魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

108 魔王候補との戦い

「クレア、あとどんくらい?」
「……すいません、あと1分ください」

 少し時間は遡り、黒い弾幕の中で交わしたそんな会話から丁度1分。

「『氷華・連』!」
「『蒼炎』っ!」

 目の前に鮮やかな蒼と、それを照らす透明の氷が顕現するも、それが全てを飲み込まんとする黒に徐々に浸食されて消えていく。
 ロイドはその光景を見届ける事なく静かに瞑目。

「全く、これでもダメとはね」
「ほんと嫌になるわ」

 兄と姉の吐き捨てるような言葉を耳にしながら、さすがに慣れてきた詠唱を叫ぶ。

「『魔力増幅』っ!」
「『神隠し』!」

 瞑目していた紅い瞳をカッと見開いて、僅かに回復した魔力を全て使って『魔力増幅』を発動するクレア。
 それを受けた瞬間に、その碧の瞳と同じ色の魔力を体から滾らせるロイドが放つ、空間魔術『神隠し』。

「……な、に」

 その瞬間、黒い靄は消え去り、その奥に見えるアドバンはこちらを丸くした目で見据えていた。

「……はぁ、よくこんな強引な方法で成功したわね」

 魔力枯渇になりかけて膝をつくエミリーが表情を歪めつつも、辛さを表に出さないような声音で言う。

「よく我慢したね、2人とも」

 似たような状態のフィンクは、しかし脂汗を浮かべつつもいつもの微笑みを浮かべて言葉を送る。

「いや、ギリギリ間に合わなかったけどな。おかげで助かったわ」
「ありがとうございます」

 これまた同じく魔力枯渇となったクレアを優しく下ろしながら言うロイド。

 そう、この一瞬だけに賭けた回避劇は、かろうじて成功したのだ。

 アドバンが言うように魔力の少ないからとクレアを選んだのではなく、魔力との親和性が高く回復が早い、それでいて『魔力増幅』という逆転する為の起爆剤を有するクレアに回復を務めさせ。
 『魔力増幅』の性質である『対象の魔力の倍加』にあたるロイドの魔力を少しでも残そうと風魔術を併用した高速移動は封じて消費のない身体魔術だけを使い。
 そしてトドメに魔法を切り替える僅かな隙を突きーーこれには間に合わず、兄姉によるフォローがあったのだがーー『剛魔力』を用いて空間魔術を発動させた。

 何故『神力』を使わなかったか。
 それは単純に、魔力の延長である『剛魔力』の方が扱いやすく、それ故に発動速度も早いからだ。

 また、クレアの助力あっての『剛魔力』からでないと繋げられない状態もあり、それを視野に入れての策でもある。

「……ほう、『剛魔力』か。破壊魔法といい混合魔法といい、珍しいものを見せてくれる子供達だ」
「おかげさんで。さて、そろそろ反撃させてもらうわ、自称魔王」
「ふん、口の減らない」

 そう吐き捨てながら放たれる無数の『無帰』。
 先程までと同じ光景を繰り返そうとでも言うのか、それとも小手調べか。しかし、それらはあっさりと消え去る。

「『神隠し』」
「……勘違いではなかったか。まさか、幻の魔術を扱うとはな」

 どうやら小手調べの方だったようで、アドバンは納得したように、しかし微かに隠し切れない驚愕を宿した声で呟く。

「時間がないんだ、一気にいく。――『斬空』!」
「っ!?」

 文字通り一気に片をつけんと放たれた最大の魔術。
 空間ごと斬り裂く魔術を、アドバンの首目掛けて放った。

 しかし、内包魔力の高さ故に。干渉する空間に存在する魔力が高すぎれば効果が弱まるーー地竜にも起きた現状が、アドバンにも起きた。
 結果、首を両断するには至らない。だが、浅黒の肌を勢いよく流れる程には深く斬り裂くごとには成功した。

「ち……ふざけた魔術だ。『黒雨』」

 忌々しそうに呟きながら放たれた中級破壊魔法『黒雨』により、上空から数えるのも億劫な破壊の雨が降り注ぐ。
 本来ならば範囲魔法にて相殺するしかない魔法だが、アドバンのそれはもはや必滅の域にある。

「っ、『神隠し』!」

 しかし、空間魔術の敵ではない。
 先程の斬空と違い、その一帯の空間を単に切り離すだけの単純な魔術は、対象魔力が切り取る空間のラインに被りさえしなければどんな大魔法とて隔離出来る。
 そして、切り離してしまえば魔力供給は絶たれて魔法は霧散する。

 対魔法の絶対防御とも言える『神隠し』。
 だが、

「なるほど。便利な魔術だな。ならこれならどうだ?――『纏剣』」

 三度も見てアドバンもその仕組みを理解したのか、戦法を切り替えてきた。
 破壊魔法を腕の周りに纏うように展開して剣の形に形成する中級破壊魔法『纏剣』。

 接近戦での使用が中心となり、飛び道具としては使われないそれは、確かに『神隠し』には不向きな魔法だ。
 例え腕ごと『神隠し』を施したとしても、供給元である肉体の一部である腕も一緒に隔離してしまえば魔法は霧散しない。更に、あくまで一時的な隔離でしかない為に拘束としての目的で見ても消費魔力に対して考えれば効果は弱い。

「だったらそれより早く切り落としてやるよ」
「空間魔術の攻撃――『斬空』か。何度も当たると思うな」

 ならばと守りを捨てて攻勢に出る覚悟を決めたロイドに、アドバンは鼻で笑う。
 そんなアドバンの余裕を崩すように、ロイドは鋭い視線を首に向ける。

「『斬空』!」

 空間を揺らして放たれた不可視の斬撃。だが、すでにそこには虚空のみがあり、アドバンの姿は無い。
 発動と同時に発生する斬撃を回避するという離れ技をやってのけたアドバンに目を見開くロイドに、

「遅いな」
「なっーーがっあ!」

 回避された上にカウンターとばかりに『纏剣』で胴を袈裟斬りに裂かれた。

「ごほっ、がっ…!」

 内臓にも届いたのか、大量の血を吐くロイドに、アドバンは容赦なく追撃を仕掛ける。

「ぐ…っ!」

 それをどうにか転がるように回避し、風魔術を用いた高速移動で間合いから逃げる。

「しぶとい子供だ……が、限界だろう。楽になれ」
「げほっ……ぺっ。うる、せぇな、それは俺が、決める事だ」

 喉に詰まった血を吐き捨てて、息も絶え絶えに言葉を突き返すロイド。
 
 だが、誰がどう見ても満身創痍である。実際気を張っていなければすぐにでも意識を手放しそうだ。

(まずい……良いのもらっちまった。長くは無理、どころか今にも倒れそーだ…)

 今すぐ横になってルナの治癒魔法を浴びながら寝たい。
 当然そうはいかないので、意識が保つ事を信じて後先なく力を捻り出すと決める。

「往生際の悪い。もういい」

 首から流れる血を意に介さないで構えるアドバン。
 それをロイドは焦点を必死に合わせながら睨みつけながら、意識を集中させる。

 アドバンは言葉の通り、もう言葉はないと無言で駆け出す。高い魔力を存分に使った身体強化によるものか、その速度はロイドの風を使った高速移動にも及ぶ程。
 しかし、スピードファイターのロイドはしっかりとそれを目で追い、体から溢れ出す『白金』の光をもって叫ぶ。

「『斬空』!」
「っ!」

 カウンターの要領で放たれた『斬空』。
 カウンターといってももはや相打ち狙いとも言える捨て身のそれに、しかしアドバンは付き合う事はしなかった。
 
 即座に座標から外れるように体をスウェイの要領で倒して回避し、バックステップで距離をとる。単純な速さ以上に身のこなしが凄まじい。
 慣性に負けない切り返しの回避にロイドは舌打ちを禁じ得ない。

「貴様、それは……」
「ちっ、クソが、なんつー、速さだ、っての」

 意識を保つのも厳しくなってきて言葉が途切れ途切れなロイドに、アドバンは目を瞠っていた。

「けど、次で、決める……!」
「……『神力』か。全く、面白い物ばかり見せてくれる子供だ」

 覚悟を決めて白金の光を立ち昇らせるロイドの金の瞳を見て、アドバンは実に魔王らしい、凶悪な笑みを浮かべた。

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