魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

30 帝国の判断

「よーし、そこまで!」

 城壁の内側、かなりの広さを確保されている広場にて、幼さが抜けて精悍さが滲むようになった声が響く。
 その声に応じて、その広場に耳が痛くなる程響き渡っていた金属同士の衝突音が止んだ。

「それじゃ、次はランニングだな。一番ビリっけつはキースさんに足カックンの罰ゲームだぞー」
「ちょ、マジすか?!出来るわけないでしょ!?」
「勘弁してくださいよ総帥!」
「最近手ぇ抜いてるお前らが悪いんだろー?だから俺が駆り出されてんだし」
「だからって実質死刑宣告はナシっすよぉ!」

 ここは兵士の訓練所。訓練とはいえ国の防衛力の向上という仕事でありながら、そのトレーニングメニューに罰ゲームを組み込んだお茶目な内容を組んでいるのは総帥と呼ばれる少年だ。
 軍部の最高指揮官の一人であり、そのカリスマと真面目な人柄、統率力から信頼と畏怖を寄せられるキース元帥への足カックンは、さすがに一兵士には重いが。

「それじゃ総帥も一緒に走ってくださいよ!負けたら罰ゲームですからね!」
「お、いいぜ?その代わり、周回遅れしたやつは罰ゲームだからな」
「うぇっ?!」
「ちょ、おいこのバカ!これじゃ集団自殺の予約したようなもんだろうが!」
「そ、総帥!タイム!このバカの言ったことはナシで!」

 もっとも、元帥のひとつ上の位である総帥にはかなりフランクな兵士達。それは、彼が兵士達の誰よりも歳が下だからという訳ではない。

「男なら言った言葉にゃ責任持たねぇとな!よっしゃスタート!ほれほれ急げよー!」
「マジかっ!やべぇ急げ!」
「あの人マジでやらせるぞ!」

 和気藹々、と言って良いかも知れない訓練所。それにしては兵士達の顔は必死そのものだが、確かに訓練の質は高そうである。
 ちなみに、訓練の手を抜いているから総帥が出てきたというのはほとんど嘘で、実際は本来担当のシエル教官が急用で抜けたので代役として総帥が名乗り出ただけだ。
 
 ついでにいつもよりしごいてやろうとそんな事を言って追い込んでいる訳だが、明らかに走る速度がいつも眺めている彼らより速い。
 どうやら手を抜いていたのは本当かも知れないな、と内心で総帥は苦笑いを浮かべた。

 それでもグイグイと総帥は兵士達を後方に置いていき、そう遠くない内に周回遅れが出そうだ。
 後列の兵士達の顔が歪んでいく。やべぇ、訓練で死んじまう、と全力疾走で赤くなった顔に青みがさしていた。

「グランくんっ!」

 いやキースさん優しいし多分気にしないけどなぁ、なんて思いつつも最後尾の兵士の真後ろまで迫ったグランがツンツンとその兵士の背中を急かすようにつついていた時、その声が響いた。

「ん??おぉ?ラピス?」

 そこに居たのは一人の少女。普通ならば兵士や城の者しか入れない場所にも関わらず、それどころか他国の人間だが、普通にここまで顔パスで入ってきたラピスだ。
 なんせ彼女、ここディンバー帝国でも結構な人気者なのである。

 卓越した指揮能力は指揮官からの尊敬を。
 見た目に似合わない膂力を活かした近接戦闘能力は、武術に強さを求める伝統の帝国において敬意を。
 可憐で元気な彼女の持つ破壊魔法という凶悪なギャップは、しかし魔法技術の強化が目立つ今の帝国では羨望を。
 そんな念を寄せられ、おまけに彼女の人柄。

「そんな急いでどうした?今は仕事中だから、また後で飯でも行こうぜ」

 ダメ出しとばかりに、この国でも身近な英雄として人気である総帥――グランの彼女である。
 兵士達の先頭組は見惚れるように彼女を見て、後列の兵士達はグランの足が止まったからか女神でも見るかのような視線を送る。

 いつもなら朗らかに笑い、かわいらしく肯定の声を返すであろうラピスは、しかし今日はそうではなく。

「あのね、聞いてほしいことがあるの」

 言葉だけ見れば、恋人同士の大事なお話に見えなくもない。だが、その彼女の表情から、そんな甘酸っぱさは皆無。

「――分かった。お前ら、ランニング終わり!休憩入っていいぞ!」

 普段ならば歓喜の声でも上がりそうな指示に、しかし兵士達の表情は晴れない。心配そうな表情で、総帥とラピスを見送った。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「それで、話って?」
「……出来たら、ブロズ皇帝も一緒に報告したいの」
「分かった。すぐに行こう」

 国のトップに面会など今すぐどうぞとは普通いかないが、グランは即座に頷き先導する。
 沈痛な表情の彼女を連れて、すぐに近場の給仕に話を通させる。

 それから面会までの時間は、10分もかからなかった。

「さて、話を聞こうかな」

 謁見の間で、玉座に腰を下ろすのはブロズ皇帝。
 横にはキース元帥や、ラピスも数回ほど話した事のある宰相など、それなりの面子と人数が集まっていた。
 
 とは言え、気心も知れた仲でもあり、緊急と判断したブロズの指示で膝をついたり格式ばった挨拶も無し。ラピスも膝をつくことなく立ったままだ。

「いきなり来るなんて珍しいしな。どうしたんだ?」

 ラピスの話を促すのはラピスの隣に立つグラン。ちなみに、お前なんで下座にいるんだ、と突っ込む者は居なかった。

「はい。まずは報告したいことがありまして……ロイド・ウィンディアが失踪しました」
「はぁああっ!?」

 その報告に声を荒げるグランだが、ブロズやキースといった面々も、目を丸くして言葉を失っているようだ。

「失踪?!またレオンさんとどっかふらっと消えたとかじゃなくて?!」
「うん。実はーー」

 それから先日の魔王候補達による襲撃からの一連の報告をした。
 ラピスはここ数年は最前線での戦いは多くなく、危険と判断して現場には居なかったものの、父であるディアモンドから直接話を聞いていたので報告の精度は高い。

「ま……じか」
「そんな……」

 呆然とした様子のキースや、その後ろに立つニナ。
 他の者達も言葉はなくとも驚愕に思考が回らないようで、しばしの沈黙が続く。

「ちっ!」

 その沈黙を断ち切ったのは、グランの舌打ち。
 それと同時に踵を返して駆け出す彼に、宰相からの声が飛ぶ。

「待てグラン!どこへ行く!」
「言わなくても分かるだろ!」
「分かるが待て!」

 にべもなく返すグランに、宰相はなおも止めた。
 グランは仕方なさそうに足は止めたが、その場からは動かない。要件を聞いたらすぐにでも行くと言わんばかりだ。

「お前は帝国の防衛力の要なのだぞ。消えたとはいえ魔王が一度現れたのだ、何が起きるか分からない以上は帝国から離れる事は許されん!」
「…………」

 宰相の言葉に、グランは肯定も否定もしない。
 実際、その言葉は正しい。
 グランの操る力は、地の魔術。
 現代でシーズニア大陸で確認されている魔術師は2人。ロイドとグランのみだ。

 魔法とは一線を画す汎用性を持つ魔術を操り、さらには防御能力に長けた地魔術はまさにディンバー帝国の防衛の要なのである。
 一度消えたとは言え、伝説にも残る名高い魔王ならばどのような異変が起こるか分からない。
 ならば、その防衛力を帝国に置かない理由はない。

「ブロズ皇帝、すぐにでも厳戒態勢を敷きましょう」

 何も言わないグランを思いとどまったと判断し、宰相はブロズに水を向けた。

「そうだね。それより先に、ラピスの話の続きを聞こう」
「そ、そうですか」

 この緊急事態よりもラピスを優先するブロズに驚きつつ、しかし反論は出来ず頷く宰相。
 どうにも空気が重いが、ブロズの言葉や向けてくる視線は皇帝のそれではなく、一人の友人のものに見えた。
 それゆえか、ラピスは変わらぬ口調で口を開く。

「はい。失踪したと言いましたが、ロイドくんは無事……らしいです」
「ふむ?」
「そりゃそうだろ。だから手伝いに行くんだろ?」

 ラピスの言葉に首を傾げるブロズと、むしろ当然とばかりに頷くグラン。
 ロイドを君呼びしたり、グランが口調を崩したりと砕けた雰囲気が重い空気を少し払拭した。
 
 それによってか、ブロズの横に控えていたキースが口を開く。

「その無事というのは、どういう根拠なんだい?」
「えっと、クレアとエミリーさん達が言ってました」

 根拠を聞いたにも関わらず、あまりにもふわっとした返答。それに困惑の表情を浮かべるキース達に、

「魔王相手だろうと、あいつが簡単に死ぬわけねぇだろ?死体が見つかったとかいう話でも無いなら、あいつは無事に決まってる」

 グランか補足した。そして、言葉を続ける。

「とは言え、レオンさん達が居ても痛み分けみたいな結果にしかならねぇ相手だ。だったら、戦力がいる。だから、行く」

 簡潔に、防衛力の要は帝国を離れる意志を告げた。それに、宰相の顔が歪む。

「ふざけるな!お前が居なければ、帝国にもし何かあった時どうすると言うのだ!軍部最高司令官のお前が離れるという意味を考えろ!」

 叱責の言葉は、ひどく正しい。
 未曾有の危機が、未確定ながらも可能性としてある以上は最高指揮官が居ないなど有り得ない。
 
 兵士達も困惑するだろうし、士気にも関わる。
 帝国という国も、そこに住む国民も、間違いなく守るべき存在で、そしてそれを成す組織のトップはグランなのだから。

「だからーー」
「グラン、いってらっしゃい。ロイドを頼んだよ」

 しかし、グランの言葉と重なるように、ブロズは宰相の言葉と反するそれを口にした。

「こ、こここ皇帝っ?!な、何故!?」

 血迷ったのかと目を剥く宰相。しかし、

「それしかないからだよ」

 その言葉こそ、グランが言わんとした言葉であり、ラピスがここに来た理由であった。

「そ、それはどういう……?」
「あのね。ウィンディア領主にして、大陸最高戦力『風神』ルーガス殿。その妻にして魔法師の最高峰『万魔の魔女』シルビア殿。全冒険者の頂点にして最強と称されたディアモンド殿。剣の頂き『剣神』ラルフ殿。生きる伝説『万雷の魔女』ベル殿」

 加えて、次代の最強候補の『神童』フィンク。『風の妖精』エミリー。魔法に愛されたエルフ族の姫クレア。

 つらつらと並ぶ名前に、宰相は首を傾げる。しかし、キース達は理解したのか、ハッとしたように目を見開いていた。

「そして……何度もこの帝国の腐敗を断ち切った『国斬り』レオン殿。最後にこの国の革命を成した『国崩し』ロイド……ねぇ、宰相」
「は、はい」
「これだけの戦力と引き分ける存在に、この国がどれだけ厳戒態勢を敷いたところで太刀打ち出来ると思うかい?」
「っ!!」

 宰相は息を呑む。
 そうだ。革命以前、皇帝一族が悲願とした大陸制覇。
 しかし、それは叶う事はなかった。

 何故なら、ウィンディアが常に立ち塞がったからだ。
 
 国ひとつの戦力を、小さな領民だけで上回る馬鹿げた戦力。
 そして、そのウィンディアでも歴代最高と噂される面々が揃って、しかしそれでも魔王には勝てなかったのだ。

 単純計算でも分かる。魔王を前にこの国ひとつの戦力をかき集めても、絶対に勝てないということが。

「だから、むしろ最前線に力を集約した方が良い。今ある最強の戦力を少しでも補強して、被害が広がる前に討つんだ」

 ウィンディアがもし負けた時、ディンバーも危うい。だからそれに備えるのではなく、ウィンディアで討ち勝つ為に、そこに戦力を集める。
 
 もっとも、ウィンディアに必ず現れると決まったわけではない。
 そもそも、帝国や王国のは始まりに関わるほど遠い昔の伝説の災厄だ。魔王自体以外にもどのような影響があるか分からない。

 それを差し置く判断。
 攻めの守りとも言うべき言葉に、しかし宰相は数秒の沈黙の後、ゆっくりと頷いた。

「失礼しました、考えが足りなかったようです。グランも、すまなかった」
「いいっすよ。宰相の言ってることだって間違いじゃないっすから」
「そうか、ありがとう」

 ブロズとグランに頭を下げる宰相。
 彼とてグランの邪魔をしたい訳ではない。彼の考えのもと、帝国を守らんと一途に考えてのことなのだ。
 話がまとまった、とブロズが頷く。

 それと同時に、扉がドカンッ、と勢いよく開いた。

「おいグラン!ちんたらしてねぇで行くぞぉ!レオンの旦那やロイドの坊主の恩を返す良い機会だ!」

 そこに立つのは、ギラン。
 グランの父にして、街の定食屋の店長だ。普通、謁見の間に友人のノリで来ていい者ではないが、

「当たり前だろ。話は済んだ、すぐ行く!」
「こ、皇帝!」

 駆け出すグランを見送るよりも早く、キースがブロズへと話しかける。その内容を予見して、ブロズは笑った。
 そして期せずしてその言葉を先取るように、扉の向こうに立つギランが言葉を続ける。

「おいキース!あとニナ!お前らも何ちんたらしてんだぁ?置いてっちまうぞぉ!」
「は、はいっ!あの、皇帝…」
「うん、よろしくね」

 キースは、革命軍リーダーだった男だ。ニナは、革命軍副リーダーだった。
 そして、定食屋店長でこんなところまで転がり込んだギランは、革命軍の先代リーダーにして最高戦力。
 息子グランも革命軍メンバーであり、皇帝のブロズも皇帝の血が流れてはいても、革命軍達の意志を継いだ者だ。
 
 そしてロイドとレオンは、革命を成功に導いた者達だ。
 元革命軍の幹部として、その恩を今返さずにいつ返すのかとギランは言う。

 厳かな謁見の間をバタバタと駆ける者達。その一人に向かって、ブロズ皇帝は声を張る。

「グラン、頼んだよ!あと、ロイドによろしく言っといてくれ!」
「おう、任せとけ!」

 最前線の戦力補強という事実でありながらも『建前』の意志が隠れた方針に乗せて、彼らはその恩に少しでも報いると動き出した。



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