魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

109 決着

 次で決める。そう宣言したロイドだが、内心では厳しい状況だと歯噛みしていた。

 先程のタイミングで放った『斬空』さえ回避されたのだ。魔力の限界も遠くないので『剛魔力』の展開を最小限にして『神力』に切り替えてはいるものの、その『神力』もそう長くは保たない。
 理想を言えば『神魔混合』で広範囲を対象にした『斬空』で逃げ場も与えずに攻撃したいが、先程の動きを見るに平面での範囲指定しか出来ない『斬空』では最悪回避されかねない。

 ならば、無駄打ちはこれ以上は出来ない。

「ふぅ……」

 体の痛みを追いやるように意識を集中させるロイドは、頭の回転を極限まで高める。

 アドバンは『神隠し』を警戒して『纏剣』と接近戦で来る。ならば、

「来いよ、首半分切れた自称魔王さん」
「くだらん挑発だな。……まぁいい」

 アドバンとしても、実力はともかく珍しい力を次々に示すロイドに機嫌を良くしていた事もあり、それが自ら攻める余裕がない故の挑発と分かりつつもそれに乗った。
 先程と同じく高速で間合いを詰め、その速度を最も活かす刺突を放つ。

「『震天』!」
「む……がっ?!」

 それに対して、ロイドは空間魔術『震天』で迎え撃った。
 指定した範囲の空間を無造作に、かつ強烈に震わせる事でその空間に内在する物質に衝撃を与える魔術。

 例えば花火を見ていた時に腹を叩くような振動を何千、何万倍にもしたようなそれに、アドバンは息を詰まらせて足を止める。
 全身を激しく揺さぶる衝撃に、ほんの一瞬だけ意識を遠退かせる事に成功した。

「〜〜っ」

 出来ればこれで気絶までもっていきたかったが、やはりと言うべきかそうはいかない。
 とは言えアドバン程強靭な肉体を足止めさせる程の一撃。代償としてロイドとしても大量の『神力』を要した。
 それ故にトドメの『斬空』を放つまでの溜めに一拍の時間を必要とする。

「っが……!」

 その間に早くもアドバンが我に返った。
 その事に内心で盛大に舌打ちしつつも、焦りを抑えて少しでも早くと空間魔術を組み上げていく。

「や、ってくれたな!」
「『斬…』」

 意識が途切れていた事に気付いたアドバンは、その表情に目に見えて分かる怒りを滲ませて拳を振り上げる。
 意識が飛んだ間に『纏剣』は霧散していたが、しかし今の満身創痍のロイドにとってはアドバン程の膂力で放たれた拳であっても死に瀕するには十分すぎた。

 回避しても次はなく、そもそもその余力も殆どないロイドは、そのまま『斬空』の発動に踏み出る。
 どちらが先か、とお互いが攻撃を繰り出す瞬間。


――ズンッッ!

「な……っ!」
「く……?!」

 足元が崩れた。

 先程の『震天』に相当の『神力』を注いだ結果、座標の収束が甘く足元にまで至ったが故の事だ。

 さすがのアドバンも予想外だったのか、攻撃を中断して足元を見やる。
 ロイドも足元が崩れた事で視界がブレ、座標の指定が困難となり『斬空』の発動に踏み出せない。
 
 そしてお互いのその一瞬の躊躇を待つ事なく、2人は校庭から地下へと落ちていった。






「まったく、お前との戦いは予想外な事ばかりだな」

 落ちた先は、広いスペースが確保されて整えられた空間の中心にステージのような台が設置された場所。そのステージのほぼ中心だった。
 瓦礫を『無明』で消し去って立つアドバンは、再び『纏剣』を発動しながらロイドへと歩を進める。

「はぁ、はぁ…」

 落下の衝撃か、先程までよりもか細い呼吸となっているロイド。足元には傷が広がったのか血の海が出来ている。
 幸運にも瓦礫から外れた場所に落ちたのか瓦礫の範囲から外れ、丁度ステージ中心に設置された突起のような台座にもたれかかるようにしてなんとか立っている状態だった。

「貴様はよくやった」

 全身を血で濡らし、それでも膝をつかんと台座の頂点にある球体に両手をついて踏ん張るロイドに、アドバンは今度こそ素直な称賛の言葉を送った。

「一思いに殺してやる」

 そして、楽しませてもらった礼にと、『纏剣』に魔力を存分に込める。
 触れれば一瞬の停滞もなく万物を斬り裂く名刀と化したそれを、最後の一歩と共にスッと持ち上げた。

「では、死ね」
「ま、だ、早いわ」

 最期の宣告。
 それに、ロイドは耳を澄ましていなければ聞こえないようなか細いで声で否定し、

「な……!」

 そのもたれかかっていた台座の頂にある〝ガラスのような球体〟、その中心に刻まれた魔法陣から放たれた強烈な光にアドバンは一瞬視界を白く染められ、ロイドを見失う。

「………なんだ?光っただけか?」

 だが、光が収まり視界が再びロイドを捉えるが、先程までと変わらずにただかろうじて立っているだけのロイドと、無傷の自分。

「ふむ、まだ何かやってくれるかと期待したが、どうやら最期は下らない子供騙しだったようだな」

 そう呟き、振り上げていた『纏剣』を振り下ろさんと力を込めて、

「……っ?!なんだこれは!?」

 体が動かない事に気付いた。

「はぁ……どう、やら……こっちの方が、俺と相性が、良いら、しいな……」

 そんなアドバンに小さく告げーーと言うよりは、独り言のように呟き、ロイドはふらりと台座から手を離した。
 ふらふらと今にも崩れ落ちそうな様子で一歩、アドバンへと左足を踏み出す。

 子供のロイドの腕の長さでもアドバンに届く間合いへと遅々としてだが踏み込んだロイドは、もはや血に汚れていない箇所が無い程に痛々しい右腕をすっと半身になりながら引き絞るように脇に畳み込む。

「ま、待て!なんだ、これは?!」

 もはや空間魔術を使う程の処理能力が無いのは、焦点がブレ始めているロイドの目を見れば明らか。
 即ち『斬空』という切り札も無く、風魔術程度では即死には到底及ばない肉体を前にロイドの打つ手はないはず。

 なのになんだ、この悪寒は。

「これ、な……時魔術、の、魔法、陣…なんだよ」
「と……っ?!かの真の魔王の……!ならばこれは!」

 構えた拳になけなしの力を込めて握りしめ、ずっと腰を落としたロイドが呟く。

「指定、範囲…が中途、半端で、首は止ま、ってない、みたいだ、けどな」
「お、俺の体の時を止めたのか……!」

 そう理解したアドバンは、ついにその表情から余裕を消し去る。
 
 満身創痍のロイドが、何をしようとこの肉体を傷つける事は出来ないと理性が叫ぶのに。
 もはや魔術のひとつも放てない程に、意識も、そもそもの余力も無いはずなのに。


 本能が、死の警告を止めてくれない。
 

「こ、れで……終わりだぁああっ!!」

 途切れ途切れな口調をかなぐり捨て、血と共に吐き出された裂帛の気合。
 それに呼応するように、ロイドの体から溢れる白金と碧の光。

「や、やめろっ……!」
「『神魔混合・崩月』うぅぅぁあああっっ!!」

 血に染まる顔から覗く金の瞳を鋭く煌めかせ、白金と碧を束ねた緑銀の光を拳に乗せて。
 振り上げられた拳から天へと向かって一直線に貫かれた光。
 煌めく光の柱は地上の学園を更に越えて、戦場の王都のどこからでも見える程に高々と天を衝いた。

「………」

 そしてその天衝く光の根、拳の先にあったアドバンの首は、

――ドサッ

 『斬空』で斬れかけていた残りを貫かれ、静かに地に堕ちた。

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