魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
107 王の戯れ
叩きつけられた風により土煙が舞う。それに追撃するでもなくそれぞれ自分の間合いーーよりも少し距離をとるように散開した。
「つってもよ、どうするかねこいつは」
土煙の奥には何事もなかったかのように魔力を練り続ける気配を感じる。
先程手も足も出なかった赤竜。それにも劣らぬ威圧感を放つアドバンに、攻める切り口さえ見出せないと動き出せずにいるグラン。 それは他の者達も同様であり、下手に動けないと身構えつつ、いつでも動けるように魔力と身体に力を込めている。
そうしている内に、土煙が晴れた。やはりと言うべきか、変わらぬ姿で立つアドバンにロイドは内心で舌打ちする。
「来ないなら、こちらから行くぞ」
この膠着状態を見かねたように告げると、アドバンの周囲におもむろに黒い球体が無数に浮かび上がる。
「これは……」
「破壊魔法『無帰』か」
初級破壊魔法『無帰』。もっとも基本的で簡単な破壊魔法。
中級のように形状が特殊だったり、上級のように性質が向上したりもしない、ただ込めた魔力と同じ分だけ対象を破壊する魔法。
「だったらこっちも……!」
対抗するように、ラピスも同量の『無帰』を放つ。それを見たアドバンは、愉快そうに頬を吊り上げた。
「ほう、人族が破壊魔法とは珍しいな。だが」
「え?っ、きゃあっ!」
衝突した『無帰』は、しかしアドバンのそれだけが残った。さらには殆ど相殺されていないようにさえ見える様子で、そのまま黒い球は一同へと襲い掛かる。
特に撃ち合ったラピスに多く殺到する『無帰』に、ラピスは思わず悲鳴を上げた。
「ちっ」
咄嗟に土壁をラピスの前に展開するグラン。
「違う!避けろっ!」
だが、それよりも僅かに速く動き出したロイドがラピスの腕を掴んでグランへと投げつけた。 次の瞬間、土壁をまるで紙のように貫いて突き進む『無帰』。
「なっ……!」
「気ぃつけろ!アホほど魔力込めてるぞあれ!」
「先程からだが、言葉には気をつけろ。人族の子」
言葉と共に再び間髪入れずに放たれる『無帰』の弾幕。
先程の攻防を見て防御魔法を捨てた一同は、身体強化を全力で施して回避にまわる。
破壊魔法は相殺出来る。この一点が破壊魔法への対策だったが、こうも魔力を込められてはそれすら叶わない。
迎撃も防御も出来ない、まさに圧倒的な破壊を撒き散らす黒い球に、ロイド達は回避しながらも徐々に散開していく。
「キリがないわね…!」
「全くだ。どんな魔力量をしてるんだ」
しかし、狙いを散らせようと距離を取っても、それに合わせて『無帰』の数を増やすばかりで反撃の余地どころか隙すら生まれない。
たった一人でまるで軍隊を思わせるような弾幕。更にはひとつひとつが必殺と呼べる凶悪な代物。
なるほど、確かに魔王候補に相応しいバカげた力だ。
このままでは、初級魔法相手に反撃すら出来ずに力尽きてしまいかねない。
「まずいね、魔力が……」
「もう、どうしろってんのよ?!」
回避すら精一杯。もしかしたらアドバンがあえてギリギリ回避出来る弾幕を放っているようにさえ思える状況。
もしかしなくてもそうだろうが、それに文句を言える状況ではない。さすがのロイドも悪態は我慢している。
もし弾幕を増やされれば即終了となりかねない状況で、ロイドとフィンク以外のメンバーは魔力の底が見え始めてしまう。
ロイドの身体魔術は循環させる事で消費を無くしているが、身体魔法はそうはいかない。放出する形ででの一方通行なので、時間とともに消費していく。 それは大量の魔力量と操作に長けて無駄のない運用をするフィンクも同じで、いつまでも保つ訳ではない。
「限界か?ならば終わらせてやろうか」
「あ、もうちょっとお願いしゃす」
アドバンの宣告にロイドが待ったをかける。
だからといって打開策がある訳でもないが、死ぬのは御免だ。
焦る頭でどうにか打開策を模索するロイドが思い付いたのは、苦肉の策。
「よっ!ほっ、ふっ」
ロイドは弾幕を回避しながら移動していく。それをアドバンは感情のこもらない視線で眺めているだけだ。
(あの余裕かましてる間に、どうにか……!)
そうして移動した先に居たのはクレアだ。
度重なる『魔力増幅』でこの中で最も魔力を消費しているクレアを掴み、強引に背中に乗せる。
「せ、先輩……?」
「少しでも魔力を回復させろ!」
疲労で息を切らせるクレアに吐き捨てるように言うと、クレアを抱えたまま弾幕の回避に務める。
おんぶされた状態で致死の攻撃の中右往左往されるという生きた心地がしない環境に置かれたクレアは、しかし何も言わずにロイドに体を預けて目を閉じた。
「はっ、魔力が尽きそうな小娘を庇うか?健気だな」
「そう思うならどうぞ一旦休憩にしませんか?!」
叫ぶロイドにアドバンは薄く笑うのみ。
当然だが全く聞き入れるつもりのない様子にこめかみに青筋を浮かべつつも、人一人抱えて死の弾幕を掻い潜る。
が、やはり一人で回避するようにはいかず、
「ぐっ……!」
「ロイド!」
一発の『無帰』がロイドの腕を掠める。抉られたように消滅した傷口から、浅いとは言え少なくない血が流れてゆく。
「どうした?もう少し続けたいと言ったのは貴様だろう」
「はいそーでーす!」
少し、いやかなりヤケッパチに叫びながら体勢を整えて逃げ回るロイド。しかし、
「がっ……つぅ……っ!」
少しずつ被弾していく。
脚に受けていないのは幸運か、ロイドがそこだけは避けたのか。とにかく回避の速度は落とさないようにしているが、顔から胴体、腕と上半身の至る箇所から血が流れる様子は実に痛々しい。
「はぁ、はぁ…っ」
「ロイド、逃げるんだ!」
ついには目に見えて息が切れ始めるロイドに、カインが叫ぶ。
だが、その返事すら辛いのか何も返す事なく、しかし背中を向ける事なくクレアを抱えて駆け回る。
「なかなか頑張るじゃないか。……だが、流石に飽きた。終わりにしよう」
「く、そ……!全員、一斉攻撃だ!」
ロイドを愉快そうに見ていたアドバンが溜息混じりに告げる。
それを憎々しげに睨み、最期の足掻きとばかりに指示を出すカイン。
アドバンは弾幕を止め、軽く一呼吸。
その呼気に混えて漏らすような小さな呟き。
「『無明・散』」
その投げやりな詠唱に応えてアドバンの周囲に生まれるのは靄のような不定形の黒。
それが、衝撃を伴って爆発的に広がっていく。
物理的な衝撃に加え、当然これにも破壊魔法の性質は含まれている。
「カイン、待つんだ!グラン、とにかく下がれ!」
「了解!」
「なっ?!」
周囲に覆いかぶさるように広まる靄を前に魔法を放とうするカインを掴み、グランへの放るフィンク。
カインを受け取ったグランはさらに近くに居たラピスも掴み、土魔術で地面を隆起させる勢いに乗って素早く後退。
だが、破壊の影響からは逃れられたが衝撃に激しくその身を叩かれてしまう。
一方、カインを放り投げたフィンクは素早く身を翻して駆け出す。
それにまるで打ち合わせでもしていたように、エミリーも同じ方向へと走り出していた。
そして向かう先――ロイドの眼前に二人同時に割り込むように滑り込むと、高めていた残り少ない魔力を根こそぎ注ぎ込む。
わずか1秒程の間の目まぐるしい立ち回りの末、アドバンに立ち向かうのはウィンディアの兄弟となった。
迫る破壊魔法を鋭く見据えた兄姉が叫ぶ。
「『氷華・連』!」
「『蒼炎』っ!」
オリジナル魔法を二重に放つ2人。
赤竜であっても鱗を貫いて手傷を負わせたであろう攻撃は、靄を削りとっていく。
「全く、これでもダメとはね」
「はぁ、嫌になるわ」
だがしかし、渾身の一撃をもってしても消滅させるには至らない。
諦めたように吐き捨てるウィンディア兄姉に、そして背後の弟とクレアに。
黒い靄が覆い被さった。
「つってもよ、どうするかねこいつは」
土煙の奥には何事もなかったかのように魔力を練り続ける気配を感じる。
先程手も足も出なかった赤竜。それにも劣らぬ威圧感を放つアドバンに、攻める切り口さえ見出せないと動き出せずにいるグラン。 それは他の者達も同様であり、下手に動けないと身構えつつ、いつでも動けるように魔力と身体に力を込めている。
そうしている内に、土煙が晴れた。やはりと言うべきか、変わらぬ姿で立つアドバンにロイドは内心で舌打ちする。
「来ないなら、こちらから行くぞ」
この膠着状態を見かねたように告げると、アドバンの周囲におもむろに黒い球体が無数に浮かび上がる。
「これは……」
「破壊魔法『無帰』か」
初級破壊魔法『無帰』。もっとも基本的で簡単な破壊魔法。
中級のように形状が特殊だったり、上級のように性質が向上したりもしない、ただ込めた魔力と同じ分だけ対象を破壊する魔法。
「だったらこっちも……!」
対抗するように、ラピスも同量の『無帰』を放つ。それを見たアドバンは、愉快そうに頬を吊り上げた。
「ほう、人族が破壊魔法とは珍しいな。だが」
「え?っ、きゃあっ!」
衝突した『無帰』は、しかしアドバンのそれだけが残った。さらには殆ど相殺されていないようにさえ見える様子で、そのまま黒い球は一同へと襲い掛かる。
特に撃ち合ったラピスに多く殺到する『無帰』に、ラピスは思わず悲鳴を上げた。
「ちっ」
咄嗟に土壁をラピスの前に展開するグラン。
「違う!避けろっ!」
だが、それよりも僅かに速く動き出したロイドがラピスの腕を掴んでグランへと投げつけた。 次の瞬間、土壁をまるで紙のように貫いて突き進む『無帰』。
「なっ……!」
「気ぃつけろ!アホほど魔力込めてるぞあれ!」
「先程からだが、言葉には気をつけろ。人族の子」
言葉と共に再び間髪入れずに放たれる『無帰』の弾幕。
先程の攻防を見て防御魔法を捨てた一同は、身体強化を全力で施して回避にまわる。
破壊魔法は相殺出来る。この一点が破壊魔法への対策だったが、こうも魔力を込められてはそれすら叶わない。
迎撃も防御も出来ない、まさに圧倒的な破壊を撒き散らす黒い球に、ロイド達は回避しながらも徐々に散開していく。
「キリがないわね…!」
「全くだ。どんな魔力量をしてるんだ」
しかし、狙いを散らせようと距離を取っても、それに合わせて『無帰』の数を増やすばかりで反撃の余地どころか隙すら生まれない。
たった一人でまるで軍隊を思わせるような弾幕。更にはひとつひとつが必殺と呼べる凶悪な代物。
なるほど、確かに魔王候補に相応しいバカげた力だ。
このままでは、初級魔法相手に反撃すら出来ずに力尽きてしまいかねない。
「まずいね、魔力が……」
「もう、どうしろってんのよ?!」
回避すら精一杯。もしかしたらアドバンがあえてギリギリ回避出来る弾幕を放っているようにさえ思える状況。
もしかしなくてもそうだろうが、それに文句を言える状況ではない。さすがのロイドも悪態は我慢している。
もし弾幕を増やされれば即終了となりかねない状況で、ロイドとフィンク以外のメンバーは魔力の底が見え始めてしまう。
ロイドの身体魔術は循環させる事で消費を無くしているが、身体魔法はそうはいかない。放出する形ででの一方通行なので、時間とともに消費していく。 それは大量の魔力量と操作に長けて無駄のない運用をするフィンクも同じで、いつまでも保つ訳ではない。
「限界か?ならば終わらせてやろうか」
「あ、もうちょっとお願いしゃす」
アドバンの宣告にロイドが待ったをかける。
だからといって打開策がある訳でもないが、死ぬのは御免だ。
焦る頭でどうにか打開策を模索するロイドが思い付いたのは、苦肉の策。
「よっ!ほっ、ふっ」
ロイドは弾幕を回避しながら移動していく。それをアドバンは感情のこもらない視線で眺めているだけだ。
(あの余裕かましてる間に、どうにか……!)
そうして移動した先に居たのはクレアだ。
度重なる『魔力増幅』でこの中で最も魔力を消費しているクレアを掴み、強引に背中に乗せる。
「せ、先輩……?」
「少しでも魔力を回復させろ!」
疲労で息を切らせるクレアに吐き捨てるように言うと、クレアを抱えたまま弾幕の回避に務める。
おんぶされた状態で致死の攻撃の中右往左往されるという生きた心地がしない環境に置かれたクレアは、しかし何も言わずにロイドに体を預けて目を閉じた。
「はっ、魔力が尽きそうな小娘を庇うか?健気だな」
「そう思うならどうぞ一旦休憩にしませんか?!」
叫ぶロイドにアドバンは薄く笑うのみ。
当然だが全く聞き入れるつもりのない様子にこめかみに青筋を浮かべつつも、人一人抱えて死の弾幕を掻い潜る。
が、やはり一人で回避するようにはいかず、
「ぐっ……!」
「ロイド!」
一発の『無帰』がロイドの腕を掠める。抉られたように消滅した傷口から、浅いとは言え少なくない血が流れてゆく。
「どうした?もう少し続けたいと言ったのは貴様だろう」
「はいそーでーす!」
少し、いやかなりヤケッパチに叫びながら体勢を整えて逃げ回るロイド。しかし、
「がっ……つぅ……っ!」
少しずつ被弾していく。
脚に受けていないのは幸運か、ロイドがそこだけは避けたのか。とにかく回避の速度は落とさないようにしているが、顔から胴体、腕と上半身の至る箇所から血が流れる様子は実に痛々しい。
「はぁ、はぁ…っ」
「ロイド、逃げるんだ!」
ついには目に見えて息が切れ始めるロイドに、カインが叫ぶ。
だが、その返事すら辛いのか何も返す事なく、しかし背中を向ける事なくクレアを抱えて駆け回る。
「なかなか頑張るじゃないか。……だが、流石に飽きた。終わりにしよう」
「く、そ……!全員、一斉攻撃だ!」
ロイドを愉快そうに見ていたアドバンが溜息混じりに告げる。
それを憎々しげに睨み、最期の足掻きとばかりに指示を出すカイン。
アドバンは弾幕を止め、軽く一呼吸。
その呼気に混えて漏らすような小さな呟き。
「『無明・散』」
その投げやりな詠唱に応えてアドバンの周囲に生まれるのは靄のような不定形の黒。
それが、衝撃を伴って爆発的に広がっていく。
物理的な衝撃に加え、当然これにも破壊魔法の性質は含まれている。
「カイン、待つんだ!グラン、とにかく下がれ!」
「了解!」
「なっ?!」
周囲に覆いかぶさるように広まる靄を前に魔法を放とうするカインを掴み、グランへの放るフィンク。
カインを受け取ったグランはさらに近くに居たラピスも掴み、土魔術で地面を隆起させる勢いに乗って素早く後退。
だが、破壊の影響からは逃れられたが衝撃に激しくその身を叩かれてしまう。
一方、カインを放り投げたフィンクは素早く身を翻して駆け出す。
それにまるで打ち合わせでもしていたように、エミリーも同じ方向へと走り出していた。
そして向かう先――ロイドの眼前に二人同時に割り込むように滑り込むと、高めていた残り少ない魔力を根こそぎ注ぎ込む。
わずか1秒程の間の目まぐるしい立ち回りの末、アドバンに立ち向かうのはウィンディアの兄弟となった。
迫る破壊魔法を鋭く見据えた兄姉が叫ぶ。
「『氷華・連』!」
「『蒼炎』っ!」
オリジナル魔法を二重に放つ2人。
赤竜であっても鱗を貫いて手傷を負わせたであろう攻撃は、靄を削りとっていく。
「全く、これでもダメとはね」
「はぁ、嫌になるわ」
だがしかし、渾身の一撃をもってしても消滅させるには至らない。
諦めたように吐き捨てるウィンディア兄姉に、そして背後の弟とクレアに。
黒い靄が覆い被さった。
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