魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
85 一等級試験
学園、ひいては王都には会議でまとまった情報を通達するという事で、ロイド達にはそれまで緘口令を敷き、魔族の情報は漏らさないように言い残して。
そうして残されたティアは話の続きをするのもお腹いっぱいだというように話題を切り替える。
「出来たら講義に出させてあげたい所なんだけどね。……まだ興奮冷めやらぬ生徒が多いんだよ」
「どんだけ呑気なんですか」
「耳が痛いよ。……だからまだ大人しくしていて欲しいんだが……そうだ、お詫びと言ってはなんだが、一等級試験を見に行かないか?」
ティアの提案に、ロイド達は目を丸くする。
「あれ、もうあるんですか?」
「あぁ。と言っても期間だけ決められてて、後は参加資格者が個々に受ける形なんだけどね」
「そーなんですね。てっきり四等級みたいに一斉に受けるもんだと」
「数年前まではそうだったんだけどね……どこぞの『神童』が潜り込んでから見直されたんだ」
「「すみません」」
頭を抱えて小さく告げるティアにロイドとエミリーは即座に頭を下げた。
歴史ある学園、その中でも生徒にとって最重要とも言える一等級試験――つまりは卒業試験を捻じ曲げた生徒、フィンク。
なるほど、確かにウィンディアそのものが問題児扱いされるのも仕方ないかも知れない。
「君達のせいじゃない。……話を戻すが、私としても騒ぎの前に卒業資格をとっておきたいし、今から受けようと思う」
「そんなノリで」
「仮にも魔法師の卵だ。いつでも戦えるようにはしてるさ」
魔法師は国の危機などの有事の際、または突発的な襲撃にも対応する事は多い。ならばティアの発言は実に正しいと言える。
「さすがです……他の生徒にも聞かせてやりたいわね」
「それなー」
いつまでも『国崩し』や魔術師といった話で講義が疎かになる生徒を溜息混じりに話す姉弟に、ティアも何も言えないのか押し黙った。
「まぁ見れるなら見たいっすね」
「うん、私も見てみたいな」
話を戻すようにグランとラピスが言うと、ティアは咳払いをひとつしてから頷く。
「あぁ。では学園長室へ向かおう」
「最終試験ともなると学園長も立ち会うんですね」
そーいや顔も名前も知らんままだ、と内心呟きつつ質問したロイドに、ティアはくすりと笑う。
「そう思うだろう?まぁ見てのお楽しみだ、きっと驚くよ」
少し意地悪そうな微笑みを浮かべるティア。珍しく、しかし美しさを損なわない表情に、ラピスあたりはふわぁ、と感嘆の声を上げる。
が、ロイドとエミリーは違う視点だ。
((さっきのウィンディアの事で驚かせたお返しか))
口に出さずとも被る思考。もしそうだとすれば結構お茶目な部分もあるのだろう。ちなみに、この予想は正解だったりするのだが。
さておき、ティアの先導で学園長室に向かう。ロイドはせめて名前だけでも思い出そうと記憶を漁りながら。
「失礼します」
「やぁティアくん。ついに来たか」
学園長室に着き、ノックの返事をもらって入室するティアを、学園長は笑顔で迎え入れた。
「はい、リンドブルム学園長。私ティア・アイフリード、一等級試験を受けさせて頂きに参りました」
「勿論だとも。君なら問題ないだろう」
リンドブルムと呼ばれた老齢の男性こそがこのウィーン魔法学園の学園長だ。
全ての髪が白く染まってはいるが、禿げてはおらずしっかりとした髪をオールバックにしている。同じく白い髭が品良く整えられおり、いかにも紳士な雰囲気を持つ老人だった。
「ありがとうございます。ところで、試験の見学をさせてやりたい生徒がおりまして……」
「受験者の希望ならば構わないが……ティアくんが希望するのは意外だったね」
卒業試験ともなれば、全ての生徒が内容を知りたいと思うだろう。
そしてそれは受験者が希望すれば可能である。すると当然、受験者に見学者として着いて行こうとする生徒が居る。
そうなれば受験者はその見学者の席をより価値のある者に渡したいと思うのは当然だろう。
家のコネや、直接的に金で売る者さえ居る。逆に、金を払ってでもという者や、下位の爵位の受験者に言いよる在学生ももちろん存在する。
だが、ティアは公爵家であり、金もコネは家名としては勿論、生徒会長としても十分に得ていた。
考えられるのは仲の良い後輩などに後学として見学させる可能性だが、それも自他共に厳しい彼女からすればやはり珍しいと思えたのだ。
「実は、先日の騒ぎであるロイド・ウィンディア達が本日顔を出しておりまして……講義に出す事も難しいのでせめて、と思いまして……」
「そうか……なるほど、君らしい理由だったね。勿論、構わないよ」
「ありがとうございます」
にっこりと見る者を落ち着かせるような微笑みと共に頷く学園長に、ティアは頭を下げる。
そして早速試験場に向かう事になり、扉の外に居たロイド達も連れて向かった。
「ここは……」
「一等級試験場だよ。特別頑丈な造りになってる」
「ふふ、君と殿下が戦った場所だね」
「……そー言えばそんな事言ってたよーな」
一等級試験を行う学園の一角。
ロイドとカインが戦い、激しい魔術や魔法のぶつかい合いにも耐えられる場所。
その広いステージの中央に、以前カインと訪れた時には無かった物があった。
「あれは?」
「試験に必要な魔法具だよ。以前殿下から場所を使うと言われた際は危ないから撤去しておいたけどね」
ロイドの胸元くらいまである台座の上に設置された透明な水晶のようなもの。
中心には魔法陣が描かれており、ガラスよりも尚透き通る水晶の中にある為、見ようによってはただ魔法陣が浮かんでいるようにさえ見えた。
「扱いが難しくてね。現状私くらいしか使えない魔法具でもある」
「そうなんですね」
そう言いながらその魔法具へと足を進めるリンドブルム。それに数歩遅れるようにティアが追随していく。
「覚悟をしてここに来てくれたティアくんをあまり待たせるのも忍びない。解説等はまたにして、まずは始めさせてくれないかい?」
「あ、勿論です。邪魔にならないよう端にいますんで」
「ありがとう。ではティアくん、準備はいいかな?」
「えぇ。いつでも構いません、リンドブルム学園長」
ステージの脇に移動するロイド達を尻目に、ティアは魔力を高めていく。
その魔力の圧力を見守るように微笑み、リンドブルムは水晶へと手を翳して魔力を流し込んでいった。
ティアから放たれる瀑布を思わせる膨大な魔力。それを、
「っ!」
楽々と上回り、掻き消す程の魔力が迸った。
鋭くしかし流れるような淀みない魔力は実に洗練されており、それを涼しい顔で放つリンドブルムにロイドのみならずエミリー達も顔を強張らせた。
そして、その魔力が魔法陣に複雑に絡み合うように流れていき、魔法陣が眩い光を放ち始める。
そして、
「グォオオオオオオオッ!!」
つい先日聞いた咆哮と似て非なるそれ。
確かに地竜よりは下回りはするものの、思わず神経を尖らせてしまうような強者の覇気。
それらを纏う竜が、突如虚空から現れたのだった。
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