魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

112 帰ってきた勇者

「ははははっ」
「この声は……」

 不思議と苛立つ。そんな笑い声に聞き覚えがある事に気付く。
 そうしている間にも、クレアはするりと移動していき、そしてピタリとロイド達から数メートル離れた場所で止まった。

「クレア?一体……」
「おい、様子がおかしいぞ」

 眉根を寄せるフィンクとカイン。
 確かに、クレアの瞳に力を感じない。茫然自失としているような、目の光が無い様子に2人は戸惑う。

「……!あれは……?!」

 しかし、ロイドは別の意味で戸惑っていた。
 このクレアの姿を見たのは初めてではないのだ。

 これはまるであの時のような状態ではないか、と。

「愛しの彼女がまた拐われて悲しいか?ロイド」

 「また」。
 それが意味する事をロイドは確信。さらに予想し、湧き上がる感情を吐き捨てるように溜息を溢した。

「こいつら、多分ディンバー帝国絡みだな」
「はぁ?!んなワケが……」
「いや今のじゃなく、前の方な」
「ふふふ、ははははっ」

 ロイドの言葉にグランが噛みつくも、それをやんわり訂正する。その内容に、声の主は否定する事なく笑っていた。

「っ!」
「むぅ!?」

 次の瞬間、グランが素早く動いて剣を虚空へと振り回した。
 どうやらその先に敵がおり、相手も予想外の攻撃だったようで声を漏らして後退りするのが分かった。

「って、勇者?」
「まだ分かってなかったのか?!」

 その衝撃で全体に施されていたスキルが解けたのか、先程まで地味に聞き慣れた声の主でもあるコウ・スメラギが姿を現した。
 コウとしては声で気付いていたと思っていたらしく噛み付いてきていたが。確かにちょこちょこ会話に割り込もうと笑っていたし。

「まぁいい。さぁ、僕と一騎打ちといこう、ロイド」
「………はぁ?」

 さすがに理解出来なかったロイドは胡乱げにコウを見る。
 それに構わずーーもしくは気付かず、コウは言葉を重ねていく。

「以前の戦いで確かにお前は僕に勝ったかも知れない。だが、あれから僕は強くなった。それを証明してみせよう」
「いやアホか。今それどころじゃねーんだよ」
「僕に勝てば、他の子達は見逃してやらなくもないよ?」
「……なるほど、そーゆーことかよ」

 ロイドに構わず話し続けるコウだが、最後の言葉を聞いてロイドはしばしの黙考の末、納得したように頷く。 その瞳の温度を、急激に冷たくしながら。

「おいコウ!何をしている!?」
「ロイド、どういうことだい?」

 その会話に勇者の監督でもあったカインがコウに、フィンクがロイドに問いただす。
 それに、意気揚々とコウが口を開き、

「カイン皇太子、それはね……」
「こいつは魔族側についた。恐らくディンバー帝国生き残りと組んで魔族に取り入ったな」
「なっ……!」
「おい、それは僕のセリフだろ!」

 ロイドが遮って推論を述べた。
 思わず息を呑むカインだが、それはコウの反応からして間違いではないようだ。

「んで、クレアは操られてる。そーゆースキルを持つ奴がいるな。多分、『洗脳』とかの類」
「……なるほどね」

 クレアの今の状態は、ジルバの『洗脳』の影響を受けていた時の様子に酷似していた。 ジルバのスキルである『略奪』により彼も『洗脳』を保持していた。
 が、もともとの『洗脳』のオリジナルであるスキル保持者が帝国内に居た可能性は十分ある。
 恐らくその『洗脳』のスキル保持者が、グランの言う3人の内の最後の1人だと予想したのだ。

「だからカイン。こいつの勇者の称号は剥奪してくれ」
「今言う事か?……まぁそうなるな。責任をもって処理しよう」
「頼んだ」
 まだショックが抜け切れてない様子のカインだが、監督役の責任としてしっかりと頷く。
 
 コウの勇者の称号剥奪。 それは地味にロイドがもともと狙っていた目的のひとつだった。
 
 理由は単純。師レオンはコウを勇者とは認めなかった。
 彼にとっての『勇者』とコウの在り方が違い過ぎたからだ。

 そんなレオンとの何気ない会話だが、しかしロイドは確実にそれを行うつもりだった。
 本来なら勝負の賭けにでもしようと思っていたが、このような状況ならその必要もなかった。

「ふん、全く……その通りだよロイド!僕は気付いたのさ!エイルリア王国こそが悪だとね!」
「ふーん」

 今度こそ、と意気揚々に話し出すコウに、ロイドは興味なさそうに返す。
 称号奪還という目的を果たしたロイドからすれば、コウに対する興味は無に等しい。

 カインは睨みつけるようにしながら聞き入っているが、ロイドからすれば話している間に少しでも魔力を回復させようと思う程度だ。

「僕は以前から、お前のようなやつが必要とされる国なんておかしいと思ってだんだ。 それに聞けば、ディンバー帝国という平和な国をお前が滅ぼそうとしているらしいじゃないか!」
「ふーん」
「それよりロイド、手伝うかい?」

「それに、エイルリア王国は罪もない魔族を昔大陸の辺境に追いやり、そして今もこうして魔族を殺している!これが悪と言わず何と呼ぶ?!」
「ふーん。……あ、ごめん兄さん、聞き流してた。なんて?」
「いやロイドは戦える状態じゃないだろ?手伝おうか?」

「だから、まずは借りのあるお前を倒して、エミリーの目を覚ます!愛しの彼女が大事なら、一騎打ちをするんだ、ロイド!」
「ふーん。ってまだ言ってんのか、好きだなぁ語るの。……あ、いや俺がやる。それよりクレアが『洗脳』されてるし、兄さんは隙見て『洗脳』してるやつ頼む」
「はぁ、了解。無理するなよ?」
「ありがと」

 聞き流すロイドに構わず捲し立てるコウに、さすがに最後の言葉にはツッコミを入れた。付き合えんわ、誰か代わりに聞いといて。
 更にはそのままフィンクと会話する様子に、さすがに気付いてこめかみに青筋を浮かべたコウは言葉を付け足す。

「聞けよ!……あとはそうだ!『死神』という極悪非道なバケモノと一緒に行動しているんだろう!」
「………」

 ついに適当な相槌すらなく、ロイドは沈黙で返す。
 ス、と微かに顔を俯かせ、前髪で表情が隠れたロイドに、コウは気を良くした。

「ほらほらほら!図星だろう!そんなバケモノがいる国は、僕が正してみせる!さぁ、どうした、言い返してみなよ!」
「言いたいのはそれだけか?」

 俯いたままぽそりと呟くロイド。
 聞こえるかどうかという小さな声に、しかしあれだけ捲し立てていたコウの口が止まる。

「………?」

 コウ自身、何故体が止まったのかは理解出来ていないようだ。
 彼は目を丸くして、首を捻り、気のせいだというようにまた口を開こうとして、

「それだけだよな?」

 先程より少し大きくなった声に再び口を閉じた。
 そこでようやくコウも気付いた。

 自分の手が微かに震えている事に。

「ーーっ?!」

 それに気付いた瞬間、何かを振り切るように震える手を拳を握りしめてロイドを睨む。
 こうして立ち姿を見ても、どう足掻いてもまともに戦闘が行えるとは思えない重傷な姿だ。

 当然負けるはずがない。
 
 なのに、

「大体昔の戦争なんざ知らねーし、ディンバーは俺の身内に手を出したから相応の報いを受けてもらっただけだ。
 お前こそ正義とか言いながら人質とったり、知りもしねーでじじいの事を口にしたり……下らねぇ事してんじゃねぇよ」
「………っ」

 体の震えが、止まらない。

「覚悟しろよ」

 幾度か戦ってきたはずのロイド。

 それらの戦いで相対した中で最も傷だらけの彼。
 だが、かつてなくその瞳に宿る鋭い光に、知らずコウの足が一歩後退した。

コメント

  • 330284 ( ^∀^)

    この後のロイドの所泣けますね〜

    0
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