魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

106 度重なる脅威

 しばし、誰もが声を失っていた。
 それ程までの衝撃を受け、それを認識する為の時間を必要としていた。

「……いやぁ、とんだ怪獣対決だったな」
「あぁ……まぁ、随分一方的だったけどね」

 その沈黙を破ったのはロイドとフィンク。そんな彼らも、どこか実感が湧かないような、どこか他人事のような口ぶりではあったが。

「それよか、ちょっとしんどいな」
「そうだね、魔力も尽きそうだし」

 だが、話している内に我に返ったようで、現実的な話にシフトしていく。
 2人は徹底的に主観を取り除いて己の状態を確認。

 結果、はっきり言ってこれ以上の戦闘は困難な状態と言えた。

 赤竜の理不尽と形容しても良い苛烈な攻撃を回避したり防いだだけで、魔力を大量に消費していたのだ。
 そこらへんの魔物相手ならともかく、魔族と戦うには心許ない程の魔力残量にロイド達は溜息をつく。

「こりゃあ、申し訳ねーけど戦力派遣どころじゃねーな。休憩だ」
「そうだね。交代しつつ休憩をとって凌ごう。それでいいかい、カイン?」
「あぁ。と言うより、それしかないだろう」

 言いながら寝転がって話す兄弟と、傍に座り込んでいたカインで話をまとめる。
 そして、少し離れた場所に居るクレアとエミリーにも伝えようと上体を起こして顔を向ける。

「……ん?」

 休憩だぞー、と叫ぼうとしたロイドは、2人が目を丸くしている事に気付く。
 先程の古龍の存在が後をひいているのか?と少しからかって緊張を解そうかと考えたロイド。

 だが、それにしてはおかしくはないか?そもそもあの2人はいつまでも固まっているような可愛らしい胆力など持っていない。
 更に言えば、2人の表情はまるで青ざめているようにも見えてーー

「……っ?!」

 そこに至って、ようやくロイドは気付いた。
 いつの間にか、間合いに何者かが居る事に。

「っ!」

 反射的に体を跳ね上げさせて距離をとるロイド。元居た場所を見ると、そこには1人の男が静かに佇んでいた。
 
 浅黒の肌は魔族のそれ。肉体はまるでボディビルダーのように筋骨隆々にして上背もある巨軀。
 長めの漆黒の髪は肩に届く程もありながら無造作であり、その髪から覗く瞳は血のような濁った赤。

 何より、まるで何かを確かめるようにそこに立っているだけなのに、何故ここまで接近されて気付けなかったか不思議な程に底知れない覇気と存在感。

「…………魔王」

 明らかに上位魔族とも隔絶された力に、思い至るはそれのみ。

「……ふん、どうやら予想は当たったか」

 対して魔王と呼ばれた男――アバドンは、集まる視線を歯牙にもかけずに確認を続け、そして十分確認がとれたように肩をすくめて呟く。
 その予想とやらの詳細はともかく、大枠は先程の古龍を警戒しての事だろうとは予想がつく。

(さてどーなんだろーな……また同じ窮地に立てば学園長は出てくるんかな。……でも同じ竜だから出てきただけとか、気まぐれとかでさっきのだけな気がする)

 なんとなくだが、自分の予想が正解な気がしてならないロイド。
 そんな思考を知ってか知らずか、アバドンはその身に宿していた警戒を薄め、ロイド達を見渡す。

「人族の子らか。年端も行かぬ子供達が、よくぞ我が配下を下したものだ」

 手放しの賞賛のようにも聞こえる言葉。
 だが、そこに何の感情も込められていないのは不思議と誰もが理解出来た。

 それよりも、何気なく呟かれているだけの言葉に含まれる悍しいまでの魔力や、そこに居合わせるだけで体が竦んでしまいそうな威圧感に、言葉すら無い。

「まだ王城を落としてはおらんし、城壁の外はむしろ押されているようだ。あまり子供達と遊んでやる時間はないが……まぁ、褒美として少し時間をくれてやるとするか」
「いや、結構です」

 王の戯れ、とでもいった風にロイド達に向き直るアドバンに、即座に拒否するロイド。

「ほう。我を前にして口答え出来る者もいるか」
「いやいや、王の手を煩わせるだなんて恐れ多いなーってだけで」
「遠慮するな。滅多にない機会だぞ」
「いやいや……ってあぁっ!さっきの巨竜がっ!」
「っ!」

 古龍の脅威から解き放たれて安心した為か、それとも性格か。見た目からして前者であろう緩い対応をするアドバンに、ロイドがアドバンの後方を指差して叫ぶ。 そして、己の知覚能力からすれは嘘と分かっていても思わず振り返ってしまうアドバン。

「…………」
「…………」

 当然、指差す先には何もない。こんなにも空は青い。

 澄み渡る青空をしばし眺めて振り返るアドバン。それをなんとなく見るロイド。しばしの沈黙。

「……良い度胸だな」
「お褒めに預かり恐縮の極みにございます」

 小さく青筋を浮かべるアドバンに、いかにも貴族の子息らしい優雅な礼なんかかますロイド。
 
「ってあんた何煽ってんのよっ!?」
「ロイド、礼はもう少し背筋を伸ばさないと。帰ったら母さんに鍛えてもらいなよ」
「おいフィンク、そうじゃない!……ってゆーかお前らまともを司る部分の脳が焼き切れてんのか?!」
「先輩、わたし……先輩の奇行には慣れたつもりでした。でした」
「過去形強調してるねぇ、クレア……うん、でも同感だよぅ」
「だはははっ!お前やっぱバカだなぁ!」

 そんなやり取りに、固まっていた周囲が一斉に騒ぐ。
 それをどう捉えたのかーー言うまでもなく馬鹿にされていると思ったのであろう。アドバンは無言でじわりと魔力を練り上げ始めた。

 それを感じとり、弾かれたように一斉に臨戦態勢に入るロイド達。そんな中で、フィンクがいつもの微笑みを浮かべて言う。

「さて、ロイドのおかげで緊張も解れたことだし、辛いけどちょっと踏ん張ろうか」
「あ、そういう……いやそれでも他に方法はないワケ?」
「はぁ……まぁどっちにしろ戦う感じでしたし、もういいです。ヤケです」

 フィンクの言葉に内心頷きつつも、素直に認めたくないエミリーとクレアはジト目でロイドを見据える。
 そう悪態をつきつつも、肩の力が抜けた事でスムーズに魔力を練り上げる事が出来ている事がなんとなく悔しい。

「こんなんと連戦する時点でヤケになるしかねーだろ」
「そうだね。ちなみに、お師匠様の手助けはありそうかい?」
「死ぬ寸前にあればラッキー」
「それは御免だね」

 フィンクの最終確認も終えたところで、アドバンが口を開く。

「もういいか?特別に王が時間をくれてやるんだ、存分に楽しむがいい」
「さすが王"候補"!ありがとうございまーっす!」

 宣言通りヤケッパチに叫んだロイドは、渾身の風魔術を開戦の合図だと言わんばかりに言葉と共に思い切り青筋を浮かべるアドバンへと叩き込んだ。

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