魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
2 集合
「4分遅刻。アウトよ」
「ふふ。先輩、おかえりなさい」
レオンを置いて先に帰ってきたロイドは、汗を流しながらウィンディア家に駆け込んでいた。
とりあえず間に合ったことをアピールしとけ、といった発言をさらりと叩き返したのはロイドの姉、エミリー・ウィンディア。
そしてロイドを優しく迎えるのはロイドと同じく転生者にしてエルフの元姫、クレア・フォレンス。
「4分くらいならセーフだろ?」
「5分前行動って知ってるわよね?その点から見れば9分遅刻よ」
「うわ細けぇなー」
「まぁまぁ。エミリーは待ち遠しかっただけだよ。だから遅れたロイドはちゃんと謝ってあげようね?寂しい思いをさせたんだからさ」
「は、はぁ?!フィンク兄、何適当な事言ってるのよ!」
にべもない反応のエミリーに溜息をつくロイドに、弁明しているようでエミリーを揶揄っているのは2人の兄にしてウィンディア長兄であり次期当主筆頭のフィンク・ウィンディア。
兄の言葉にエミリーは微かな動揺を示し、頬を赤く染める。
黒い艶やかな髪を肩甲骨くらいまで伸ばした彼女は、少し吊り目な瞳はそのままに美しさを備えるようになるも、〝この手〟の話への抗体は未だ持つに至らないようだ。
そんな普段は凛とした態度の彼女が取り乱す姿に、兄は満足そうに頷いていた。
「先輩、今回はどういった内容だったんですか?」
そのフィンクの横からロイドへと歩み寄りながらふわりと微笑むのはクレアだ。
「おー、地竜の〝色竜〟だったな」
「……え、えっと。すみません、出発したのって、今朝ですよね」
「そーなんだよ。急いでたから昼飯抜いちまったわ」
「そんな小さいとこじゃないです」
呆れたような口調で溜息をつく彼女は、腰近くまで伸びる銀糸のような癖なく流れる髪を小さく揺らす。
ルビーのような美しい紅い瞳を半目にして呆れを示す表情を作るも、その人形のような整い過ぎる美しさは損なわれない。
誰もが振り返るような美少女、と言っても過言ではない成長を遂げた彼女は、普段はエルフの元姫として美しい微笑みを浮かべている。 が、ロイドをはじめとした一部の者を相手にする時は驚く程表情豊かであり、そんな折に見せる笑顔は美しさよりも可愛らしさが際立っていた。
「まぁ今に始まった事ではないですが……お体には気をつけてくださいよ」
「おー、ありがとうな」
ロイドが礼とともに笑顔を見せると、クレアは猫のように目を細めて嬉しそうに笑う。
その無防備な笑顔と、彼女の立つ位置がロイドに極めて近い地点である事から、傍から見れば仲睦まじい関係にしか見えないだろう。
「……なんつーか、相変わらずだなぁオイ」
「何がだよ」
そんな2人を視界に収めながらどこか呆れたように呟くのはグランだ。
端正な顔立ちは精悍さを滲ませ、茶色の短髪を品良く整えている彼はいかにも〝出来る若手〟といった雰囲気がある。
実際、彼は祖国ディンバー帝国の総帥として軍を統括する立場となっていた。
会話として取り上げる話ではないものの、個人資産という意味なら何気にこの場において2番目に多いと言えるだろう。
なかなか時間に余裕を作れない立場となった事で、こうして会うのはかなり久しぶりとなる。 それでもろくな挨拶もなくこうして当たり前のように話せるのは、彼ら2人がそれだけ仲が良いというシンプルな理由からだろう。
「いやいや、お前らの距離感だよ。なんで未だに誰ともくっついてねぇんだ?」
「……またその話かよ」
ロイドは辟易とした雰囲気を見せるも、実際のところ痛い所を突かれた為に誤魔化しているに過ぎない。
それを親友であるグランが見抜けないはずもなく、ハッと呼気に笑いの色を滲ませた。
「まぁそれどころじゃなかったんだろうけどよ。もう成人するんだからそこらへんも考えろよ、親友」
嘲りどころか心配と配慮しか見えない口調での言葉に、ロイドはふざける事も聞き流す事も出来ず、しばしの無言の後、首を縦に振る。
それでも言葉として肯定しなかったのは、彼の未だ残る子供じみた意地か、あるいは気恥ずかしさからか。
「つってもこんな説教みてぇな話はこれで終わりにして、今日は楽しもうぜ」
「おーよ。まぁ総帥様の接待としちゃ不出来なもんかも知んねーけど」
「はっは!気にするな、苦しゅうない!」
どちらともなく笑い、軽口を叩き始める。
久しぶりに会った親友との会話を楽しむ2人だが、それを良しとしない者が居た。
「いや待てグラン、もっと説教すべきだ。こいつは俺の言う事は聞かんからな、グランからもっと言ってやってくれ」
先程2番目に資産があると述べたが、強いて1番を挙げるなら間違いなく彼、カインだろう。
もっとも、半分は国庫としての意味合いもあり、単純に個人資産とは言いにくいが。
カイン・エイルリア皇太子。
既にエイルリア王国の国政にも混じり、国民からも『時期国王も素晴らしく、まだまだ王国は安泰だ』と言われる程に活躍している。
当然、すでに多忙を極める彼がこうして王都から離れたウィンディア領に顔を見せる事はグラン以上に稀だ。
金髪碧眼、整った顔立ち、すらりとした体躯と、いかにも王子様といった見た目の彼。
だが、現在は片眉を跳ねさせて睨むようにロイドを見据えており、どこぞのチンピラのようにも見えた。
「何言ってんだよ、俺がカイン皇太子の言う事に逆らえる訳ねぇだろ?」
「はぁ……よく真顔で言えるなお前は。言いたい事は多々あるが、今はその話題に的を絞るとする。……お前、早く決めないと俺の無駄な仕事が増えるから、さっさと決めろ」
怒りを堪えて口元をひくつかせる彼は、溜息一つで切り替えてロイドを指差しながら告げた。
ちなみに彼が言う無駄な仕事とは、ロイドを紹介してもらおうとして擦り寄る者達への対応である。
ウィンディア領はエイルリア王国の一都市として位置しているが、その統治は王国の手から離れたものとなっている。
特別な措置として、ウィンディア領主がこの領の統治にあたり、王国の指示に従わなくても良いとしており、自治区として独立した都市となっているのだ。
その為、王国の貴族達はその権力を使ってロイドを呼び出す事は出来ず、だからといって危険地帯として名を馳せるこの地に向かうのは躊躇われる。
結果、王都においてロイドと最も親しいと有名なカインになんとかパイプになってもらおうと擦り寄っているという訳だ。
「いや皇太子なんだからそんなの無視すりゃいんじゃね?」
「皇太子だからこそ無碍に出来ないんだ。ともに王国を支える者達だぞ、雑に扱えるはずがないだろう」
「まぁそーか。大変だな、カイン」
「そう思うなら少しは協力してくれ」
苦笑いのロイドに、カインは頭痛を堪えるようにこめかみに手を添えて溜息を溢した。
ちなみにロイドへの繋がりを求める理由はシンプルなもので、〝5年前〟の魔族との戦争の立役者であり次世代最強と言われる戦力を持つ彼と仲良くなりたい、というものだ。
『救国』という感謝と畏怖を込めた呼び名をつけられる程に有名となったロイドは、仮にも貴族としてそういった者達への対応もして然るべきなのだが、この5年間に一度たりとも貴族達との関わりを持とうとして来なかったのだ。
そんなロイドに話をしようと、特に〝ここ最近〟は声をかけてくる者が多い。その為、カインは実はそれなりに苛立っていたりする。
何故増えたか。それはロイドが成人するからに他ならない。
つまりは、『うちの娘はどうだ?』というものだ。
「エミリーであれクレアであれ、どちらか1人でも十分に周囲を黙らせるだけのパートナーとなる。いい加減に娘を売り込む貴族から解放させてくれ」
「お、おう?」
目がマジなカインにロイドはたじろぐ。
しかし曖昧な反応しか見せないロイドに、カインはムッとして言葉を足す。搦手に出て少しでも鬱憤を晴らす為に。
「ふん、それとも貴族連中の娘達に興味があるのか?それなら止めずにどんどん紹介するが」
「ダメですよぉ、殿下」
「殿下、ご冗談を」
その言葉に反応したのはロイドではなく、彼の両親。
笑顔を浮かべるのはシルビア・ウィンディア。目を閉じて制したのはルーガス・ウィンディアだ。
もう良い歳となった2人だが、驚くほどの若々しさだ。それどころか年々増す覇気にカインは未だに頭が上がらない。
つまり、搦手の会話は進める事が出来ない。すぐに引き下がる事にする。
「当然冗談ですよ、お二方。ですが、私の身にもなって欲しい」
「そうですよねぇ、そこは謝りますわ。ロイドが」
「そろそろ決めると思いますので。ロイドが」
カインの訴えに両親はロイドへと流れるように話の水を向けた。
どうやら甘やかすつもりはない両親に、ロイドは溜息をつく。
「はぁ……とりあえずもう少し待ってくんねーか。まずはどうしてもやらなきゃいけねー事があんだよ」
「…………まぁ、そうだな」
この5年の間。ロイドがそうした話や貴族との関わりに参加しなかったの理由はひとつ。
ひたすら修行をしていたからだ。
目的は言うまでもなく、〝師匠〟の為に魔王の封印を解き、そして討伐する為。
それはカインも理解している為、そう言われれば続く言葉も飲み込むしかなかった。
「ふふ、話も一区切りついたようだし、そろそろ始めようか。それに2人は限界に近いようだしね」
「ん?……ふっ、まぁそうしようか」
さらりと割り込んで話を切り上げるフィンクがちらりと視線を横に向ける。それを追ったカインは、頬を染めて俯くエミリーとクレアを見て笑い、そして頷いた。
「よーし始めるか!やっとだな!腹減ったんだよ、さっさとメシくれ!」
「お、お前、それよく言えたな」
「しかもこいつ、まさかあの2人の表情に気付いてないのか?目か脳をどこかの戦いでやられたのか?」
嬉々としてフォークを握るロイドにグランとカインは呆れる。
そんな締まらない挨拶をもって、〝ロイドの成人を祝う〟ささやかな食事会が始まったのだった。
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