魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

116 エピローグ

「あ、『救国』様、どうですか?良い野菜があるんですよ!」
「あ、えっと、あぁ、ありがとうございます」
「はいどうぞ!」

 魔族との戦争から時は経ち、王都の復興も終わった。 
 グランという魔法ではなく、現存する大地に干渉して操れる土魔術師の力添えもあり、かなりスムーズに進んだこともある。

 そんな中、街中を歩くロイドは顔を引き攣らせて八百屋の大根を受け取っていた。

「あの、その…よ、良かったら……『守護者』様もどうですか?」
「あ、えっと、あぁ。いただこう」
「良かったよ!はいどうぞ!」

 そしてその横に立つレオンにも、伺うような表情で大根を手渡す八百屋のおばさま。 あのレオンが珍しくロイドと同じように頬を引き攣らせて受け取る姿は、こう言ってはなんだが面白い。横のロイドは笑いを堪えている。

 レオンはそんなロイドにデコピンをかましつつーーしかしロイドは笑いの余韻が勝りコブを作りながらなお笑っているがーー手に持つ大根を見る。
 
(かつてこうしてソフィアと歩いたな)

 ふと思いを馳せたレオン。
 こうしてまたエイルリア王国を歩く事になるとは思いもしなかった彼は、くすぐったいような、気恥ずかしいような思いで大根を優しく握りしめる。
 
 そしてその原因であるロイドに、感謝を込めた視線を向けーーいまだ笑いの余韻に震えるバカ弟子にもう一度デコピンをした。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 ロイドの慟哭。
 『神力』に乗せた叫びは、確かに国民の心へと届いた。
 
 とは言えすぐさま「はいじゃあ仲良くしよっか」とはなれない国民達。
 もう彼らに『死神』を迫害する意思はない。が、歩み寄る勇気が無い。

 だが、そんな国民達の背中を押す者が居た。
 ルーガスはじめウィンディア一家だ。

「あ、師匠。お疲れ様です」
「あらレオンさん、なんか久しぶりですねぇ。元気でした?」

 ロイドの訴えに鎮まりかえる王都に上空から、さらっと現れたのはルーガスとシルビア。
 
「「っ!」」
 慌てて目元を拭う師弟。
 そんな2人に構わず楽しそうに話しかけるウィンディア夫妻に、王国民達がざわめき始めた。

「うわぁ…あ、あれ……!」
「あ、あぁ。なんでここに……」
「ウィンディア領も侵攻があったんじゃ……」

 なんせこの夫妻、『エイルリア王国の守護者』と呼ばれる超有名人だ。
 
 かたや通称『最強』と呼ばわれる『風神』、かたや通称『王国最強の魔法師』と呼ばれる『万魔の魔女』。
 そして、エイルリア王国の要塞とも呼ばれるウィンディア領の領主達。

 2人の逸話は数知れず。もはや生きる伝説である。
 そんな2人が慕うように、そして楽しそうに『死神』と話す姿。
 ロイドの話を聞く前では正気を疑うだけだったろうが、心を直接叩くような慟哭の後である今は、その話の信憑性を大きく高める要因となった。

 更には、国王も遅れて現れ、

「おいルーガスぅ!ウィンディアはもういいのか?!」
「ん?終わったに決まってる。消化不良で王都に来たんだが、師匠がいらしてたなら敵が残ってるはずもなかったな」
「そうねぇ。でもどっちにしろ来るのが遅くなったから、レオンさんが居なかったら怪我人出てたかも知れないし、良かったわ」

 国王がウィンディア領主として呼ばなかった事で、ルーガス達も国王ではなく〝ディアス〟として話す気安い会話。
 
 そんなとこか身近に感じるような、魔力を乗せて話す事で響き渡る会話は、しかし更なる『死神』のイメージ払拭に繋がったようだ。
 特にかの『最強』の〝師匠〟という言葉に、一部――ルーガスに挑んでは負けてきた戦士達――は弟子入りを目論んで目を輝かせる程だ。

「あら、ロイド?泣いてるの?」
「は?泣いてねーし」
「師匠?もしや」
「師匠命令だ、お前は何も見ていない」

 そんな会話を眺めていた国民達の目からは、いつの間にか剣呑さは消えていた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 そしてようやくレオンとロイドが王城へと戻ると、たまたま歩いていたカインと目が合う。

「ただいまー、皇太子サマ」
「うるさいぞ『救国』。……ルーガス殿達なら、今は父上と執務室で話されているぞ」
「あ、マジか。なら部屋に戻っとくかなー」
「そうしろ。もう終わる頃のはずだ」

 今回の戦争で判明した魔族の戦力や戦い方などから、今後の対策をディアスとルーガス、シルビア達で会議していたのだ。
 復興手伝いだけでなく、この事もあり王都に滞在していたが、それも今日中には目処がたつとの事だった。

 その間借りていた王城にある一部屋に戻るロイドとレオン。
 広い王城だが、動き回る一家に気を使ってか、本来城の奥にある豪華な部屋を用意されるであろう立場にも関わらず、入り口からそう遠くない部屋を用意されていた。やはりと言うべきか、家族みんな喜んでた。

「ただいまー」
「おかえりロイド。どうだった?」
「おー、とりあえずグランすげぇわ」

 復興支援として出ていたロイドとレオン。主に撤去の類で力を発揮したのだが、ロイド達がスペースを空ければ空けた分だけ建物を土魔術で築く様子は見ていて圧巻だった。

「てかどしたん?そこの2人」
「ふふ、なんだと思う?」

 そんなフィンクの奥で、何故か膝を抱えて小さくなっているクレアとエミリー。
 髪の隙間からのぞく耳は赤く染まり、なんだと聞かれてもロイドに分かるはずもなく。

「いや分かるかい。あ、おねしょ?」
「あんたね!デリカシー司る脳ミソ焼き切れてんじゃないの?!」
「先輩そーゆーとこですっ!そーゆーとこっ!」

 ロイドの予想にガバッと顔を起こして叫ぶ2人にロイドは一歩後退った。
 そんなロイドに、フィンクは楽しそうに話しかける。

「今ね、王都では『ある話題』がブームなんだよ」
「へぇ、そーなんか。どんな話題?」
「ちょっ」「まっ」
「父上に迫る次世代『最強』、その最有力候補『救国』様。彼の本命は誰だ、ってね」

 止めようとするエミリーとクレアに構わず一息に言い切るフィンクに、2人はピシリと固まる。

「で、誰なんだろうね?」
「は?あ、いや、待て、ちょ」

 どうやらロイドとしても予想外過ぎる切り出しだったようで、らしくもなく言葉を持て余す。

 ロイドとて男であり、前世では恋愛に〝嫌な記憶〟があって避けてきた部分もあるが、当然知識や理解もある。 それなのに今までクレア達が鈍感と評していたのは、グランの推測通り、そんな余裕が無かったから。

 『恥さらし』として、そんな思考に余力を割けない程に力を求めていたロイド。
 しかし今は実力面も名声面でも、十分すぎる程にひと段落と言えるラインに至った。

 結果、『そういう事』にも思考が回せるようになったようだ。
 ただでさえ、クレアとエミリーに関しては鈍感の時期ですら「そうなのでは」という気持ちがあったくらいだ。
 
 つまり、この手の話題をしっかりと理解しーーそしてあまりにその手の話が久々すぎて普通に恥ずかしがっていた。

 更に言えば、『本命は誰だ』という言い回しから、候補がすでに挙がっているのは想像が出来る。そして、それが誰なのかもだ。

「クレアに決まってるだろう」
「ちょ、レオンさんっ?!」
「やだなぁレオンさん、エミリーですって」
「に、兄さん?!」

 歳不相応な反応ばかり見せる早熟なロイドや彼女達が、唯一といって良い年相応な反応を見せる話題だと、結構周囲もからかうようにノリノリで盛り上げにかかったりする。
 
「おいバカ弟子、クレアだろう?」
「ねぇロイド、エミリーだよねぇ?」
「なっ、く、こいつら…!」

 最近ではクレアをレオンが、エミリーをウィンディア一家が推す流れが定着していた。
 そして外野は彼女達の反応を楽しみ、そしてロイドの反応も楽しんでいる。

「お前らいい加減に……」
「ちょっとレオンさん!エミリーに決まってるでしょう?」
「うむ、そうだな」
「ちょ、母さんっ?!父さんまでっ!」

 顔を赤くして羞恥とからかわれていると気付いているが故の怒りに震えるロイドの言葉を遮り、ドアをばーんと開けて入ってくるシルビアとルーガス。

「ちょっと待て、クレアは俺が……」
「やめんかカイン。……それよりロイド君、うちの娘はどうだ?」
「は?国王様?!いやそれ王女じゃ……」
「嫌かね?」
「いや嫌とかじゃなくて……」
「「ロイド?」」
「「ディアス?」」
「「すまん」」

 国王ディアスまで乱入して話を混ぜ返し、否定しない(というか国王相手に出来るはすもない)ロイドにエミリーとクレアも名前呼びで詰め寄り、余計な事言うなとウィンディア夫妻が国王へと詰め寄る。
 
 そんな騒がしい部屋の出入り口から、美しい金髪と蒼い瞳の整った顔の少女が覗き込んでいる事に、ロイドは気付きつつも必死にスルーしたりした。




 そうして、会議も終わったと王都からウィンディアへと戻る事となった。
 
 王城では見送りだとディアス、カインという普通に考えれば豪華すぎるメンツに見送られた。
 ちなみにその時寂しそうにロイドを見る少女が国王の背中にしがみついて顔を覗かせていたが、ロイドは頑張ってスルー。
 これ以上騒ぎの種は勘弁なのだ。

 馬車で帰る事となったのだが、レオンは性に合わないと歩き出した。
 ついでにリハビリだとロイドも連れられ、2人は走ってウィンディアへと道を駆け抜けていく。

「じじい」
「なんだバカ弟子」

 その道中、不意にロイドが口を開く。

「もうちょっと待ってくれ。すぐに形にするわ」
「……期待せず待つとしよう」

 主語のない会話だが、それがレオンの目的を指している事は明らか。
 レオンは言葉とは裏腹に珍しくフッと笑い、つられるようにロイドもニッと笑う。

「てかさ!俺が時と空間の両方とも使いこなしたら、じじいにも勝てるんじゃね?」
「ふん、有り得んな。調子に乗るなバカ弟子」
「あぁ?!言っとくけど時魔術は相性良いからどんどん馴染んでんだぞ!」
「だからなんだ。俺には届かんに決まってるだろう」
「……んのやろぉ。なんなら今試してやろうかクソじじいっ!」
「やってみろクソガキ」

 そんなBGMを背景に、夕焼けに照らされて優雅に馬車からの景色を楽しむウィンディア一家達の視線の先で。
 荒々しくも楽しそうに、銀と白金のオーラが立ち昇るのであった。

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