魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

91 師弟の絆

 ロイドがこの世界に転生する原因でもありそれを行った人物でもある、空間魔術師アリア。
 前世の創作物から、勝手に女神とかの超常的存在だと思っていたアリアの名前が、この話の流れから出てかるとは思いもしなかったロイド。

「へ?は?アリア?……ってあのアリア?」
「そのアリアだ」
「いやいや待て待て、え?嘘?実はあっちのアリアじゃなくて?」
「こっちのアリアだ」

 混乱するロイドにレオンは淡々と頷く。なんとも雑な会話にしか聞こえないが、この2人の間では成り立っているようだ。

「うぇええっ?!」
「うるさいぞクソガキ」

 呆れたようなレオンの言葉も耳に入らない程に驚くロイド。

「彼女にもう一度会う為に、私は長い年月をかけてやっと時魔術の魔法陣を復元して形にした……あぁ、早くその姿を見せてくれないものか」
「え?待て待て、てか待て。いや待てよ?……ちょい待って」

 トリップするリンドブルムと混乱するロイドにレオンは深く溜息をつき、

「ぐぁっ?!」
「むっ?」

 2人にゲンコツ。もっともリンドブルムにダメージは無かったようだが、なんかスイッチを押したように元の表情に戻ったので良しとする。

「……当時の勇者、後のエイルリア初代国王のコウキ。あと俺とアリア。そして、聖女と呼ばれていた……ソフィア。この4人で魔王と戦った」
「――……」

 さすがになんとなく予想はさていたものの、それでも驚愕の事実が多分に含まれた言葉に、再びロイドは叫びたくなる。
 が、それ以上にーー無愛想を通り越して表情筋が死滅していると思っていた師の表情が、かつてない程に崩れている事に言葉を失う。

 その表情に含まれるのは、郷愁か、それとも愛しさかーーはたまた、底さえ見えない程の後悔か。
 その余りある感情を湛えた表情に、自分でも分からない内にロイドは泣きそうになる。

「……話を続けるぞ」

 その表情は一瞬。すぐにレオンはいつもの無表情に戻る。

「……あぁ」

 ロイドは事情は知らないにも関わらず、たった一瞬の表情を見ただけなのに、しかし伝播したようにざわめく感情を落ち着けるのに必死だった。
 同じくリンドブルムも見たのだろう。胡散くささを感じさせる貼り付けた笑顔はなく、ただ目を伏せて黙り込んだいた。

「結果は言ったように倒せずに封印した。が、問題はヤツが最後に放った魔術だ」
 
 返事のないロイドに、しかしレオンは待つ余裕はないのか言葉を続ける。

「『森羅狂乱』とか言ってたな……時を乱す魔術だ。それを魔王の馬鹿げた魔力を全て注ぎ込んで放たれた」

 『森羅狂乱』。大地は万年を超えて枯れ果て、草木は千年を生きたように生長する、森羅万象の時を乱す大魔術。
 そんな悠久の時を一瞬で跨ぐような魔術が人という短い寿命に干渉すれば、どちらに振れるにせよその存在を保つ事など不可能。

「それを、アリアがその身をもって封じている」

 何もない、白い空間。
 神聖ささえ感じさせる白き牢獄。そここそが、魔王の封印の地。

「アリアも封印越しに影響を受けているのか、あいつも不老状態だ。不死かは知らんがな……とにかく、そのせいでこうして時代が変わっても現状維持のままだ」

 それが平和の為になるなら良かった、とはレオンには言えなかった。
 レオンとて聖人ではない。最愛を犠牲にして、かつてチームの道標として慕っていた彼女を人柱にしなければならないこの状況を、いくら人々の為とは言え是とは思えない。

 だからこそ、終止符を打ちたい。
 その為には、

「つまり……アリアが封印を解いて、俺が時魔術でその『森羅狂乱』を抑える。その間に、魔王を倒す、ってことか」
「そうだ。とは言え恐らく魔王は……『森羅狂乱』が奇跡的に生存可能な範囲に魔王の時間を止めでもしない限り、肉体は死んでいるだろうがな。消し去るのは、死しても残る『魔王の魔力』だ」

 魔王はその身が滅びても魔力の塊が残り、そしてそれを継承する事で次代の魔王を生む。
 これは封印しているアリアの感覚や長い年月の中で魔国にも行ったレオンにより調べられた、恐らく間違いなく真実であろう情報。
 
 だが、あの魔王が大人しく死んでいるかはーーレオンには確信は持てなかった。

 レオンの説明を聞き、ロイドは情報を咀嚼するように数秒の沈黙。そして、嘆息混じりに口を開く。

「しくじったら人間が消し去るかも、ってことか」
「そうだ」

 非難しているともとれる言葉に、しかしレオンはハッキリと頷く。

 身勝手が過ぎる発言だとこれを聞いた人は言うだろう。魔術の規模がどれだけの範囲に及ぶかは分からないまでも、高確率で多くの人を巻き込む可能性がある方法を選ぶというのだから。
 ましてや、そこに自分が含まれるとなると尚更だろう。

「そうなりゃ最初に死ぬのは俺だな」
「……そうだな」

 当然、最前線に立つロイドは免れる事はないだろう。
 老衰の先の風化か、はたまた存在の無い過去へと巻き戻されるか。どちらにせよ、跡形も残らないだろう。
  そんな言葉に、しかしレオンは誤魔化しもなく頷く。
 最低の事を言っている自覚はある。悪態をついて文句ばかり言い合う弟子だが、嫌いな訳ではない。
 
 むしろ、だ。リンドブルムが評したように、人として抜け殻となった『死神』の感情を揺らすきっかけは間違いなくロイドなのだから。

 だが、だがそれでも、

「俺は……俺は、アリアを解放して……そして、ソフィアのもとに……っ!」
「………じじい」

 かつてない程の感情の吐露。
 悲痛か、それとも切望か。それを察するにはあまりにも深く強い感情に、ロイドは言葉を見出せない。

「…………すまん。だが、騙そうとした訳ではない。……信じるかは分からないが、もし条件が揃った時には全て話すつもりだった」

 そのレオン自身も持て余して暴れるような感情を抑えるように顔を伏せーーしかし綺麗に収納する事でかろうじて一杯だった箱に、乱雑に戻した事で蓋が閉まらなくなったように、なお溢れる感情で表情を歪めたまま謝罪する。
 
「まさかここまで早く条件が……空間魔術と時魔術が揃うとは思わかなかった。それに、」
「じじい、どしたよ。えらい口数多いな」

 言葉を続けようとするレオンに、ロイドは割り込む。
 それにより、レオンは顔を伏せたままピタリと口を閉じた。

「らしくねーな」

 そうレオンらしくない。 
 是が非か、言葉少なく即決即断のレオンが、こうも言葉を用いる事など見た事がない。
 常に冷静に前を見据える彼が、顔を伏せたまま話すなどーー見たくもない。

「俺はな、聖人じゃねーよ」

 そう、レオンもそうだが、ロイドも聖人には程遠い。自分の周囲の人の為なら、他の犠牲など知らないと言い切れる。

「だから、身内に危険は及ぶような事は出来ない」
「……ああ、そうだな」

 レオンも頷く。レオンとて、ロイドの周りに居る人は嫌いではない。むしろ、好感を持っている。
 かつて守る価値の有無を自問したような、『愚かな人間』とは違うから。

 だからこそ、レオンはふぅと短く溜息をついた。
 切り替えるように、しかし胸中は今にも溢れ出しそうな感情が渦巻くのを必死に隠しながら謝罪の言葉を口にする。

「すまん、俺が悪――」
「だから、」

 それを、ロイドはしゃがみこみながら遮った。

 それにより、大柄なレオンの視線に無理やり入り込むロイド。
 やっと目が合ったーー合わせられた弟子の眼差しは、随分と久しぶりに見たような気さえした。そして、

「だから、危険が無いように頼んだわ」

 この弟子は、これ程までに強い眼差しが出来るのかと、レオンは思い出せない程久方ぶりに、圧されるように息を呑んだ。

「俺の鍛錬、しっかりやってくれよ。あと、本番はフォローも頼む。んで、極力人は避難させとくから手伝え」
「――……」

 目を丸くするレオンという珍しい姿に、しかしロイドはいつものように茶化すでもなく言葉を並べていく。

「……避難させても、危険域の範囲は分からん。お前の身内の安全の保証は、」
「じじいも身内だろーが」

 弟子の言葉に師として危険を悟す言葉は、しかし『ロイド』の言葉に遮られた。

「俺はな、身内の安全もだけど、身内のやりたいことも思い切りやって欲しいんだよ」
「…………」
「それに、多分俺の周りは手伝うって言うと思うしな」

 ふっと溢れるように笑うロイドに、レオンは言葉が出てこない。
 ただ、自分よりも小さく、普段は憎まれ口ばかり叩いてくる子供だと思っていたロイドを見るしか出来ない。

 そんなレオンに、ロイドは一息ついて、ゆっくりと口を開く。

「腹立つけど今はダメらしいから、強くなるわ。いっちょ鍛えなおしてくれ……レオン」

 静かに、真っ直ぐと己の目を捉えるロイドに、レオンは感情が溢れて閉まらなくなった心の箱が、パタンと綺麗に収まった感覚を覚えて、

「……あぁ、まだまだお前は弱いからな。俺は厳しいぞ……ロイド」

 ふっと、自分でも気付かずに微笑んでいた。

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