魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

104 赤竜

 上級竜。別称、色竜。
 竜種という魔物でも別格の種族。その中でも最高峰の存在に与えられた呼び名。

 竜はその強靭な肉体と生命力、そして飛行能力が厄介な魔物だが、種族によっては成長するにつれそこに魔法が加わる。
 それにより、ブレスという魔力を起点とした自然現象と魔法的現象の両性質を併せ持つ破壊的な咆哮をはじめ、魔力を帯びた攻撃や単純な魔法を使うに至る。

 そのような戦力を内包する竜を、人族は中級竜と呼んだ。
 そこに至らぬ下級竜とは一線を画す中級竜は、ひとつの都市であれば単体で殲滅する戦力を有しており、人の手に負える存在ではないとされる。
 まさに厄災と呼ぶに相応しい存在だ。

 そして、そこから更に成長を遂げた極一部の竜が、その頂へと至る。
 上級竜という、天災の如き理不尽な存在へと。

 その力は、人族最高峰の剣士である『剣神』と最高位の魔法師のタッグをも退けかねない力を有している。それをフェブル山脈にてロイドとエミリーはその目で見ていた。
 そして、種族は違えどその時の竜よりも一際大きな身体を見るに、その時の黒竜に勝らずとも劣らぬ力があるのか明らか。

「いやぁ、近くで見るとシャレになってねぇな」
「地竜が可愛く見えます……」

 その天災を具現化したかのような威容に頬を引き攣らせるロイドとクレア。
 それは他の者も同様であり、あのフィンクでさえ微笑みを消し去って鋭い目付きで赤竜を見据えていた。

「全く……僕達の任務は魔族から学園を防衛する事だと思っていたんだけどね」
「そうね。上級竜対峙だなんて聞いてないわ」
「安心しろ、俺もだ。終わったら父上に文句を言ってやる」
「無事終わればな。そん時は俺も行く。いややっぱ王様に文句は辞めとく」

 愚痴るように吐き捨てるフィンク達。その眼前で、赤竜は校庭へと降り立った。
 巨大な校庭が狭く見えてしまう程の巨軀。学園にいる騒ぎ立てていた誰もが、蛇に睨まれた蛙のように口を噤む。

「グオオオオオオォォオッ!!」

 地面に巌のような爪を食い込ませ、ロイド達に向かって咆哮を飛ばす赤竜。
 意図的ではないようだが、漏れ出した魔力が乗せられたその雄叫びは、ロイド達の体を物理的な衝撃を伴って叩いた。

「く……っ!」

 咄嗟に顔を腕で庇うロイド達。
 誰もが死を待つ獲物のように身を強張らせて固まる。中には失禁した避難生徒も居た。しかし、その威圧にも似た咆哮により強制的に臨戦態勢となる者も居た。

「ま、やるしかねーか!」
「そうね。どちらにせよこいつは倒す必要があったわけだし」
「全員でやればいけるさ」

 ウィンディア兄弟だ。素早く魔力を練り上げていき、そのまま魔法と魔術に変換する。

「『氷華・剣陣』!」
「『炎砲』!」
「吹き飛べ!」

 氷魔法による大量の氷剣、溜めが無く『蒼炎』には至らないまでも存分に魔力を込めた極太の炎のレーザー、その炎を巻き込んでより燃え上がらせつつ速度と破壊力を跳ね上げさせる風。
 それらが赤竜の顔に向かう。

「ガァアッ!」

 だが赤竜は短く吠えると右前足でその攻撃を踏み潰した。
 その足元で燻るように炎が鱗を燃やし、氷剣もいくつか潰し損ねて鱗を貫いてはいるが、その巨軀からすれば大した傷にはなり得ないだろう。

「うお、マジか。意外と速いな」
「でかいクセに生意気だわ」
「おまけに硬いね」

 三兄弟は苛立ったように眉根を寄せるも、同時に警戒心を高める。
 そんな彼らに涼やかな声が届く。

「援護します!」
「クレアか、助かる」

 クレアが『魔力増幅』を施そうと魔力を練り上げ、それに備えて魔法や魔術を構成しようとするが、

「ゴァアアアァアアッ!」
「やべ……っ!」

 それよりも早く赤竜が動いた。
 咆哮に呼応するようにその巨軀から次々に赤い炎を全方位に放っていく。

 スキルに集中しようとしていたクレアをエミリーが抱えて飛び退き、フィンクとロイドは風と氷で校舎に放たれた炎を相殺しながら回避する。が、無尽蔵の如き勢いで溢れて出る炎を全て撃ち落とすのは難しく、

「くそっ、逃げろぉ!」

 いくつかの炎が校舎へと迫る。
 それに、今まで天敵を前に息を潜める小動物のように黙り込んでいた校舎内の若者達は一転して悲鳴を上げた。

「やらせるかぁあ!」
「させないよっ!」

 だがそれらは校舎へと届きはしなかった。
 グランの土壁と、それを貫いた炎はラピスの破壊魔法で相殺する。

「っぶねぇ……」
「まずいね、これは……」

 いまだ降り注ぐ炎を回避しながら反撃の糸口を探るロイドとフィンクは、しかし状況の悪さに歯噛みする。
 ただでさえ戦力を合わせてやっと討伐出来るか否かという相手を前に、校舎を守りながらとなるとあまりにも厳しかった。

 2人の脳裏に、ジリ貧という言葉が過ぎる。

「一気に攻めるしかないかな」
「クレアの『魔力増幅』で一斉攻撃、とか?」
「おまけに各自全力で、だね。そんな時間をくれるか分からないけど」

 言うまでもなく許してはくれないだろう。
 赤竜は炎からちゃこまかと逃げるロイド達に苛立ったのか、火魔法の炎の雨はそのままに、その塔のような前脚を持ち上げ、横薙ぎに振るう。

「うぉあっ?!」
「ロイドっ!」

 その豪腕をどうにか回避したロイドだったが、それに伴う爆風に体をさらわれて吹き飛ばされた。かろうじて受け身はとるも、勢いは止まらずに校庭の壁へと叩きつけられる。

「グオオオオッ!」
「ロイドっ……ちぃ!」

 一匹目。そう言っているかのような咆哮と共に降り注ぐ炎をロイドへと集中して放つ赤竜。
 フィンクが慌てて『氷華』を盾にせんとロイドと赤竜の中間に放つが、しかし間に合わない。ロイドも叩きつけられた衝撃から意識を取り戻すが、回避は間に合わない。

「『魔力増幅』!」
「『風壁』!」

 ロイドの焼き尽くさんとする炎を、増幅された魔力を惜しみなく注ぎ込んだ風の壁が散らした。
 赤竜が魔力の出所を探すように視線を向けると、クレアがエミリーに、エミリーがロイドの方へと手を翳している。

「ゴァアアアァアアッ!」

 仕留めたと思った攻撃が通らずに余計に機嫌を損ねたか、赤竜は更に魔力を練り上げて叫ぶ。
 そして、口内から溢れるように見え隠れする真紅の炎。

「まずいね、ブレスか……!」
「おいおい、なんつぅ魔力だよ。正直防げる気しねぇぞ!」

 その炎の放つ圧力に防御に適した魔法と魔術を持つフィンクとグランも頬を引き攣らせる。
 回避はもしかすれば可能かも知れないが、向きがまずかった。

「撃たれたら……校舎ごと吹き飛ぶねこれ。させる訳にはいかないな」
「くそ、やらせるかよ赤トカゲが!」

 咄嗟に攻勢に出たのはフィンクとロイド。

「そのデカい口閉じとけぇ!」
「『氷柱』っ!」

 その顎を閉じさせんと上空から風の鉄槌を振り下ろし、下方から氷の柱を突き上げる。 だが、それは一拍間に合わず、

「ゴァアアアァアアッッ!!」

 学園周辺を真紅に染め上げる程の巨大な炎が放たれた。

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