魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
100 城壁外の戦い
「グオオオオオオッ!」
天から堕ちる咆哮は、まるで空間を攪拌したかのような衝撃を伴って兵士達へと降り注いだ。
その巨大な顎から放たれた炎は我らが王の炎を散らし、その巨軀はまるで王国の未来を暗示するかのように巨大な影を落とす。
「な、なんで竜が……?!」
魔族と魔物は別だ。そして、魔物の頂点の一角である竜はたとえ魔族であっても共に行動するなど有り得ないとされてきた。
種族にもよるが基本群れる事はない竜が、まるで兵のように軍に混じるなど聞いた事もない。
言葉を失う兵達の前、魔族との中間地点にズゥンと重々しい音を立てて着地した竜。
全長は尻尾まで入れれば50メートルはあろうか。ここにゲイン盗賊団と戦った一団が居れば、かの黒竜よりも一回り大きいその姿に目を瞠った事だろう。
赤く荒々しい鱗に真紅の瞳を持つ竜は、人族の誰が見ても明らかに『上級竜』に分類される竜だと分かった。それも、その中でもかなり強力な個体である。
色竜とも別称される事から、この竜は赤竜と呼ぶべきだろう。
「我のペットだ。どうだ、驚いたから?」
そりゃもう心底びっくりしましたよー、なんて口に出来る胆力を持つ兵士は居なかった。 それも仕方ないだろう、厄災とされる中級竜の上位、その中でも見てわかる程に最高峰の力を有するであろう巨大な赤竜。
国単位での総力戦さえ視野に入れるような化け物が、魔王軍という脅威と共に現れたのだから。
「とは言え、こいつばかりに暴れさせては兵達もつまらんだろうからな。まずは別の仕事だ」
アドバンが悠々と話す間も、上位魔族達は次々に王都へと飛び込んでいく。
しかし、それを追わんと竜に背中を向ける事も出来ない。
「赤竜よ、背中を貸せ。下位魔族達は乗れるだけ赤竜に乗り込め!内側から攻めるぞ!」
アドバンの言葉に魔族達は動く。
赤竜近くに居た前線の下位魔族達は雄叫びと共に赤竜の背中に乗り込み、尻尾までぎっしり乗った時点でおもむろに赤竜が巨大な翼をはためかせる。
バサリ、と周囲に範囲型風魔法でも放ったような風圧を撒き散らせながら飛翔を始める赤竜に、させてたまるかと騎士の指示と兵士の魔法が飛ぶ。
「あの化け物を王都に入れるな!押し止めろぉお!!」
「「「おぉおおおっ!!」」」
無我夢中といった様子で赤竜に魔法を放つ兵士達。騎士自身も渾身の魔法を撃ち放ってゆく。
しかし、赤竜に乗らなかった下位魔族達がそれを妨害せんと破壊魔法を放っていく。
黒い魔法に遮られて王国兵達の魔法は届かず、赤竜は悠々と大地から飛び上がっていった。
そして、その巨軀と背中に乗せた人数からは考えられない速度で飛翔する赤竜は、あっという間に王国兵達の魔法の射程圏内から遠ざかっていく。
「くそぉっ!なんてことだっ!」
苛立ちと焦りを抑えられないように手に持つ槍を地面に叩きつける騎士の1人。
あんな化け物が下位とは言え魔族を大人数連れて王都に直接乗り込む。
確かに上位魔族が王都に入る事は想定に入れて準備をしてきたとは言え、上級竜や魔族の軍までは想定外だ。
「まずいぞ……」
脳裏に過ぎるのは、堕ちる王都の凄惨な未来図。
それを頭を振って追いやろうとするが、しかしこべりついたように頭から離れず、それを助長するように焦りは大きくなる。
国王ディアスの魔法による防衛はまだ難しい。事前に聞かされていた作戦に国王の魔法も含まれてはいたが、その規模と引き換えに一度きりの切り札としてだ。
それをいきなり使わされた事自体が予定外であり、それを超える脅威をこうも連続で出されては対応が追いつかない。
実際、ディアスは魔力の大幅な低下で次の魔法を放つには現状不可能。
あまりの事態に揺らぐ王国兵達。その隙をつかんと、魔族軍は一斉に攻めに出る。
「くそ、どうする……迎え撃ちつつ、王都内にも人員を割くか?!」
「だが魔族の軍も殆ど残ってる!そうすれば押し切られるぞ!」
「だがここで勝利したとしても王都を落とされては無意味だろう?!」
士気が高まっている魔族軍に対して王国兵は混乱状態にあった。
迎え撃つか王都に引くべきか、と歴戦の兵でさえ判断に迷う状況。
「ふむ、外はこんなもんか。我も中へ向かうか」
「くっ、魔王まで……!」
「まずい、まずいぞっ!」
その状況を眼下に見下ろして見切りをつけたアドバンも王都へと飛ぶ。それを見て更に焦りを募らせる騎士。
それを待ってくれるはずもなく、前線では魔族と王国兵達がついに衝突を始めた。
騎士の指示もなく、焦りを胸にただ迎え撃つ王国兵と、まるで勝利を約束されているかのように高まる士気に勢いづく魔族軍ではどちらが有利かは言うまでもなく。
「く、くそっ!とにかく迎え撃つしかない!」
「待てっ!竜に続き魔王まで王都に入ったんだぞっ?!」
「うるさい!まずは目の前の魔族達をどうにかしないといけないだろう!」
より切羽詰まった状況に焦る騎士達。
それは伝播するように王国兵全体の動きが精細を欠いていき、一糸乱れぬ統率は見る影もない。
「全員、今すぐ王都へ向かえ」
瞬間、その言葉以外の全ての音が消えた。
それがアドバンのように、声に魔力を乗せる事で聞く者の音量関係なく強引に意識に割り込ませられ方法だと気付いたのはだいぶ遅れてのこと。
魔族も、王国兵も。ましてや、王を追って飛び立り、まさに城壁を超えようとする上位魔族さえも。
誰もが唐突に降ってきた声の主を方を見てその身を固くした。
「早くしろ。ここは俺が受け持つ」
先程よりは力を抑えた、しかし十分に脳を揺るがす声。
どこから来たか?それを知る術はない。いきなり現れたように、まるで元から戦場こそが棲家だと言わんばかりに戦場の中心に居た。
どこに居る?声が唐突に現れただけの存在の主。しかし、その圧倒的という言葉でも生温い存在感は、探すまでもなく本能がそうしたかのように、自ずと声の主に視線を向けさせていた。
「あ、あんたは……」
兵士達の1人、その目の前に現れた『それ』に、思わず口を開く兵士。
その問いに、男は不機嫌そうに呟く。
「早く行けと言ってるんだが……とにかく敵ではない。バカ弟子の邪魔をさせん程度に介入するだけだ」
その程度の介入で、いくら上位魔族や魔王が居ないとは言え、魔族軍の主軍を1人で受け持つというのは無茶苦茶な話だ。
その存在に驚愕した事でかえって混乱は吹き飛んだが、しかしそれでも「はいわかりました」と1人を残して離れる訳には当然いかない。
『王国兵達よ!その戦士に任せて、王都に移れ!』
しかし、その疑念を払拭する声が響く。ディアス国王だ。
「お、王よ!しかしっ!」
『疑いは当然!だが、今は守るべきものを守れ!』
兵士の声が聞こえた訳ではないだろう。が、まるで返事をするように告げられた言葉に、王国兵たちはハッと目を覚ましたような気分になる。
「う、うぉおおおおおおっ!」
声に込められた力に固まっていた魔族軍がようやく我に返ったように動き出した。
それに判断を急かされるようにして、ようやく騎士達も決心する。
「全員、王都へ下がれ!魔王と赤竜から民を守るぞぉっ!!」
「「「お、おぉっ!!」」」
返す王国兵達の声には動揺の色もあるが、しかし動き出せば早かった。
気付けばまるで巨大な個を思わせる統率された動きを取り戻し、速やかに王都へと撤退する王国軍。
「攻め放題だぁ!背中を見せやがって!」
「逃すなぁ!全員殺せぇ!」
撤退する王国軍に先程の動揺を忘れて勢いづく魔族軍。
しかし、
「ぐぁあっ!」
「うぼぉあっ!」
「な、なんだっ?!」
ある一線。先程まで兵士達が立っていた線上。
そこを超えた瞬間に、どこから踏み込もうと、誰が進もうと、一切合切がその身を散らした。
「人使いの荒いクソガキが。まぁいい……」
その線上の中心。
上空から見れば黒い装備に身を包む黒い群れに対して、比べればとても小さくポツンと立つ小さな銀。
しかし、その覇気は一国の総力にも及ばんとする絶対的な威圧。
「魔族相手は、昔から俺の仕事だ」
くすんだ銀の髪を己の覇気ではためかせ、レオンは薄く笑った。
天から堕ちる咆哮は、まるで空間を攪拌したかのような衝撃を伴って兵士達へと降り注いだ。
その巨大な顎から放たれた炎は我らが王の炎を散らし、その巨軀はまるで王国の未来を暗示するかのように巨大な影を落とす。
「な、なんで竜が……?!」
魔族と魔物は別だ。そして、魔物の頂点の一角である竜はたとえ魔族であっても共に行動するなど有り得ないとされてきた。
種族にもよるが基本群れる事はない竜が、まるで兵のように軍に混じるなど聞いた事もない。
言葉を失う兵達の前、魔族との中間地点にズゥンと重々しい音を立てて着地した竜。
全長は尻尾まで入れれば50メートルはあろうか。ここにゲイン盗賊団と戦った一団が居れば、かの黒竜よりも一回り大きいその姿に目を瞠った事だろう。
赤く荒々しい鱗に真紅の瞳を持つ竜は、人族の誰が見ても明らかに『上級竜』に分類される竜だと分かった。それも、その中でもかなり強力な個体である。
色竜とも別称される事から、この竜は赤竜と呼ぶべきだろう。
「我のペットだ。どうだ、驚いたから?」
そりゃもう心底びっくりしましたよー、なんて口に出来る胆力を持つ兵士は居なかった。 それも仕方ないだろう、厄災とされる中級竜の上位、その中でも見てわかる程に最高峰の力を有するであろう巨大な赤竜。
国単位での総力戦さえ視野に入れるような化け物が、魔王軍という脅威と共に現れたのだから。
「とは言え、こいつばかりに暴れさせては兵達もつまらんだろうからな。まずは別の仕事だ」
アドバンが悠々と話す間も、上位魔族達は次々に王都へと飛び込んでいく。
しかし、それを追わんと竜に背中を向ける事も出来ない。
「赤竜よ、背中を貸せ。下位魔族達は乗れるだけ赤竜に乗り込め!内側から攻めるぞ!」
アドバンの言葉に魔族達は動く。
赤竜近くに居た前線の下位魔族達は雄叫びと共に赤竜の背中に乗り込み、尻尾までぎっしり乗った時点でおもむろに赤竜が巨大な翼をはためかせる。
バサリ、と周囲に範囲型風魔法でも放ったような風圧を撒き散らせながら飛翔を始める赤竜に、させてたまるかと騎士の指示と兵士の魔法が飛ぶ。
「あの化け物を王都に入れるな!押し止めろぉお!!」
「「「おぉおおおっ!!」」」
無我夢中といった様子で赤竜に魔法を放つ兵士達。騎士自身も渾身の魔法を撃ち放ってゆく。
しかし、赤竜に乗らなかった下位魔族達がそれを妨害せんと破壊魔法を放っていく。
黒い魔法に遮られて王国兵達の魔法は届かず、赤竜は悠々と大地から飛び上がっていった。
そして、その巨軀と背中に乗せた人数からは考えられない速度で飛翔する赤竜は、あっという間に王国兵達の魔法の射程圏内から遠ざかっていく。
「くそぉっ!なんてことだっ!」
苛立ちと焦りを抑えられないように手に持つ槍を地面に叩きつける騎士の1人。
あんな化け物が下位とは言え魔族を大人数連れて王都に直接乗り込む。
確かに上位魔族が王都に入る事は想定に入れて準備をしてきたとは言え、上級竜や魔族の軍までは想定外だ。
「まずいぞ……」
脳裏に過ぎるのは、堕ちる王都の凄惨な未来図。
それを頭を振って追いやろうとするが、しかしこべりついたように頭から離れず、それを助長するように焦りは大きくなる。
国王ディアスの魔法による防衛はまだ難しい。事前に聞かされていた作戦に国王の魔法も含まれてはいたが、その規模と引き換えに一度きりの切り札としてだ。
それをいきなり使わされた事自体が予定外であり、それを超える脅威をこうも連続で出されては対応が追いつかない。
実際、ディアスは魔力の大幅な低下で次の魔法を放つには現状不可能。
あまりの事態に揺らぐ王国兵達。その隙をつかんと、魔族軍は一斉に攻めに出る。
「くそ、どうする……迎え撃ちつつ、王都内にも人員を割くか?!」
「だが魔族の軍も殆ど残ってる!そうすれば押し切られるぞ!」
「だがここで勝利したとしても王都を落とされては無意味だろう?!」
士気が高まっている魔族軍に対して王国兵は混乱状態にあった。
迎え撃つか王都に引くべきか、と歴戦の兵でさえ判断に迷う状況。
「ふむ、外はこんなもんか。我も中へ向かうか」
「くっ、魔王まで……!」
「まずい、まずいぞっ!」
その状況を眼下に見下ろして見切りをつけたアドバンも王都へと飛ぶ。それを見て更に焦りを募らせる騎士。
それを待ってくれるはずもなく、前線では魔族と王国兵達がついに衝突を始めた。
騎士の指示もなく、焦りを胸にただ迎え撃つ王国兵と、まるで勝利を約束されているかのように高まる士気に勢いづく魔族軍ではどちらが有利かは言うまでもなく。
「く、くそっ!とにかく迎え撃つしかない!」
「待てっ!竜に続き魔王まで王都に入ったんだぞっ?!」
「うるさい!まずは目の前の魔族達をどうにかしないといけないだろう!」
より切羽詰まった状況に焦る騎士達。
それは伝播するように王国兵全体の動きが精細を欠いていき、一糸乱れぬ統率は見る影もない。
「全員、今すぐ王都へ向かえ」
瞬間、その言葉以外の全ての音が消えた。
それがアドバンのように、声に魔力を乗せる事で聞く者の音量関係なく強引に意識に割り込ませられ方法だと気付いたのはだいぶ遅れてのこと。
魔族も、王国兵も。ましてや、王を追って飛び立り、まさに城壁を超えようとする上位魔族さえも。
誰もが唐突に降ってきた声の主を方を見てその身を固くした。
「早くしろ。ここは俺が受け持つ」
先程よりは力を抑えた、しかし十分に脳を揺るがす声。
どこから来たか?それを知る術はない。いきなり現れたように、まるで元から戦場こそが棲家だと言わんばかりに戦場の中心に居た。
どこに居る?声が唐突に現れただけの存在の主。しかし、その圧倒的という言葉でも生温い存在感は、探すまでもなく本能がそうしたかのように、自ずと声の主に視線を向けさせていた。
「あ、あんたは……」
兵士達の1人、その目の前に現れた『それ』に、思わず口を開く兵士。
その問いに、男は不機嫌そうに呟く。
「早く行けと言ってるんだが……とにかく敵ではない。バカ弟子の邪魔をさせん程度に介入するだけだ」
その程度の介入で、いくら上位魔族や魔王が居ないとは言え、魔族軍の主軍を1人で受け持つというのは無茶苦茶な話だ。
その存在に驚愕した事でかえって混乱は吹き飛んだが、しかしそれでも「はいわかりました」と1人を残して離れる訳には当然いかない。
『王国兵達よ!その戦士に任せて、王都に移れ!』
しかし、その疑念を払拭する声が響く。ディアス国王だ。
「お、王よ!しかしっ!」
『疑いは当然!だが、今は守るべきものを守れ!』
兵士の声が聞こえた訳ではないだろう。が、まるで返事をするように告げられた言葉に、王国兵たちはハッと目を覚ましたような気分になる。
「う、うぉおおおおおおっ!」
声に込められた力に固まっていた魔族軍がようやく我に返ったように動き出した。
それに判断を急かされるようにして、ようやく騎士達も決心する。
「全員、王都へ下がれ!魔王と赤竜から民を守るぞぉっ!!」
「「「お、おぉっ!!」」」
返す王国兵達の声には動揺の色もあるが、しかし動き出せば早かった。
気付けばまるで巨大な個を思わせる統率された動きを取り戻し、速やかに王都へと撤退する王国軍。
「攻め放題だぁ!背中を見せやがって!」
「逃すなぁ!全員殺せぇ!」
撤退する王国軍に先程の動揺を忘れて勢いづく魔族軍。
しかし、
「ぐぁあっ!」
「うぼぉあっ!」
「な、なんだっ?!」
ある一線。先程まで兵士達が立っていた線上。
そこを超えた瞬間に、どこから踏み込もうと、誰が進もうと、一切合切がその身を散らした。
「人使いの荒いクソガキが。まぁいい……」
その線上の中心。
上空から見れば黒い装備に身を包む黒い群れに対して、比べればとても小さくポツンと立つ小さな銀。
しかし、その覇気は一国の総力にも及ばんとする絶対的な威圧。
「魔族相手は、昔から俺の仕事だ」
くすんだ銀の髪を己の覇気ではためかせ、レオンは薄く笑った。
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