魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

114 後始末

 背中越しに、ロイドの怒気と魔力が混ざった風が炸裂するのを感じながら、グランは意識をより集中させた。
 グランの予想が正しければ、ロイドが決着をつけた事で気配を消している相手に動きがあるはずだと考えたからだ。

――じゃり……

「そこか!」
「っ!?むぅ!」

 それは予想通りとなった。

 察するに逃げようとでもしたのか、静かに後退りする気配に付き、グランは練り上げた魔力を存分に使って足音――大地を踏む振動があった一帯を岩で拘束しにかかる。

 それに慌てたような声が響くが、グランの渾身の拘束を逃れる事は叶わなかったらしい。

「……なるほどねぇ、あんたがフェレス元騎士団長か?」
「ちっ、反乱軍のガキが!」

 拘束された事で集中を欠いたのか、スキルが解けて気配を露わにするフェレスに、グランはニヤリと笑う。
 フェレスは悪態をつきつつも、必死に岩の拘束を解かんと体を捻って暴れるが、体を覆う岩は微動だにしない。

「グランくん、あの人が?」
「あぁ。誘拐の犯人だろ。んで、元ディンバー帝国騎士団長のビビリヤローだ」
「ふざけるなぁ!誰がビビリだ!」

 ずっと隠れて、連れてきた戦力が無力化されたら逃げようとする男のどこがビビリではないか逆に聞きたいが、フェレスは顔を真っ赤にして怒鳴っていた。

「んで、あのデブが……」
「んぐぅ……!」
「デブだと?!ゴルド皇帝様になんて口をきくんだガキが!」
「元、ディンバー帝国皇帝らしいな」

 実際顔も見たことがなかったグランだが、フェレスが丁寧にも説明した事で判明した。「元」を強調するグランにゴルドは歯軋りする。
 ゴルドはフェレスにおんぶされる形で戦場に居たらしく、今はフェレスと岩に挟まれて苦しそうにしている。
 自らの蓄えた脂肪による圧迫で、声を出すのも辛いらしい。

「なるほど、そのゴルド皇帝とやらが『洗脳』の使い手かな?」
「多分な。フェレスの方は姿を消す方のスキルだろうし」
「了解。すまないが、弟の約束があるからもらうよ」

 このまま締め殺すか、と考えていたグランの横を確認の言葉を交わしながらスルリと抜けて歩を進めるのはフィンク。
 そのまま静かに歩き、そしてゴルドの顔を覗き込む。

「聞くけど、あなたを殺せば洗脳は解けるのかな?」

 ゴルドの目をじぃっと見つめて問い掛けるフィンク。
 その底知れない視線に背筋を凍らせつつも、しかしチャンスだと思ったゴルドは苦しそうに口を開く。

「と、けないぞ……我が、両手で、触れ、なければ、解けはせん」
「へぇ……」

 ここで騙せれば拘束を解く事が出来る。そうすれば、再びフェレスの『気配操作』で逃げることも出来るかも知れない。
 そう考えての〝嘘の言葉〟を、フィンクは瞬きひとつせずゴルドの目を見ながら聞いた。

「い、いのか?は、はやく、しないと……洗脳が、とけなく、なるぞ」

 その見透かされるような、それでいて追い詰めてられるような視線から逃れようと、ゴルドは必死に嘘を重ねる。
 
 すると、フィンクはその視線を不意に和らげ、にこやかな微笑みを浮かべた。
 その微笑みを了承と捉えたゴルドは内心で安堵の息を漏らす。

「わか、ったなら、早くこの、岩をどけ……」
「嘘だね」

 騙せた!そう考えて拘束を解くよう促すゴルドに、フィンクは微笑みを浮かべたまま言葉を遮る。

「な、にを…?!」
「なめないで欲しいね」

 何を言ってるか分からない。
 そんなゴルドにフィンクは微笑んだまま、しかし絶対零度の眼光でゴルドに言う。

「こう見えてもウィンディアなんだ。下らない嘘は通じないよ」

 後ろでエミリーとロイドが「ウチにそんな必須技能はない」とツッコむがフィンクは華麗にスルー。
 そしてゴルドもそのツッコミを聞く余裕はない。

「安心したよ。じゃあ、さよなら」

 まるで死神なような絶対零度の視線に、ゴルドは言葉を失い体を震わせた。
 そして、一瞬世界が美しい光の反射に包まれるような光景と共に、体の芯から凍るような寒気。

 それはフィンクの覇気による悪寒だけではない。実際に、極寒の氷檻に閉じ込められていた。

「「……!?」」

 呼吸も出来ず、体温が急速に冷えていく。凶悪な冷気を前に、あっという間に意識が遠退いていく。

(弟といい兄といい、こ、こんな子供がなんて怪物なんだ……こ、これがウィンディア…)

 かつてウィンディアを打倒し、そしてエイルリア王国を手中にせんと企て続けたゴルド。
 それは『最大戦力』たる息子ジルバを失っても諦めきれず、崩壊する城からフェレスと共に逃げ果せた後、魔族に取り入って復讐を考えた。

 だが、そもそもが間違いだったのかも知れない。
 
ーーこんな怪物達に、手を出すべきではなかったのだ。

 そう心の中で呟いた言葉を最期に、ゴルドは永遠に眠る事となった。





「……ん?あれ?え、先輩?」
「はぁ……良かった、戻ったか」

 それからすぐに、クレアの意識も戻った。
 ジルバと同じ能力なら問題なく解けるとは思っていたが、本家と『略奪』したコピーとでは性能に差があるとジルバが言っていたので心配ではあったのだ。

 状況が掴めずにいるクレア。ジルバの時と違い、『洗脳』されている間の意識は無いようだ。
 そんなクレアに、ロイドは悪戯げに笑う。

「お前、すぐ洗脳されて拉致られるな。そーゆーの好きなん?」
「へ?あ、あぁっ!……いや好きな訳ないじゃないですか!でもすいませんでした!」

 ロイドの言葉で全てを察したようで、ロイドの言葉を否定しつつも潔く謝罪するクレア。

「ふぅ、クレアも無事、と。てか俺が仕留めるつもりだったのによ、フェレスのやつは」
「ふふ、ごめんね」

 クレアの無事を確認して安堵の溜息を溢してから、グランは恨みがましくフィンクを見る。
 フィンクは悪びれなく微笑んでいたが。

 グランとしてはラピスの件でフェレスには怒りがあり、この手で始末すると燃えていたのだが、フィンクがゴルドを氷漬けにした際、ちゃっかりフェレスも巻き込んでいた。
 そして主従仲良く氷漬けで絶命したのである。

「てか、けっこー静かになってね?」
「そうね。終わったのかしら」

 ふと気付いたようにロイドが呟くと、エミリーも頷く。
 
 確かに、城壁外で爆音や轟音が響き渡らせながら宙に舞う下位魔族や、ウィンディア方面で嵐や雷といった天変地異も収まっていた。
 
 また、王都内も怒号や爆発音などが聞こえていたが、それも今は静かになっている。

「俺が確認に行ってくる。まぁ恐らくは終戦だろう」
「そか、大変だねー指揮官サマは」
「お前達に比べれば大した事ではない。助かった、ありがとう」

 学園の外へと歩き出すカインに茶化すような言葉を言うロイドに、しかしカインは真っ直ぐに礼を告げる。
 そう返されては何も言えない、と頬をかきながら黙り込むロイドに、カインはしてやったりといった笑顔を浮かべ、今度こそ歩き出した。

「んじゃまぁ、休憩でもしておこうか」
「だなー、疲れたー!」

 座り込むフィンクに応じ、どさりと背中を大地に預けるロイド。
 
「そうね、もう歩きたくもないわ」

 エミリーに続き全員が腰を下ろしたり寝転んだりして、静かになった王都の静けさを楽しむように無言で休む一同。

 だが、それを破るような喧騒が耳を叩いた。

「……なんかまた騒がしくなったな」
「そうね。まだ戦ってるとこがあるのかしら?」
「……いや」

 上体を起こして見やるロイドと、首を傾げるエミリーに、フィンクは一拍置いて言う。

「……これ、城壁外からだね」
「んん?……じじい…?」

 その言葉に、ロイドは眉根を寄せた。

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