魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

21 かつて

 まるで天変地異を巻き起こす竜巻のように、魔力が荒れ狂っていた。

 吸精魔族の奥義とも言える魔術、『吸魔陣』。それをもってしても留め切れない魔力が、暴力的な圧力をもって荒れ狂う。

 並の魔法師ならば気絶は免れぬ濃密な魔力の奔流の中、誰も倒れる事が無いのはここに集う者達の実力を示していた。
 しかしそれでもこの魔力の竜巻の中で動く事は叶わず、その場に踏みとどまるしか出来ない。

 そんな災害にも似た空間の中央。一際異様で、悍ましく、荒々しい『それ』。

 『森羅狂乱』。

 かの魔王が最後に残した魔法。
 無形の魔力の波動を放ち、それに触れたモノの時を進行、逆行問わず無作為に狂わせる。

 ある大樹は苗を通り越して種となり、そしてそれをも超えて存在する前と押し戻され、消え去る。
 ある建物は錆び、崩れ、その存在が保てられたであろう時間を瞬時に超えて風化に至り、消え去る。

 森羅万象を狂わせ、消滅させる最悪の魔法。

「もう、無理ぃっ…!」

 その発動と同時に、『吸魔陣』を行使するルステリアが限界を迎えた。
 荒れ狂う魔力を抑え込める事が出来ず、その余波を最も近い場所で受けた事もあり、皮膚を突き破る濃密な魔力により全身から血を流して倒れた。

 それによって止まる魔力の嵐。
 その嵐を耐えた者達は、疲弊とともに顔を上げる。

 しかしそこには嵐に代わる、より悍ましい魔法。
 本能で察する自身の終わりに、災害を乗り越えた喜びを感じる間もなく絶望が襲いかかる。

 
「おおおおおおおおおおおおおっ!!」

 そんな中で、吠える一人の男。

「させるかぁあああ!」

 大量に失った魔力は、その急激な落差により身体に多大な疲労とダメージを及ぼす。
 全てを失うことは無かったものの、残る魔力はかつて無い程に少なく、頼りない。

 しかしそれがどうした。

 もう二度と失いたくない。
 最愛と道標を失った『かつて』と同じ道を辿る訳にはいかない。

 この場の誰もが見た事のないような鬼気迫る表情で、銀の男は拳を握りしめる。

「消し飛べぇっっ!『崩月』ぅううっ!!」

 目に見える程の密度を込めた魔力――剛魔力。その白銀の魔力を拳に乗せ、人外の膂力と魔力に指向性を持たせた爆発を組み合わせた無類の破壊力を有する打突、『崩月』。

 かつて『森羅狂乱』を部分的に押し返したこともあるそれ。
 しかし、全方位に放たれる『森羅狂乱』に対して、一点突破の域を出ない『崩月』では、この場において相性が悪い。

 かつてはアリアの空間魔術によって余波を抑え込む事で乗り越えた。が、今この場に彼女は居ない。

 そしてーーレオンの魔力も、かつてより少ない。

「ぐ、ぅうああああああっ!!」

 銀の奔流が、悍ましき無色の波動に押し返される。

 必死に食い破らんと震える腕を歯を食いしばって突き出し。 失ってたまるかと下がりそうになる足を地面にめりこませて踏ん張り。 目眩と吐き気が襲う魔力欠乏による症状を振り払わんと叫ぶ。

 焼き切れそうな脳により視界が明滅する。 真っ白な世界に呑み込まれそうになる度、その白に浮かぶ脳裏によぎる一人の女性。
 
 最愛の女性。
 それを失う事となった、目の前の憎き魔法。



 果たして、そうだっただろうか。



 目の前にある魔法は、確かに多くのものを狂わせた。
 だが違うのではないか?彼女はーー俺のせいで死んだ。
 まだ助かったはずなのだ。それをみすみす死なせてしまったのは、俺が弱かったから。

 彼女の死を招いてしまった、己の弱さ。
 そして、己から死を奪い、道標だった女性を人柱として奪っていった魔法。

 かつての後悔を象徴する二つ。
 それが、再び目の前に突きつけられていた。

――死なせてくれ。

 そしてふと、耳元で囁かれる声。
 やかましい!そう思って意識から締め出す。

――どうか俺を、

 しかし、消えない。消えてくれない。否、消えるはずがない。 振り払おうとするも、やはり同時に理解してしまう。

 ーー殺してくれ

 これが、今も自分の求めているものだと。

 目の前の光景がかつてと重なる。
 忘れようとしていた、自身の願望が顔を覗かせる。

 ――何故俺は、抵抗している?

 目の前にあるのは、己に確かな死をもたらす魔法。






 

 ーーやっと、終われるではないか。

 自分が狂おしい程に求めてやまなかったそれが、そこにあった。

 

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