魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

105 古龍顕現

「くっ、そ……っ!」
「まずい!」

 放たれた真紅の炎に、ロイドとフィンクは必死に魔法を紡ぐ。迫りくる業火の熱と魔力に冷や汗すら蒸発させながら歯を食いしばって魔力を絞り出していく。
 そして展開された氷と風の壁。並大抵の攻撃は完璧に防ぐであろう兄弟二人の魔法は、しかし目の前の業火を前にすれば心許なく削られていく。

「『魔力、増幅』っ!」
「『蒼炎・炎壁』!」

 クレアの『魔力増幅』も限界に近い中、必死に施したそれをもとに放たれたエミリーの『蒼炎』の壁。
 恐らくは現存の魔法師においても最上位の火力を有する『蒼炎』だが、業火に徐々に飲み込まれるように散っていく。

「やべぇな……」
「少しでも削るっ……!」

 冷や汗を流すグランの渾身の魔力を込めた土の壁と、相殺により威力を削がんとするラピスの破壊魔法。

「ったく、魔力を溜める時間もないか…!『炎壁』!」

 赤竜を撃たんと練り上げていた魔力を炎の壁に変え、エミリーのそれと混ぜ合わせてより強固にするカイン。

「ゴァアアアァアアッッ!!」
「なっ……?!」

 それらと激しく衝突していた真紅の炎はーーついにその全て突き破り、突き進んでいった。

 ブレスという、竜の中でも中級竜以上にのみ許された破壊の咆哮。それは現存するいかなる魔法よりも圧倒的な攻撃力を有する破滅そのもの。

 そんなものを上級竜の上位である個体が放てば、それを止められる魔法など存在しないとさえ言える程だ。

 そしてその死の炎は、容赦なくロイド達や校舎に向かって突き進む。

 魔法を打ち破られた面々は、ただその炎を睨む事しか出来ない。顔を炙る熱に構わずロイドは疲労と忌々しさが同居した表情で吐き捨てる。

「くっそ……!」

「全く、世話の焼ける生徒達だよ」

 そんな時に、どこか胡散臭さすら感じられるような、飄々とした声がポツリと呟かれた。
 誰にも聞かせるつもりがないような声は、しかしロイドの耳には届き、次の瞬間。

――ォォォオオオオオオオ……

 血の底から響くような、天の上から轟くような。どこか遠くで発せられたにも関わらず聞く者の背筋を凍らせる、底知れない重々しさを含む何か。

 瞬間、ロイド達の視界が黒く染まった。

「………っ!?」

 否、巨大な何かが、天から降り注ぐ太陽の光も、死を与えんと迫る炎の目を灼くような光も遮って落ちてきたのだ。

 誰もしもが考えるより先にその巨大な影を落とす何かの大元を見ようと顔を跳ね上げさせてる。

「……な、んだこれ…」

 だが、見えない。
 ぼやけて、とか。隠れて、どかではない。単純に、視界一面に黒い影が覆っていたのだ。

 だが、良く見るとその巨大な何かやロイド達の前に落ちてきた巨大樹の如きものには、鱗のような物がびっしりと張り付いていた。
 光の当たり具合で違った色にも見えるそれは、恐らくは黄色の鱗。

「グゥゥウウ……!」

 それを前に赤竜は警戒するように後退る。否、見間違いや勘違いでなければーー怯えて逃げようとしている。

「もしかして……竜なのか?」

 そんな中、らしくもなく呆然としつつも呟いたのはフィンク。その声を同じく呆ける頭で聞いたロイドは、ふと思い出す。

「………古龍?」

 その存在に至る方法も理由も、そもそも存在さえも殆ど認識されていない幻の存在。
 だがそれにロイドは出会っているではないか。そう、この学園で。

「……となると、これ……学園長?」

 そう思えば納得がいくし、幻聴かと思った声も説明がつく。が、そうなると今度はいっそ乾いた笑いが溢れそうになる。

 空を見上げる。雲の中にその巨大という言葉すら生温い巨軀を隠し、あるいは所々で堂々と晒すそれは、西洋のドラゴンといった竜種と違い、東洋の龍といった蛇型のような姿に見える。
 全長は優に単位をキロメートルの次元にしているだろうそれは、もはや生物という枠組みに収めて良いのかすら悩ましい。

「は、はは……」

 とりあえず乾いた笑みを口から出してみるも、張り付いた喉のせいで苦笑いのようにしかならなかった。

――ォォォオオオオオ……

 まるで黒い雲から放たれる雷鳴の予兆のような低い唸り声。
 その声に、赤竜はついに後退を始める。

「グゥゥウウ……」

 だが、自らの後退に気付き、それを恥じるように唸る赤竜。
 そして下げた脚を一歩前に踏み出し、上空を睨みつける。己のプライドだけを背に踏ん張る赤竜。

 ロイド達の前に落ちてきていた巨大なそれが天へと戻っていく。
 それにつれて全容が視界に収める事が出来たロイド達は、そこでやっとそれが古龍の腕だった事に気付けた。

「グゥゥウウッ………ゴァアアアァアアッッ!!!」

 その腕を追うように、あるいは天に挑むように。赤竜は先程のブレスを上回りかねない破壊の咆哮を上空へと撃ち放つ。

 真紅の炎が放たれる余波で校舎は揺れ、熱波はグランドを灼く。
だが、

――オオオオッ

「うおっ!」
「くっ……!」

 短く、されど雷鳴の如き激しい咆哮。
 空間が揺れ、大地そのものが揺さぶられるような衝撃と圧力に、ロイドやフィンクでさえ立っている事すら叶わず、その場の誰もが手や膝をついて地に伏せられる。

「ギャォオオオァアアッ!」

 それと同時に天から降り注ぐ黄金の光。
 その光の柱に回避も出来ずに捕われた赤竜は、その威容に相応しくない悲鳴を上げた。そのまま抜け出そうともがく間も与えられずに光に呑まれる。

「……すごい」

 誰かの呟きは、しかしそれ以上形容する言葉が見つからない言葉でもあった。その視線の先で、赤竜が居た場所を見やる。

 赤竜が叫んだ悲鳴は彼なりの最後の抵抗だったのかも知れない。
 恐らくどんな生物が同じ攻撃を受けても、断末魔のひとつすら放つ事なく消滅していただろうから。

 それを示すように、黄金の光柱が消えた校庭にはーー巨大で底が見えない、深い穴だけが残っていた。




「なんだとっ?!」

 その破壊の余波は、アバドンにも当然届いていた。
 
 魔国にて戦力を集めていた際、紛れ込んだ赤き竜。
 多くの配下を一瞬にして消し去る猛威を、アバドンは数日に及ぶ激しい戦いの末に制した。
 そして、それ以降は魔族軍でも別格の戦力として配下としていた、自身にも並ぶ強力な存在。

 それを、まるで赤子の手を捻るように屠る存在。そんなもの、この世界に存在するのか。

「…………」

 退くべきか。当然、退くべきだろう。
 だが先程まで放たれていた周囲一帯ごと覆うような威圧は、まるで夢幻のように霧散していた。その力の持ち主の行き先を辿ろうにも分からないほど、綺麗さっぱりと。

 考える。
 先程の威圧感は、慣れ親しんだ感覚に似ていた。それは赤竜の気配であり、つまりは同じ竜種だったのではないか。
 そして、もしそうなのであれば、先程の攻撃は同族同士の諍いではないのか。

 竜種とは群れる事なく縄張り意識もある。故に、学園またはこの王都を縄張りとした竜の逆鱗に触れたという可能性もある。
 それがどこに居たか、どこに行ったのかは分からない。だが、もし単純に王国側の戦力ではなくただ縄張り争いをしただけならばーーこうして自分や、配下である魔族軍が無傷である事も説明がつく。

「……まだ、退くには早い、か?」

 魔族の王にならんとする彼をして歯切れの悪い言葉。
 それも仕方ない事だろう。もし先程の存在が牙を剥けば、例えアバドンであろうとひとたまりもないのだから。

 しかし、それでもやはり彼は魔王候補の一角。このまま退き下がるのはプライドが傷つく。
 しばしの逡巡の末、自分の推測が正しいかを確かめんと飛翔する。

 巨大な穴と、その周囲に疲弊した人間が居るだけの戦力としては木端に等しいであろう、学園へと。

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