魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
79 後輩の怒り
フェブル山脈の夜は基本的に光ひとつない暗闇となる。木々が鬱蒼と生い茂り、星や月のひっそりとした明かりではそれらを貫く事が出来ないからだ。
だが、地球と違って排気ガスなどは基本ないが、やはり空と近いからか。地上で眺める星空よりも、フェブル山脈から見えるそれは迫力さえ感じる程美しい。
「…………」
そんな思わず目を奪われてしまう星空をじっと見つめるように、ロイドは仰向けになって身動きせずにいた。
と言っても、少し前まで意識はなく、起きたのはつい先程だ。
意識を取り戻したロイドは、星空に見惚れてたのか、それとも何か考えているのか。
「あっ、先輩。起きましたか」
「……クレア?」
そこに涼やかな、しかし活発さが伝わるような声がロイドの耳を揺らした。聞き慣れたその声に、ロイドはその人物に目を向けるより早くその名を呼んだ。
「はい、クレアです」
「……クレア?」
一転、その声音は活発さに代わり、その涼やかさが冷たさにまで温度が落ち込んだような気がする。
その事に気付いたロイドは、視線をクレアに向けた。
そうして視界を動かす事で木々の開けた場所に居る事に気付いた。まるでゲイン盗賊団との戦いの後に野営をした時のようだとロイドは頭の端で思う。
だが、そんな思考はすぐに頭から消えていった。
「――…………」
満月を背負い、その銀光を背負う彼女。銀糸の如き髪がその月明かりを吸い込んで発光しているような錯覚さえ覚える。
そして鮮やかな真紅の瞳が対照的な妖しさがあり、どこか妖艶な魅力があった。
そうしてしばし言葉を失っていた。
月の化身が顕現したかのような神々しさにロイドは目を放すことさえ忘れていると、
「では先輩、言い訳があるならどうぞ」
気のせいでは片付けられない程の冷気を含んだ声が降ってきた。
「……え?」
思わずポカンとするロイドに、しかしクレアは言葉通りロイドの言葉を待つ。
多くの男性を魅了するであろうにっこりとした笑顔が、何故か今は寒気を誘った。
そもそも、なんでここにクレアが?と、ようやく回り始めた頭。
そして頭の回転は基本早いロイドは、一呼吸する間にある程度状況を予想した。
(負けたのは分かってだけど……体の痛みがほとんどねー。クレアの治癒魔法か。じじいが俺を連れて逃げた、または地竜を倒してクレアを連れてきた、ってとこか)
ロイドが夜空を眺めていたのは負けた事を噛み締めていたからだった。詳しく言えば、敗因や打開策、己の欠点などを考えていた。
そして、クレアは負けた事を当然知っているだろう。 ウィンディアというフェブル山脈の魔物という脅威から領民を守る一家にいながら、その魔物に負けた事を。
「言い訳なんかねーよ。俺の力不足だ」
「…………」
ロイドのまるで自分に言い聞かせるかのような言葉に、しかしクレアは反応すら示さずにいた。強いて言えば、にっこりが深まったか。
それをロイドはどう捉えたか、言葉を付け足す。
「はぁ。突破力、殲滅力、継戦能力が特に欠けてたな。……地竜の頑丈さや生命力、魔力の多さ、防御の固さをぶち抜く突破力、魔力にものを言わせた範囲攻撃に対抗出来なかった殲滅力、『神力』頼りの割にその『神力』の扱いが下手で長く戦えない継戦能力の低さ。このへんが浮き彫りになったわ」
そう、ロイドは対人においてかなりの実力を付けたと言えるだろう。
スピード重視の移動術や攻撃スタイルは、対人において攻撃をもらわず手数と速度で圧倒し、そのまま短期決戦でも押し込めるレベルにすら至る。
だがそれは人の耐久力が前提だ。
強固な、また生命力に溢れた魔物相手だと、速度で圧倒しても決定打が打てない。または決定打を打つまでに力尽きる。
空間魔術と、ーー今回は至近距離に持ち込めずに使わなかったがーー『崩月』という攻撃力に長けた切り札も、使い所や燃費の悪さなどの欠点によって不発に終わったり、または命中しても通じなければそれまでなのだ。
そう口にする事で整理が出来たのか、ロイドは少しスッキリしたように、しかし改めて実力不足を痛感して悔しそうに嘆息した。
「違います」
「……ん?」
だがクレア的にはそうじゃなかったらしい。にっこりとしたまま、バッサリと切り捨てた。
「く、クレア?」
「なんで逃げないんですか?」
なんか怒ってないですか?と頬をひきつらせて名前を呼ぶロイドに構わず、クレアは言葉を続けた。
それは疑問符こそついていたが、叱責の色が強い。
「ウィンディアだから?領民を守る為?はい、先輩にとって大切な事なんだと思いますし、私もそう思いますよ」
「え、えっと、クレア……?」
「でも、今回のは違いますよね。先輩が勝手に地竜に喧嘩売っただけですもんね」
「あ、はい」
どうやらロイドの話を聞く気はないらしい。言い訳タイムは終わったのだ、とクレアは言葉をロイドに叩きつけていく。
そして一拍。にっこりが消え、代わりに眉尻を下げて瞳を揺らす、まるで迷子になった子供のような表情を浮かべて口を開く。
「でも、私は先輩は逃げずに死んじゃう方が悲しいです。嫌なんです」
その言葉に、ロイドは目を見開いた。
「もし先輩が逃げずに戦って、それで守られても……先輩が死んじゃったら私はちっとも嬉しくないです」
その真紅の瞳を涙で揺らし、しかし溢さずに湛えたまま、クレアは感情を持て余したように語気を荒くしていく。
「だいたい先輩ってそんなキャラじゃないじゃないですか!勇者でもあるまいし、皆んな守るなんて言う殊勝でイタい人じゃないでしょ?!」
さりげに勇者に被弾。遠くでコウのくしゃみが聞こえそうだ。
「身内だけ守れたら良くて、それ以外は割と酷い扱いする人でしょ?!ヒーローか悪役かなら悪役な人じゃないですか!」
え、そんな風に思ってたの?と内心ロイドは苦笑いだ。勿論、それを表に出す愚行はしなかったが。
「それにスピード型っていうなら危なかったら逃げればいいじゃないですか!それで誰かと一緒に戦って勝てばいいんですよ!」
これについては、なるほど確かにその通りだった。
そして、先のクレアの「違います」の回答がこれなんだとロイドは気付けた。
1人で勝てないなら2人で。それでダメなら3人で。
それが出来ないとは口が裂けても言えない。何故なら、ロイドはディンバー帝国でクレアと『2人で』ジルバに勝ったのだから。
それに、そもそもロイドの周りに居る人達はただ守られるような人間ではない。
誰もが、きっとどんな脅威を前にしても、助けを求めれば応えてくれる。そう思わせてくれる『強い人間』なのだから。
「それにそれに、えっと、いいんですか!?可愛い後輩が泣いちゃうんですよ?!葬式も行きませんよ!?」
感情に言葉がついていかなくなったのか、なんだか若干論点がズレた内容になっていくクレア。
そしてついに湛えていた涙がその大きな目から溢れ落ち、
「そりゃー困るかな」
頬を伝う前に、ロイドが指ですくいとった。
「先輩……」
「いや、ほんとその通りだわ。悪かった、クレア」
ロイドは上半身を起こして体の向きを変え、クレアと向き合うようにして座る。
そしてクレアの目を見て謝罪の言葉を口にした。
「次からは、頼らせてくれ」
「あ、当たり前ですっ!次に勝手な事したら魔力無くなるまで火球ですからね!」
言葉も少なくロイドは微笑み、クレアは思わずといった風に返す。
エルフの姫として膨大な魔力を全て火球に。多分骨も残らない。
だが、そんな恐ろしい発言に対して、クレアは嬉しさを堪えきれないように笑っていた。
欲しかった言葉を聞けた。そう物語る笑顔に、ロイドは微笑みを深くする。
ありがとう、と小さくて夜空に消え入りそうな言葉は、しかし月明かりに照らされるように彼女に届いていた。
だが、地球と違って排気ガスなどは基本ないが、やはり空と近いからか。地上で眺める星空よりも、フェブル山脈から見えるそれは迫力さえ感じる程美しい。
「…………」
そんな思わず目を奪われてしまう星空をじっと見つめるように、ロイドは仰向けになって身動きせずにいた。
と言っても、少し前まで意識はなく、起きたのはつい先程だ。
意識を取り戻したロイドは、星空に見惚れてたのか、それとも何か考えているのか。
「あっ、先輩。起きましたか」
「……クレア?」
そこに涼やかな、しかし活発さが伝わるような声がロイドの耳を揺らした。聞き慣れたその声に、ロイドはその人物に目を向けるより早くその名を呼んだ。
「はい、クレアです」
「……クレア?」
一転、その声音は活発さに代わり、その涼やかさが冷たさにまで温度が落ち込んだような気がする。
その事に気付いたロイドは、視線をクレアに向けた。
そうして視界を動かす事で木々の開けた場所に居る事に気付いた。まるでゲイン盗賊団との戦いの後に野営をした時のようだとロイドは頭の端で思う。
だが、そんな思考はすぐに頭から消えていった。
「――…………」
満月を背負い、その銀光を背負う彼女。銀糸の如き髪がその月明かりを吸い込んで発光しているような錯覚さえ覚える。
そして鮮やかな真紅の瞳が対照的な妖しさがあり、どこか妖艶な魅力があった。
そうしてしばし言葉を失っていた。
月の化身が顕現したかのような神々しさにロイドは目を放すことさえ忘れていると、
「では先輩、言い訳があるならどうぞ」
気のせいでは片付けられない程の冷気を含んだ声が降ってきた。
「……え?」
思わずポカンとするロイドに、しかしクレアは言葉通りロイドの言葉を待つ。
多くの男性を魅了するであろうにっこりとした笑顔が、何故か今は寒気を誘った。
そもそも、なんでここにクレアが?と、ようやく回り始めた頭。
そして頭の回転は基本早いロイドは、一呼吸する間にある程度状況を予想した。
(負けたのは分かってだけど……体の痛みがほとんどねー。クレアの治癒魔法か。じじいが俺を連れて逃げた、または地竜を倒してクレアを連れてきた、ってとこか)
ロイドが夜空を眺めていたのは負けた事を噛み締めていたからだった。詳しく言えば、敗因や打開策、己の欠点などを考えていた。
そして、クレアは負けた事を当然知っているだろう。 ウィンディアというフェブル山脈の魔物という脅威から領民を守る一家にいながら、その魔物に負けた事を。
「言い訳なんかねーよ。俺の力不足だ」
「…………」
ロイドのまるで自分に言い聞かせるかのような言葉に、しかしクレアは反応すら示さずにいた。強いて言えば、にっこりが深まったか。
それをロイドはどう捉えたか、言葉を付け足す。
「はぁ。突破力、殲滅力、継戦能力が特に欠けてたな。……地竜の頑丈さや生命力、魔力の多さ、防御の固さをぶち抜く突破力、魔力にものを言わせた範囲攻撃に対抗出来なかった殲滅力、『神力』頼りの割にその『神力』の扱いが下手で長く戦えない継戦能力の低さ。このへんが浮き彫りになったわ」
そう、ロイドは対人においてかなりの実力を付けたと言えるだろう。
スピード重視の移動術や攻撃スタイルは、対人において攻撃をもらわず手数と速度で圧倒し、そのまま短期決戦でも押し込めるレベルにすら至る。
だがそれは人の耐久力が前提だ。
強固な、また生命力に溢れた魔物相手だと、速度で圧倒しても決定打が打てない。または決定打を打つまでに力尽きる。
空間魔術と、ーー今回は至近距離に持ち込めずに使わなかったがーー『崩月』という攻撃力に長けた切り札も、使い所や燃費の悪さなどの欠点によって不発に終わったり、または命中しても通じなければそれまでなのだ。
そう口にする事で整理が出来たのか、ロイドは少しスッキリしたように、しかし改めて実力不足を痛感して悔しそうに嘆息した。
「違います」
「……ん?」
だがクレア的にはそうじゃなかったらしい。にっこりとしたまま、バッサリと切り捨てた。
「く、クレア?」
「なんで逃げないんですか?」
なんか怒ってないですか?と頬をひきつらせて名前を呼ぶロイドに構わず、クレアは言葉を続けた。
それは疑問符こそついていたが、叱責の色が強い。
「ウィンディアだから?領民を守る為?はい、先輩にとって大切な事なんだと思いますし、私もそう思いますよ」
「え、えっと、クレア……?」
「でも、今回のは違いますよね。先輩が勝手に地竜に喧嘩売っただけですもんね」
「あ、はい」
どうやらロイドの話を聞く気はないらしい。言い訳タイムは終わったのだ、とクレアは言葉をロイドに叩きつけていく。
そして一拍。にっこりが消え、代わりに眉尻を下げて瞳を揺らす、まるで迷子になった子供のような表情を浮かべて口を開く。
「でも、私は先輩は逃げずに死んじゃう方が悲しいです。嫌なんです」
その言葉に、ロイドは目を見開いた。
「もし先輩が逃げずに戦って、それで守られても……先輩が死んじゃったら私はちっとも嬉しくないです」
その真紅の瞳を涙で揺らし、しかし溢さずに湛えたまま、クレアは感情を持て余したように語気を荒くしていく。
「だいたい先輩ってそんなキャラじゃないじゃないですか!勇者でもあるまいし、皆んな守るなんて言う殊勝でイタい人じゃないでしょ?!」
さりげに勇者に被弾。遠くでコウのくしゃみが聞こえそうだ。
「身内だけ守れたら良くて、それ以外は割と酷い扱いする人でしょ?!ヒーローか悪役かなら悪役な人じゃないですか!」
え、そんな風に思ってたの?と内心ロイドは苦笑いだ。勿論、それを表に出す愚行はしなかったが。
「それにスピード型っていうなら危なかったら逃げればいいじゃないですか!それで誰かと一緒に戦って勝てばいいんですよ!」
これについては、なるほど確かにその通りだった。
そして、先のクレアの「違います」の回答がこれなんだとロイドは気付けた。
1人で勝てないなら2人で。それでダメなら3人で。
それが出来ないとは口が裂けても言えない。何故なら、ロイドはディンバー帝国でクレアと『2人で』ジルバに勝ったのだから。
それに、そもそもロイドの周りに居る人達はただ守られるような人間ではない。
誰もが、きっとどんな脅威を前にしても、助けを求めれば応えてくれる。そう思わせてくれる『強い人間』なのだから。
「それにそれに、えっと、いいんですか!?可愛い後輩が泣いちゃうんですよ?!葬式も行きませんよ!?」
感情に言葉がついていかなくなったのか、なんだか若干論点がズレた内容になっていくクレア。
そしてついに湛えていた涙がその大きな目から溢れ落ち、
「そりゃー困るかな」
頬を伝う前に、ロイドが指ですくいとった。
「先輩……」
「いや、ほんとその通りだわ。悪かった、クレア」
ロイドは上半身を起こして体の向きを変え、クレアと向き合うようにして座る。
そしてクレアの目を見て謝罪の言葉を口にした。
「次からは、頼らせてくれ」
「あ、当たり前ですっ!次に勝手な事したら魔力無くなるまで火球ですからね!」
言葉も少なくロイドは微笑み、クレアは思わずといった風に返す。
エルフの姫として膨大な魔力を全て火球に。多分骨も残らない。
だが、そんな恐ろしい発言に対して、クレアは嬉しさを堪えきれないように笑っていた。
欲しかった言葉を聞けた。そう物語る笑顔に、ロイドは微笑みを深くする。
ありがとう、と小さくて夜空に消え入りそうな言葉は、しかし月明かりに照らされるように彼女に届いていた。
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