魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

86 合格と

「先輩、あれ……」
「んー、竜だな」

 ロイドと共に地竜を討ったクレアの呟きに、ロイドも頷く。

 乳白色というべきか、白さに濁りのある鱗を纏い、空色の瞳を持つ竜。体は地竜のそれより一回り小さく、またスリムさを感じさせるシルエットだ。全長で言えば6メートル程だろうか。
 
「多分、下級竜ってやつなんじゃね?」
「正解。意外だわ、ちゃんと勉強してたのね、ロイド」

 顎に手を当てて推察したロイドの呟きに、今度はエミリーから肯定の言葉が返ってきた。
 こないだ知ったばっかな上に適当に言っただけ、等と白状する事もなくロイドは「と、当然だろ」と頷いた。
 そんなロイドにエミリーは少し目を細めて視線をやってから口を開く。

「属性を持たない、または持つに至らない属性竜の幼体。それが下級竜よ、覚えておきなさい?」
「……勿論知ってたけど?」
「ふふ、嘘おっしゃい。バレバレよ」

 弟の小さな動揺を見逃す姉ではなかった。
 ロイドは頬を指でかきつつ下級竜へと視線を向ける。
 魔力感知の精度は兄姉ほど高くないロイドは肌感覚程度でしかないが、その実力を測ろうと見定めるように目を細めた。

(んー、地竜には遠く及ばず、ってとこか。前のグリフォンよりも多分少し下、かな?)

 際どい差だが、スァース大森林の『森の番人』グリフォンよりも弱いと判断したロイド。これは間違いではない。
 とは言え、平均的には下級竜の方が強いとされているが、そこは『森の番人』と称されるまでに長く生きたグリフォン。
 個体としてあまりに成熟していた事でそれを覆していた。更に言えば、目の前の下級竜が平均より弱いこともある。

「あ、始まりましたね」
「そーだな」

 ティアは一定の距離を保つように足捌きをもって立ち回っていた。下級竜もその強靭な脚で距離を詰めたりもするが、ティアは冷静に剣で爪や牙といった攻撃を捌き、すぐに離れる。
 そしてその合間を縫って水が下級竜の周囲で踊る。
 
「おぉ、下級って言うけど結構強いな!」
「仮にも竜だからね。そこらの魔物とはやっぱり違うよぉ」

 グランの呟きにラピスが答える。そんな呑気な会話は、戦うティアに心配が不要だと分かっているからか。

「てゆーか明らかにトーナメントん時より強くなってるな」
「あはは……もう一度戦うなら『魔力増幅』は必須ですね」

 この短期間での魔力や体力の向上は難しい。が、戦い方を変化させる事で実力を向上させることはあり得る。
 ティアもまさにそれだった。無駄な動きを削るような力みのない立ち回りや相手や状況に合わせた魔法の選択の変化。 
 これはロイド達は知らない事だが、二等級生は一等級試験の期間は講義は基本受けずに戦闘技術をひたすら磨く事を黙認されている。
 そしてティアも例に漏れず戦闘訓練に没頭したのだ。
 講義での安全を考慮された戦闘や対戦相手ではなく、教師や高位の魔物相手といった格上相手に戦闘を繰り返した事で、『戦い慣れた』という動きに変化したのだ。 そのもはや優雅さすら感じる立ち回りに、ロイド達は安心して試験を見届けた。

「そろそろ終わるかね」
「ですね。詰めに入ってるのか『水閃』も使い始めてますし」

 いよいよ佳境を迎えた戦いに、観戦にも熱が入る。
 しかし、気になる事があったロイドは戦いを見つつも魔力感知を高めていた。

「あ、決まりましたね!」
「ん?おー、ほんとだ」

 程なくしてティアの『水閃』が下級竜の頭部を貫いた。
 その瞬間に、ロイドは限界まで魔力感知を高める。

「………!」
「やりましたね!圧勝ですよ!」
「……ん?あ、ああ……さすがティアさんだな」

 感じた魔力の流れに息を呑むロイドの横で、クレアがティアの勝利を喜ぶ。
 ロイドもそれに頷きはするが、視線はリンドブルムに向けられていた。

「……先輩?」

 その様子にクレアが首を傾げてロイドを覗き込む。そんなクレアに何か言おうと口を開きかけた時。

「ロイド・ウィンディアくん」
「っ、はい、なんですか?」

 それを遮るようにリンドブルムがロイドを呼んだ。意識の隙間を通すようなタイミングに思わずロイドは声を詰まらせる。

「いやなに、大した話ではないよ。ただ良かったら少し話がしたくてね。色々と活躍してるみたいじゃないか」
「……そんな、とんでもないです」
「謙遜しなくていい。では、すまないが君はこの後残ってくれ」
「………」

 どこか胡散くささすら感じる、貼り付けられたような笑顔のリンドブルムに、ロイドは頷くか逡巡する。
  2人の会話を見ていたクレアとエミリー達は首を傾げていたが、ロイドの強張った表情を見て眉根を寄せた。
 リンドブルムに不信な感情は無い2人だったが、ロイドの様子から警戒をした方が良いと咄嗟に判断したのだ。

「すみません、学園長。ロイドはこの後用事が……」
「大丈夫だよ、時間はとらせない」

 エミリーが割って入るもリンドブルムは取り合わない。
 その事に余計に不信感を抱いたエミリーだったが、しかし次の言葉が出る前にロイドが口を開いた。

「分かりました。その代わり、他のやつらはこのまま学生寮に戻らせて下さい」
「構わないよ。どちらにせよ今日はまだ講義は難しいからね」
「ちょ、ロイド?」
「大丈夫だよ姉さん、昼飯には戻るから」

 いいの?と言外に問い詰めるエミリーにロイドは笑顔で返す。その笑顔があまりにいつも通りだった為か、エミリーも毒気が抜かれたように肩をすくめた。

「……分かったわ、料理は準備しておくから私の部屋に来なさい」
「お、ありがと。楽しみだわ」
「でも、ちゃんと呼んでくれないとアンタだけ飯抜きよ」

 しっかり胃袋を掴まれているロイドは嬉しそうに笑うも、エミリーの言葉で表情を固まらせた。
 そして、少し頬を染めてから躊躇うように口を開く。

「……エミリー。俺も飯食べたい」
「ふふっ、いいわよ」

 名前を呼んで言い直すロイドに、エミリーはロイドと同じく少し頬を赤らめて頷いた。ロイドは持て余した何とも言えない感情を吐き出すように溜息をつく。

「……ロ、ロイド、私も一緒に作ってますから」
「ん?お、おお。そりゃ余計楽しみだな」

 それを見ていたクレアが言い慣れてない為かどもりつつもロイドの袖を掴んで名前を言う。
 それに更なる動揺を上乗せされ、ロイドもどもりながら頷いた。
 
 何やら3人の間に出来上がっている空間に、他の者達はそれぞれの反応を見せながらも話しかけれずにいた。
 特に「きゃっ」みたいな感じで頬を染めて目を輝かせるラピスとニヤニヤと楽しそうに見るグランはむしろ話し掛けるどころか「いいぞもっとやれ」といった感じだが。

「ごほんっ。……君達、私の試験をさしおいて盛り上がらないでくれないか?」
「……あ。えー、と。おめでとうございます、ティアさん」
「もしかしなくても忘れてたろう……まぁいい」

 そこにどうにか割って入ったティアに、リンドブルムが乗っかる。

「はは、仲が良いんだね。まさかこんな所でこんなに甘酸っぱい場面が見られるなんて思わなかったよ。教師冥利に尽きるね」

 どこに冥利を見出してるんだ、というツッコミは心の中に留める面々。
 これ以上話を脱線してなるものかと、ティアは強引に話をまとめにかかる。

「学園長。試験、ありがとうございました」
「あぁ、うん。素晴らしい結果だったよ。文句なしの合格だ。強くなったね、ティアくん」

 少し投げやりな感謝の言葉にリンドブルムは嬉しそうに頷く。
  ちなみに卒業資格を有する事になったティアだが、即日卒業と言う訳ではない。
 と言っても進路が決まり、すぐにでもと進言した場合はそうなのだが、そうでなければ年度末にまとめて卒業となる。

 ティアもそのつもりであり、リンドブルムとの形式的な挨拶もそこそこに退室を切り出した。
 それにリンドブルムも頷き、合わせてロイド以外の見学者として来た面々も退室を促す。

「じゃあまた後でね、ロイド」
「早くしてくださいね、先輩」
「へーい」

 やはり恥ずかしいのか先輩呼びに戻るクレアとエミリーに手を振るロイド。そしてクレア達も試験場を後にする。
  そして、広い無機質な印象を持たせる静まり返った試験場で、ロイドはリンドブルムに向かい合った。

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