魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

3 国外旅行

 次男とはいえ貴族の子息の成人祝いのパーティにしては小規模なそれは、しかし豪華な顔ぶれだったと言えるだろう。
 とは言えほとんどがウィンディア領の民にあたるのだが、名が売れている者が集う地のだから結果的にはそうなるのも必然だった。

 だがしかしその翌朝の光景は、とても彼らに憧れる者に見せられるものではなかった。

「………おい、なんだこれは」

 昨晩はアリアと話をして野営をしたレオンがウィンディア宅に訪れると、そこには死屍累々といった光景があった。

 一般的な家と比較すれば大きなリビングは、しかし貴族のパーティルーム等に比べると狭い。
 そんな部屋に幾人もの人が倒れていれば、もはや夜戦病院を思わせる。

「……あ、レオンさん……おはようございます…」

 その1人、クレアがいつになく元気のない表情で上体を起こして挨拶した。
 ソファに倒れるように転がっていた彼女はそのまま立ち上がろうとして、膝を枕にしているエミリーに気付き、その体勢で驚いたのか止まる。

「んお?うわやっべぇ、朝か。おいお前ら!起きろぉ!」

 小さな声での会話だったが、さすが剣の頂点に立つ者と言ったところか。頭を押さえつつも意識をすぐに覚醒させた『剣神』ラルフは声を張る。

「……もう、なんだい、寝かせてくれよ」
「ふぁ、らるふ?もうあさぁ?」

 その声で起き上がり始める者達。まるで集団墓地から這い出るゾンビ達のようにもそりと体を起こしていく。

 もれなく頭を押さえてはいるが、高位魔法師『万雷の魔女』ベルや、ラルフの妻にして治癒魔法師ルナ。
 他にもウィンディア領の武器屋を営むロゼットや冒険者ジーク、メグリア、ゴンズといった面々が起き上がる。

「うはぁ……あったま痛ってぇ……」
「ぅうっ……気持ち悪い…………あれ、ギルド長は?」
「ディアモンドなら昨日のうちに帰ったわよ?あとドラグもね。おはよう皆」

 吐き気を堪えるメグリアの問いを拾い上げて答えるのは奥の部屋から現れたシルビアだ。
 いつものようなふわりとした笑顔を浮かべる彼女は、このゾンビ達の中に居ると妙に浮いていた。

「……あんたも結構呑んでたろうに。どうなってんだい」
「うふふ」

 恨めしげに見るベルに微笑みをかますシルビア。そんなシルビアの後ろから現れたのはウィンディア領主、ルーガス。

「起きたか。ロイド達は……まだのようだが」
「そうねぇ。フィンクあたりはそろそろ起きてくると思うけど」

 表情を変えずにロイドを見やるルーガスに、シルビアはにこやかに返す。
 その言葉に応えるように、リビングの扉のひとつががチャリと開いた。

「おはようございます、父上、母上。それと酔っ払いの方々」
「うるせぇぞフィンク……ってかお前その歳で酒強すぎねぇか?」

 シルビアとは違う、どこか薄っぺらいともとれる笑顔を浮かべるフィンクの嫌味混じりな挨拶にラルフがジトっと睨む。
 
 生意気に育ったもんだ。やっぱウィンディアの子だね。といったお言葉を頂戴しつつ、フィンクは仰向けのグランとその腹を枕にするロイドと、足元の床に倒れるカインに近寄る。

「全く、初めて飲む訳でもないのに情けないね」

 そう、成人祝いという事で昨晩は酒解禁となり、ロイドは心ゆくまで呑んだのだ。
 ちなみに誕生日の兼ね合いで一足先に成人していた他のメンツ達も一緒に飲んでいる。

 そうこうしている内に大人陣も訪れ、パーティというよりは飲み比べのようになった結果がこれだ。

 つまりフィンクの言葉は地味に問題なのだが、それを咎める者は居ない。というより聞く余裕がある者も居ない。

 フィンクはおもむろに魔力を練り、そして指先をタクトのように3人に向かって振る。

「つめっ?!」
「うひゃあっ!?」
「うおっ?!」

 すると3人の首筋に氷がびっしり。たまらず跳ね起きる3人に、フィンクは満足そうに微笑む。

「おはよう」
「あ、てめ!おいこらぁ兄さん!」
「フィンクてめぇ!」
「おっ、お前な!俺これでも皇太子だぞ!?」

 びっくりしたようにキョロキョロとしていた3人はすぐに犯人を見つけ、二日酔いも吹き飛ぶ程に怒鳴る。
 それをすんごく満足そうに笑うフィンク。

「……もう、うるさいわよ」
「……朝から元気だねぇ」

 その怒声によって目を覚ましたのはエミリーとラピスだ。
 目をこすりながら体を起こす2人を見て、シルビアが微笑む。

「これで全員起きたわね。はいはい、朝ごはんがいる人は残ってね。帰らないといけない人は早く帰りなさーい」

 少し間延びする声での号令に、文句もなく各々動き始める。

 それを呆れた視線で眺めながら、レオンは朝食をもらおうと席につくのであった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「ロイドをセプテンへと連れていく」

 朝食も食べ終わる頃、レオンの言葉がリビングに響いた。
 それを聞くのはロイド世代の面々と、ラルフ、ベル、ルナとウィンディア夫妻だ。

「あら?なんだか今回は随分と遠出しますね」

 それに首を傾げるシルビアに、レオンは頷く。

「それなりに実力はついたようだからな。成人という区切りもあったし、そろそろ仕上げに入る」
「やっとか。待ちくたびれたわ」
「誰のせいだ。お前が弱いのが悪い」
「あぁん?!」

 5年前から変わらぬ憎まれ口を叩く師弟を、これまた慣れた光景だとスルーしつつ口を開くのはルーガス。

「勿論構いませんが、セプテンへは何をしに?あそこは山と森くらいしか無いと思うのですが」

 国王以外に唯一敬語で話す彼。何度見ても見慣れねぇ、と呟くラルフを無視して視線をレオンへと向けるルーガスに、レオンは微かに肩をすくめる。

「やはりか」
「やはり、とは?」
「魔術が消えた現在では忘れられたとは思っていた、という話だ。……あそこには、魔導石がある」

 魔導石、と聞いてもルーガスは分からないようで首を捻る。それは他の者達もそうだったようで、戦闘のプロフェッショナルが集うこの場においても分かる者は居ないようだ。

「レオンさん、その、魔導具?というのは何なんですか?」
「武器作るのに便利な鉱石だ」
「っておい、ざっくりすぎんだろ。どんな効果なんだよ?」

 レオンの説明にロイドは批判的な目を向けて追求する。が、レオンはそんな目線に対して言い返すでもなくしばし閉口。
 その様子にロイドが首を捻っていると、彼はゆっくりと口を開いた。

「……魔術が使いやすくなり、丈夫な武器になる」
「…………さてはじじい」
「なんだ?」

 ぼそりと呟かれた説明とも言えないそれに、ロイドは目を細めた。それにレオンはわざとらしいくらい平然と聞き返す。

「その魔導具ってやつの詳細、忘れたな?」
「…………」

 無言。珍しくロイドに押し黙らされたレオンという珍しい光景に、他の面々は口を挟むでもなくレオンを興味深く見た。
 その集まるなんとも言えない視線に耐えかねたか、レオンは鼻を鳴らして空気を変えようとする。

「ふん、使えば分かる。それまでのお楽しみだ」
「うわ逃げたな」

 じじいだし記憶もあやふやなんだろ?などと追撃するロイドをこめかみをヒクリと痙攣させつつ無視するレオン。
 
 そんないつも通りなようで地味に珍しい光景を他所に、2人ほどがソワソワし始める。

「「……………」」

 エミリーとクレアだ。何か言いたそうに、しかし遠慮しているように口を開けずにいる2人。
 そんな彼女達の背後に音も無くするりと回り込むのはシルビアだ。

「……国外だからいつもより長く会えないわね」
「「っ」」

 彼女の囁きに、ぴくりと肩を振るわせる2人。

「でも付いていけば逆に長く居られるわよ」
「「……っ」」

 ぴくりぴくり。

「ちなみにセプテンは自然豊かな景色を好んで観光する人も居るわね。あら、それってまるで国外旅行みたいだわ」
「「……!!」」

 ぴくっ。

「母としても、食事の栄養やらを考えない息子だけだと心配だわ。レオンさんもそういうの気にしないし……息子を助けてくれる素敵な子は居ないかしら」
「ロイド、私も行くわ!」
「先輩、私もついていきます!」

 彼女達が同時に立ち上がるのを、シルビアは満足そうに微笑み、そんな妻にルーガスは呆れた視線を送るのであった。

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