つのは、フィンク・ウィンディア。
 色々な意味で有名なフィンクの姿にざわめきが大きくなるも、皇太子の前ということもあってかすぐにそれも収まる。

 彼らが聞く体制に入ったと見て、カインは横にいるフィンクに視線をやった。
 それを受け、フィンクは頭を下げてから一歩前に出る。

「皆さん、話というのは僕からでして。まずは謝罪をさせてください」

 そう言って、フィンクは頭を下げた。それによりどよめきは膨れ上がる。

「あ、あの『神童』のやつが頭を……っ?!」
「そういや数時間前に地響きあったな……天変地異の前触れかと思ったが、これがそれか」
「くそ、建物の中へ!今日は槍が降るぞ!」

 そんなどよめきにおいても、フィンクは魔力を込めた声で言葉を続ける。
 魔力を込めた言葉は、空気中の魔力を伝い、空気を振るわせるそれよりも広く響いた。

「ウィンディアにて僕をはじめとした全員は、討ちとるべき敵を討てずに負けました」

 ピタリ、とどよめきが消えた。

「王国の盾であるウィンディアとして、それを成せなかった事を謝罪します。ただ、ひとまず敵を退け、その姿は現在確認されていません」

 あり得ない嘘が現実になったような心持ちで、冒険者達は混乱したようにただ聞く事しか出来ない。
 しかし、カインがそれを否定しないということは、やはりこれは真実なのだと分かってしまう。

「ですが、このまま簡単に終わるとは思えません。ウィンディアでは警戒体制をとり、再び襲撃があるであろう時に備えています」

 現状の報告と謝罪といった言葉を頭を下げたまま口にしたフィンクは、数秒の後に頭を上げる。
 
 王国の盾として災厄からエイルリアを守ってきたウィンディア。その次期当主としての言葉だった。

 そして数秒の沈黙の後、ちらほらと揺れるようなざわめきが生まれる。

「ま、待て。る、ルーガスやシルビアのやつらも、負けたってのか…?」
「まさか、ありえねぇ……竜の群れだろうと蹴散らすような化け物集団だぞ?伝説の魔王でも出たってのかよ……」

「あ、そうです。魔王が出ました」
「「「はぁああっ?!」」」

 そのざわめきの一つが正解だった為に頷くフィンクに、冒険者達が叫んだ。

 王国の初代国王にして、勇者であるコウキ。その彼と仲間が共に封印したという伝説の災厄、魔王。
 
 その脅威は遠い昔のこととして実感が無いようにも思えるが、奇しくも彼らはその脅威を測る物差しになる人物達を知っていた。

 冒険者が束になっても勝てない『最強』の男、ルーガス。
 そして、そのルーガスでも勝てないと言う存在、『救世主』レオン。
 
 そのレオンも、コウキの仲間として魔王と戦っていた。
 そして、そのコウキとレオンにも劣らぬ戦力であるアリアとソフィアを入れた4人。更に大軍をもってしても勝ちきれなかったという怪物が、魔王なのである。

 具体的な戦力など想像の上ながらも、どれだけまずい存在かは嫌という程理解出来てしまう。

「よし逃げるか」
「無理だろ。大陸ごと消えちまうんじゃねえ?」
「それじゃ最後に豪遊するか。あ、やべ、金がねぇ」

 冒険者達は顔を真っ青にする者、悟ったような顔や、頭を抱える者、軽い財布をぺちんと地面な叩きつける者など様々ながらも、総じて項垂れたように意気消沈した。
 
 学がある者は少ないながらも、冒険者達は戦いに生きる者達であり、戦力の計算はお手の物だ。

 ルーガス達でも勝てないレオン。それと同等の戦力4人でも勝てなかった怪物。
 そこに、レオンが居るとは言え、残り3人分かそれ以上の戦力となると、いかにウィンディアの者達とはいえ手に余るのは理解出来てしまった。

「魔王を一時的に退けたのは、僕の弟ロイドとレオンさん。そして、一人の女性です」

 そんな冒険者達に、フィンクの言葉が響いた。
 少し遅れて耳から脳に届いたように、一拍遅れて反応する冒険者達に、フィンクは言葉を重ねる。

「魔王の切り札とレオンさんが言っていた、不定形にして全方位に広がる波動を放つ魔術。それを相殺すると同時に、魔王は姿を消しました。そして、その一人の女性と……ロイドも、消えました」

「レオンさんは、その後魔国へと消えました。目的は不明ですが、最後の様子から考えて冷静ではなさそうです」

「ロイドのことです。きっとその内ひょっこり戻ってくるでしょう。簡単に死ぬような弟ではありませんから。ですが、それがいつになるかは分かりません」

「レオンさんはうちの者が連れ戻しに行ってますが、間に合うかはわかりません。はっきり言うと、大ピンチなわけです」

 冒険者達の絶望を肯定する言葉。
 それを、フィンクはいつも通りの柔らかな口調で言い放った。
 
 冒険者は口を固く閉じたまま。それは、フィンクがロイドの名前を出してから、ずっと。

「情けない話ですが、今回ウィンディアは王国の盾として役割を全う出来るか分かりません。ですので少なくとも僕は、もう盾として守ることはしません」

 特別に自治区として王国の恩恵を得ながらも王国の指揮に従う義務のない領。
 それは、それを必要としない信頼と、実力、実績があってのもの。
 
 それを雑に捨てるかのような言葉をフィンクはあっさりと口にする。

「その代わり、矛として魔王と戦います。弟を危険に晒した魔王を許す気はありません。弟を守れもしなかった後悔を繰り返す気はありません。余波も被害も考える余裕はないでしょう。正真正銘、本気で暴れます」

 その瞳に、煮えたぎる怒りと、氷のような冷たさを宿して。

「だから皆さん。逃げるなら、お早めに。その代わり、その時は王都民の護衛をお願いしたく思います」

 そう言って、更に深く頭を下げた。話は以上だと。
 冒険者の返答は、同時だった。

「「「話長えわ知るかボケ!!」」」

『あの好き勝手が代名詞みたいなクソガキが敵と差し違えただぁ?!』
『兄貴は弟の敵討ちという名の八つ当たりで暴れるだって?!』
『その尻拭いをしろだとぉ?!』
『ふざけんじゃねぇぞウィンディア兄弟!勝手すぎるだろ!』

 口々に、同時に、次々と響く怒号。
 同工異曲とばかりに、様々な言葉でしかし似たような言葉が飛び交う。

 そこに消沈した意気はなく、燃えるように高まる。

『いっつもいっつも勝手に守ってくれやがってよ!』
『スタンピードも竜もここ数年見てねぇんだよ!』
『何が王国の盾だよ、調子乗んな!』
『いつまでも俺らが守られてやると思ってんじゃねぇぞ!』
『言っても分からねぇよこのバカには!もういい行くぞ!』

 誰かが走り始め、そのまま次々に我先にと散っていく冒険者達。

『おい装備揃ってるな?!てめぇら行くぞ!』
『その前に誰か薬草屋行ってありったけ買い占めて来い!金は出す!』
『もう行ってるわバカ!あと武器屋も行ってるぞ!』
『つぅかレオンの野朗は保護者のくせにどこ行ってんだよ!説教しに行くぞ!』
『待てバカ!魔王と戦う前に自殺しようとすんな!』

 フィンクなぞ目に写らないとばかりに怒号と共に慌ただしく動き出す冒険者達。
 それを、頭を下げたまま動かずにフィンクは見送る。
 
 そんなフィンクに、カインが一歩踏み出し、肩に手を置いた。

「言ったろう?王国民を甘く見るなと」
「………はい」
「それはなにも冒険者達に限らんぞ」

 その言葉に、フィンクはやっと顔を上げる。そして、カインの視線の先を追うように振り返った。

『聞こえたぞてめぇら!薬草も食料も全部タダで持ってけ!』
『はぁ?逃げろだって?何言ってんだいアンタ!いいからさっさと行っといで!』
『あんたもだよ!ロイドちゃんの仇とれなかったら家に入れてやらないからね!え、死んでない?んじゃ連れ戻しておいで!』
『おい、馬車やるから荷物はそれに乗せていけ!』
『ワシも行くぞぉ!まだまだ若いもんにゃ負けんわい!』
『おい誰かゲン爺止めろぉ!』

 フィンクの背後には、たくさんの王都中の冒険者よりも大勢の王都民が居た。
 そして走る冒険者達を鼓舞し、荷物を渡し、ケツを叩いている。
 
「………っ」

 その光景に肩を震わせるフィンク。 弟とは別の意味で飄々としており揺らがず、同時に氷のような一面を持つ兄。

 その氷の一端が溶けて溢れたように頬を伝うそれ。

 カインはそれを見てないとばかりに歩き出す。国民達も、冒険者たちも、それに倣うように足は止めない。

 そして全員が思う。
 『早く帰ってこいよロイド。兄の珍しすぎる光景を教えてやるから』と。

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