魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

8 ロックエイプ

 それから更に一本道を進む事10分程。
 段々と広がる道幅に合わせるように横並びになっていく一行は、のんびりとした歩みをピタリと止めた。

「着きましたね」
「ホントに一本道しかなかったわね」

 視線を前方に投げたまま道中の感想を告げるクレアとエミリー。
 
「おぉ、結構数いるなー」
「そうね。さて、とりあえず明かりは増やすとして。……やり方はどうしようかしら」

 嫌そうに顔を歪めるロイドに、表情こそ変えないが言葉に億劫さを滲ませたエミリーが頷く。

 魔法の効きにくい相手。
 それが集団で襲いかかってくるとなれば、対集団戦において最も有効打である魔法という手段を前面に押し出しにくい。
 恐らく3桁近くは居るだろう。想像を超える気配の数に、やっぱり各個撃破が正解だったか?と内心呟くロイド。

「とりあえず、『蒼炎』放り込んでみようかしら」

 エミリーのオリジナル魔法『蒼炎』。現存する魔法でも上位の破壊力を有するそれを挨拶代わりにぶち込もうとする彼女に、クレアは苦笑いを浮かべる。

「戦法は決めている」

 そこに、レオンが口を挟み込んだ。
 エミリーとクレアは「そうなのか」とレオンに視線をやる。が、ロイドは「え?!」とさぞ驚いたように目を剥いてレオンを見やった。

「ちょ、まさか、いや待てっ!いくらなんでもこれは…」

 戦法は何ですか?というクレアの問いよりも早く、ロイドが慌てたように叫ぶ。
 その叫びを聞き終えるよりも早く、レオンは素早くロイドの首根っこを掴む。

「最近のメニューだ。対集団の近接戦。今回は実地訓練だ」
「毎回実地訓練じゃねーかクソじじいっ!」

 体を放り投げながらの言葉に、間髪入れずに返しながら宙を舞うロイド。

「「え?」」

 さすがに予想外だったらしく、エミリーとクレアは目を丸くしてその光景を見て固まる。 もっとも、一番固まるなり、多少余裕があれば助けの声を上げる立場のロイドは、

「姉さん、明かり増やして!」

 着地するために空中で体勢を整えながら補助の依頼を口にしていた。
 プライベートだけでなく戦いにおいても抜群の連携を誇る姉は、驚愕に固まる思考が復活するよりも先に、無意識レベルで反射的に明かりを追加していく。

「……レオンさん、これはいくらなんでも…」

 エミリーの炎の明かりによって暗闇は押しのけるように消え去り、代わりに現れるのは一気に道幅が広くなったスペース。
 そこに視界を埋め尽くすように並び、空中のロイドを睨みつける多くの姿。

 クレアは「集めすぎだろ」と思わず内心でロイドのような口調で言葉の続きを呟く。

「……ロックエイプ?でもこれは…」
「恐らくここの鉱石が混じっているのだろうな」

 見たことのある魔物に似ている姿にエミリーはその魔物の名前を呟くが、違和感を抱く。それに事もなさげに返すレオン。

「魔力が通りにくい鉱石というのも世にはある」
「……それでガブリエラさんが言っていた特徴が備わったんですね」

 ロックエイプ。岩石を毛のように体に纏わせている猿型の魔物。
 猿らしい素早い動きと、ゴリラを思わせる腕力。おまけに爪と牙もしっかりと鋭く、ダメ出しに連携をとる事もあるという知性もある。
 それなりに厄介な魔物である。
 
 その上、レオンの見立てではこの環境によるものか、先に話にあった魔法耐性。

 なるほどエルフ達が苦戦する訳だ、とエミリーとクレアは納得する。
 そして同時に、

「ちょっと手伝ってきます」
「私も行くわ。魔法耐性ごと焼き切ってあげる」

 ロイド1人ではさすがに荷が重い。 必ず負けるとまでは言わないが、大怪我くらいはするだろう。そう判断したのはクレアだけでなくエミリーもである。

 そうと決まれば速い。
 ほんの一瞬だけ2人は目を合わせて意思疎通。それを互いに誤差なく理解し合い、同時に魔力を練り上げる。
 
 魔力耐性がある大勢の敵。
 ならばと2人が選んだのは力業の大火力魔法でのゴリ押しである。
 
 脳筋と言われそうな判断だが、エミリーの『蒼炎』という高威力の魔法があるからこその判断。
 さらには、クレアの『魔力増幅』という反則的な補助能力があれば魔法耐性を貫く事も可能だろうと考えたのだ。

「『魔力増幅』!」

 練り上げた魔力を糧に、クレアは自らのスキルである『魔力増幅』をエミリーに施す。
 
(ロイドはど真ん中に居るから、両サイドに直線上に放つ……『炎砲』ってとこかしら)

 『魔力増幅』の効果を受けながらエミリーは攻撃手段の選定を行う。
 そして、同時に補助により自身の持つ魔力を大きく上回る魔力に振り回される事なく操作して練り上げていく。

 この5年間で高めてきた魔力操作技術は、その膨大な魔力であっても限りなく無駄を省いて運用するに至っていた。
 
 そして、その副次効果として現れたのが、

「……『剛魔力』か」

 思わずといった風にレオンが呟く。そう、エミリーの体からは纏うように透き通るような蒼い魔力が〝見えて〟いた。
 
 視覚出来る程の密度に練り上げられた魔力は、ひとつ次元の高いエネルギーと化す。
 それが『剛魔力』であり、ただの魔力での魔法行使より格段に威力を増す。
 
 以前の魔王候補との戦争で、ロイドが発現させたそれと同じものだ。

「ロイド、そこを動かないで!」

 ロイドならば射線にわざわざ飛び込むような愚行は犯すまいとは思うが、一応注意を呼びかけるエミリー。
 そんな彼女に向かってロイドは振り返り、

「いや姉さんこそ動くなって」

 呆れたように言い放ちやがった。

「はぁ?!」
「いやめんどくさいけど訓練だしなー。そんなの撃ったらさすがに岩猿どもも死にそーだし」
「ちょ、何余裕ぶってんのよ?!」
「そうですよ、今がチャンスなんですよ?!先輩!」

 呑気に言ってのけるロイドにぴしゃりと言い返すエミリーとクレア。
 
 クレアの言う通り、レオンの威圧あってこそのロックエイプ立場の警戒体制。
 こちらの出方を伺うように構えて動かない今だからこそ、時間のかかる大火力魔法を組む時間がとれた。
 
 しかし、乱戦となれば相手の数が数である。そんな悠長に魔法を組む隙をくれるはずもない。
 だからこそ、先制。奇襲であり殲滅という、割と容赦ない選択肢をとれるのだ。

「いやまぁ、圧勝するのが目的でもないしなぁ」

 だと言うのに、この男は納得いかないように首なんぞを傾げてやがる。
 怒りか呆れか言葉を失う2人を他所に、ロイドは再び前を向く。

「んー。じじい、条件は?」
「そうだな。空間魔術なしだ」
「うわ、マジで近接戦じゃねーか」

 終いには縛りまで課すという。
 
 いっそ無視して魔法を放ってやろうか。もう既に魔力は練っているのだ。あとは魔法を組み上げるだけーー

 そんなエミリーの思考を掻き消すかのように。冷たさと鋭さが同居した、ナイフのような魔力がゆらりと舞う。

「っ……!」

 本能的に身を強張らせたエミリー。
 視界の端で不自然に身を揺らしたクレアも同じだろうと頭のどこかで思いながら、ロイドから視線を動かせない。
 すると、『魔力増幅』もなく、ロイドの体の周りにチリチリと燐光のように碧の魔力が光る。『剛魔力』、その片鱗である。

「よっしゃ行くぞ。寄ってたかって袋叩きにしてこいやお猿さんたちぃ!」

 微妙に力の抜ける宣戦布告とともに、碧の光を残してーーロイドの姿がブレた。

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