魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

26 攻勢

 白金の輝きを纏い、白金を瞳に湛える二人。
 それを前に、魔王フィアニスは口を開く。

「壮観だな」

 荘厳で、美しく、そして雄大な威圧感。
 それに身を叩かれながらも、心地良さそうに口角を上げる。

 かつても似た光景を見た。
 
 一人はあの時と同じ女性。だが、もう一人は少年ではなく、別の青年。
 少年と同じく黒髪で、それと同じ黒い瞳だった青年が、金の瞳と変わって立ちはだかった事を思い出す。

「少年は、勇者の子孫か?」
「全っ然違うけど」

 にべもなく切り捨て、ロイドは構える。
 会話をする気などないとばかりの態度に、しかしフィアニスはそれを咎めることはなかった。

「少年も疲れてるみたいだし、早めに遊んであげないとね」
「遊びかよ。まぁせいぜい楽しませてやるわ」
「楽しみだよ」

 上がった口角をさらに少し持ち上げるフィアニスの言葉に、返すのはアリア。

「あんたが、楽しむ暇があるならねっ!」

 突如、前触れもなく空間が爆ぜた。
 指向性をもって魔王の肉体を穿つ空間の波動は、フィアニスの姿を一瞬にして視認出来る範囲の外へと吹き飛ばした。
 普通ならば、否、たとえ大型の魔物であろうと跡形もなく全身が弾け飛ぶような凶悪な一撃。

「防御だけじゃないんだな。やるね」
「どうもっ!」

 しかし、フィアニスは次の瞬間にはアリアの背後に居た。
 当然のように現れ突き出された拳は、前回の焼き増しのように空間の断絶という防壁によって防がれる。

「こちらもどうぞー!」

 しかし、先程と違うのは、瞳から白金の光を一瞬煌めかせる少年の存在。
 その煌めきと同時に空間を裂かんとする一撃が魔王へと襲いかかる。

「お、っと。危ないな」
「ちっ」

 それは、鋭い剣を海に叩きつけた感覚に似ていた。
 たとえ研ぎ澄まされた一撃であろうと、その対象の魔力が大きすぎれば効果は掻き消されてしまうように。

「ロイド、直接作用させる魔術は辞めなさい」
「そうする」

 神力の残量も少なく、勝負を焦って無駄撃ちした事を素直に認める。
 そもそも、この場で勝つ必要は別に無いのだ。

 そう、無事撤退さえできればミッションはクリアなのである。

 その為には、

「おらじじい!まだちんたらしてんのかよ!早くどっか行けや!」
「あら、まだいたの。ヘタレどころかノロマにまでなっちゃったのかしら」

 いっそ笑ってしまう程に辛辣な物言いに、レオンはついに溜息をこぼした。
 息を吐き、肩を落としたその姿は、なんだか深呼吸にも見えて。

「なぜ俺がお前らの言う事を聞かないといけない?バカかお前らは」

 顔を上げたレオンは、小さくふんと嘲笑うようにして言い放った。

「あぁ?バカにバカって言われたかねーよばーか!」
「全くだわ。アンタにバカって言われても仕方ないのって、せいぜいコウキくらいよ」
「いや、コウキよりお前らの方がよっぽどバカだからな」

 言いつつ、空間の拘束を抜け出したフィアニスが動き出すと同時に、レオンの拳がフィアニスの腹部を貫く。
 ずがんっ、と空間魔術にも劣らぬ余波とともに巻き起こる衝撃に、フィアニスが斜め上空へと吹き飛んだ。

「時間を稼ぐなら、空中に飛ばした方が稼げるに決まってる。そんな事も分からず丁寧に走りやすい地面に飛ばすバカ二人より、俺の方が賢いのは当然だろう」
「はぁー?」
「うわ、ムカつくわね」

 青筋を浮かべて悪態をつく二人だが、反論ではない。
 何気に言い返せない二人に、レオンは薄く笑う。

「くだらん。それに、言い争ってる場合ではないだろう」
「一番言われたくないやつに言われた」
「一番言われたくないやつに言われた」

 ロイドの言葉を、大事な事だからだろうか、もう一度繰り返すアリア。
 
 その直後、再び空間が軋む。
 フィアニスの帰還である。

「あんま俺らの時と大差ない感じで戻ってきてね?」
「だからバカなんだ。どう考えても俺の時の方が遅かったろう」

 先程までと違うのは、フィアニスもいい加減に焦れたのか、そのもう一撃とばかりに振りかぶられている反対の腕に、漆黒の魔力が宿っていることか。

 破壊魔法。
 魔族が得意とし、魔王も例外ではない凄まじい破壊力を有する魔法。

 しかし、違うのはそれだけではない。

「『止まれ』っ!」
「ふっ!」

 追加された破壊魔法の一撃は、放つ前にロイドの時魔術によって一瞬だけ止まる。
 そして、間髪入れずに魔王の顔面へと叩き込まれる、レオンの常識外れの膂力による拳撃だ。

「なっ…」

 吹き飛ぶ魔王の顔に驚愕が見えたのは、その連携にか。それとも、対峙する少年が見せた、己だけの魔術だけだったはずの時魔術にか。

 だが、驚愕はそれだけに止まらない。

「『神風』」
「『四元』」
「『破剣』」
「『雷華』」
「『鎌鼬』」
「『貫穿槍』」

 蒼き輝きの風刃。
 四色を宿らせる一閃。
 万物を切り裂く剣撃。
 地から天へと登る紫電。
 するりと気付けば命を刈り取る蛇のような風の刃。
 大地をも穿ち貫く鋼鉄の槍。

「『魔力増幅』」
「『絶氷』」
「『蒼炎』」

 唯一無二の異能によって激しく燃え上がる全てを焼き尽くす蒼い炎と、全てを凍てつかせる氷の冷気。

 それらが、逃げ場もないように同時に、またはほんの微かな時間差を与えつつ、魔王を襲った。

「うわぁ……完全にオーバーキルだろこれ」

 思わず同情してしまう程に、その攻撃は苛烈すぎた。
 一撃一撃が最高峰であり、むしろ何であればあの攻撃で原型を残せるのか分からない程だ。

「済まない、遅れたな」
「よく踏ん張れたわね、ロイド。お母さん嬉しいわ」
「お前も大概成長してるよなぁ」
「やるじゃないかい」

「ははっ……ま、おかげさんで」

 投げかけられる言葉に、ロイドは気付けば破顔していた。

「先輩、ボロボロじゃないですか。無理しすぎです。レオンさんもですよっ」
「あら、ほんとだわ。レオンがあんなに弱ってるなんて。……ロイド、後で詳しく教えなさいよ、面白そうじゃない」
「横の女性はもしや……ふむ。後で紹介してほしいね、ロイド。これはきちんと挨拶とお礼をしないと」

「はいよー」

 短い返事は、それで十分だという信頼によるもの。

 そして、長話は出来ないだろうという予感によるものでもある。

「うわぁ……あれでどうやったら生き残れんのかね」
「破壊魔法で相殺したな。ともあれ、かなりの魔力は削いだろう」

 局地的災害でも起きたような土煙から、散歩帰りのように歩く姿に、ロイドは嫌そうな表情を滲ませた。

「やるね。この時代は随分と人間のレベルが高いようだ」

 そう言って一瞥する魔王に、全員の表情が引き締まる。

 それらの物理的な威圧感さえ感じさせる視線を受け止めた魔王は、小さく嘆息する。

「まぁ、さすがに寝起きでは辛いか。まずは、これで削がせてもらおう」

 そう言って、両手をすっと掲げるフィアニス。
 その姿を見て、アリアとレオンが目を剥いて顔を歪ませた。

「まさかっ!」
「あぁもうっ!せっかちなんてもんじゃないわよ!」

 次いで、ロイドが気付き、大声で叫ぶ。

「ちっ!全員、下がれえええっ!!」

 この言葉を合図にしていたかのように、一斉にこの場の全ての者が動く。

 助太刀に参じた者達は、理由は分からずとも、いや分からないからこそ指示に従い、大きく距離をとった。
 
 代わりとばかりに、弾かれたように魔王へと向かうのは黒衣の青年。次いで純白の衣を纏う女性と、白金の光を一際強める少年。

 そして、それらを迎え撃たんと魔法を発動させる、魔王。




「もっとも、これで終わるかも知らないな。――『森羅狂乱』」

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