魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
76 対地竜
「グオオオオオオッ!!」
空中に飛び出したまま高度を維持しているロイドに向けて放たれる咆哮。
耳を劈く雄叫びに顔をしかめつつ、ロイドはその咆哮の主を睨むように見定める。
全長は10メートルほどはあろうか。鉱石と岩を溶かして固めたかのような、光沢のある岩のような鱗を全身に貼り付け、口元に並ぶ牙の中でも一際目を引く二本の長い牙。
先程の落石でいくらかの鱗が割れて赤い血が滲むものの、ダメージはほぼないように見える。実際、竜からすればかすり傷程度だ。
「あんなアホみたいな落石でこんくらいしかダメージないんか……硬すぎだろ」
ロイドは辟易としたような口調で吐き捨てるが、その表情は険しいものだった。
もしロイドが先程の落石に埋まっていたとすれば怪我では済まなかっただろう。
そして、そんな装甲を貫く攻撃となるとそう多くはない。
だがそれらは時間的な溜めだったり発動回数や制限時間などのリスクも伴う。果たして削り切れるかーー正直、自信は少ない。
そんなロイドの苦笑は、若干の焦りを含んでいた。
「グルゥウウ……」
そして勿論、対抗策に詰まるロイドを地竜がわざわざ待ってくれるはずもなく。
「っ!マジかっ!?」
いかにも鈍重そうな見た目。そんな地竜さん、なんと宙に待機していたロイドまで大きくジャンプ。
これにはさすがに度肝を抜かれたロイドは、感心か悪態か自分でも分からない言葉を咄嗟に漏らしつつ全力で風を使って下降した。
上空に逃げるには体にかかる重力の分速度が落ちて、回避が間に合わない故の判断だったが、しかしそれは失敗だった。
「グオアアッ!」
短い咆哮に応えるように、ロイドが着地した地面とその一帯が一瞬波打つ。かと思った次の瞬間には、ロイドに覆いかぶさるように大地が全方位から迫ってきた。
「……ッ!」
ロイドは目を見開く。それはこんな規模の魔法を一瞬で発動した事への驚愕だけではなく、先程跳躍した地竜がまるで計算していたかのように真上から落下してきている事も含めてだ。
周囲からの巨大な土壁と上空からの地竜のジャンピングプレス。ロイドはほとんど反射神経に近い動きで風魔術への魔力供給を中断、全魔力を身体強化にまわす。
さらには腕への部分強化。迫る分厚い土壁に向かって走り、その拳を叩き込んだ。
「ぐっ……ぅうおおおっ!」
想像以上に硬い壁に歯を食いしばりつつ、鋭く収束させた魔力をもって限界まで拳撃を強化。それによりどうにか壁に穴を開けた。
その穴に体を捻じ込むようにして脱出したロイドの背後で、ドォン!と空気を震わせる爆音をたてつつ地竜が着地した。
「っくそが!」
その着地の衝撃に体を放り出されたロイドは、空中で体勢を立て直しつつ地竜を睨む。地竜もロイドを見据えており、その視線がぶつかり合った。
その地竜の瞳に微かな苛立ちと敵意が生まれるのを見つつ着地したロイドは、部分強化を全身への身体強化に戻して全力で跳び退く。
距離をとり時間を稼ぎ、『神力』を引き出す。
そうしなければ、はっきり言って勝ち目はない。
だがそのロイドの考えを見抜いてか否か、地竜は時間を与えようとはしない。
今度は吠える事もなく無言でロイドを睨んだまま、その莫大な魔力を魔法へと変換。
再び鼓動でもしたように一瞬波打った大地が、次々とロイドに襲い掛かる。
下から上へと撃ち上げられる巨大な岩、隆起す岩の槍、足場を崩す為の蟻地獄のように緩んで沈む地面など、まるで魔術を思わせる多種多様な魔法の連続行使。
大地の魔術師グランとの戦いの経験が無ければ即座に押し込まれたであろう波状攻撃を必死に掻い潜り続けるロイド。
しかしスピード重視であり、回避を得意とするロイドをもってしても徐々に追い詰められていく。もちろん、『神力』を発動する為の溜めの時間など無い。
強引に突破する事も至極困難だ。ひとつひとつに馬鹿らしくなるほどの魔力が込められた魔法の弾幕は、グランのそれよりも重く硬い。
一点突破に絞ってもそれを貫くまでに隙が出来てしまうし、それはこの弾幕において致命的だ。
圧倒的な破壊力と制圧力を前に徐々に傷を増やすロイドは、しかし慌てるでもなく打開策を模索する。
まずは離脱。その為には、今の速度では不可能。身体強化は防御力と速度のバランスを考えれば今が全開。であれば、
(いちかばちか!)
人生でも上位に入るであろう速度で魔力操作を行ったロイドは、風魔術と脚部の部分強化への魔力の振り分けに瞬時に切り替えた。
脚に強化を集中した事で全身の強化による防御を無視した、限界まで速度へ特化した魔力采配だ。
「ふっ!」
短く鋭い呼気と共に地面を砕く踏み込みと追い風による超高速移動。
体を掠めてる岩で全身に小さく傷を負いながらも、ロイドは大地が暴れる範囲から銃弾のように突き抜けた。
「グオオオッ!」
「…………」
その事に怒りを感じたのか、空気を揺らす咆哮をあげる地竜。鼓膜を激しく叩くそれを、しかしロイドは認識すら出来ないほど深く集中する。
飛び出した格好のまま空中を真横に滑りつつ、瞑目する事数秒。
「――……ッ」
瞼をカッと開いて空中で一回転しつつ体を半分捻り、地竜に体を向けながら着地して超高速移動の勢いを地面を滑って殺しながらその巨体を鋭く睨む。
ガリガリと地面を削り勢いが止まる頃には、魔法によって荒れ狂う大地がロイドに追いつき呑みこまんと襲い掛かりーー
「グオオオオオオッ!」
ーーズゥン!と重々しく腹に響くような音と土煙を上げて、数多の魔法が一点に集約、激突した。
それを見て勝鬨をあげるように叫ぶ地竜。
「………!」
だが、そこには羽虫の如き小さく、されどすばしっこく逃げ回る人族の子を捉えた感覚は無かった。
土煙に覆われる一帯を凝視して唸る地竜。
いかに魔術の如き多様性を見せる攻撃を行えたとしても、地竜のそれはあくまで魔法でしかない。
故に、ロイドの風のように干渉させた魔力を通じて知覚するといった探知能力は無い地竜は、ロイドを見失ってしまっていた。
その分魔力の探知に意識を割く。
人族が厄災の一つであると括る魔物である中級竜。そんな生態系のほぼ頂点に位置する地竜は、危機感を日常的に感じる事は当然少ない。 その為、自然界において魔力探知という危険回避に使われがちな技術は、その実力に比較すれば下手とさえ言えるレベルであった。
それが幸いした。
魔力という点に地竜が意識を割いているのに対して、ロイドが纏う力が魔力では無くなった事も理由になるだろう。 その異質とさえ言える力の圧力に、魔力探知など無くとも本能的に畏れを抱かれる事も多々あるが、しかし地竜にはその危機感を感じとれなかった事もまた要因かも知れない。
ともかく、ロイドは地竜からの認識から逃れた。
土煙が巻き上がるよりも速く、斜め後ろに跳ぶーー否、飛んだロイドは、緩やかに渦巻く白金を滲ませた風を纏い、金の瞳で眼下の地竜を見据えていた。
その時間を使ってしっかりと『神力』を練り上げ、己の持つ攻撃手段でも最大級のそれを発動せんと集中する。
そして口をゆっくりと開く。 時間短縮にという形で使い始めた”詠唱”は、苦手意識――というか日本での暮らしで抱いていたそれへの恥ずかしさがあったが、いざ使えば短縮のみならず技のイメージの引き出しやすさが違った。
そしてそれは、イメージが直接的に威力に直結する魔術において利点でしかなく、ロイドは少しでも威力を高めようとそれを口にする。
「空間魔術ーー『斬空』」
空中に飛び出したまま高度を維持しているロイドに向けて放たれる咆哮。
耳を劈く雄叫びに顔をしかめつつ、ロイドはその咆哮の主を睨むように見定める。
全長は10メートルほどはあろうか。鉱石と岩を溶かして固めたかのような、光沢のある岩のような鱗を全身に貼り付け、口元に並ぶ牙の中でも一際目を引く二本の長い牙。
先程の落石でいくらかの鱗が割れて赤い血が滲むものの、ダメージはほぼないように見える。実際、竜からすればかすり傷程度だ。
「あんなアホみたいな落石でこんくらいしかダメージないんか……硬すぎだろ」
ロイドは辟易としたような口調で吐き捨てるが、その表情は険しいものだった。
もしロイドが先程の落石に埋まっていたとすれば怪我では済まなかっただろう。
そして、そんな装甲を貫く攻撃となるとそう多くはない。
だがそれらは時間的な溜めだったり発動回数や制限時間などのリスクも伴う。果たして削り切れるかーー正直、自信は少ない。
そんなロイドの苦笑は、若干の焦りを含んでいた。
「グルゥウウ……」
そして勿論、対抗策に詰まるロイドを地竜がわざわざ待ってくれるはずもなく。
「っ!マジかっ!?」
いかにも鈍重そうな見た目。そんな地竜さん、なんと宙に待機していたロイドまで大きくジャンプ。
これにはさすがに度肝を抜かれたロイドは、感心か悪態か自分でも分からない言葉を咄嗟に漏らしつつ全力で風を使って下降した。
上空に逃げるには体にかかる重力の分速度が落ちて、回避が間に合わない故の判断だったが、しかしそれは失敗だった。
「グオアアッ!」
短い咆哮に応えるように、ロイドが着地した地面とその一帯が一瞬波打つ。かと思った次の瞬間には、ロイドに覆いかぶさるように大地が全方位から迫ってきた。
「……ッ!」
ロイドは目を見開く。それはこんな規模の魔法を一瞬で発動した事への驚愕だけではなく、先程跳躍した地竜がまるで計算していたかのように真上から落下してきている事も含めてだ。
周囲からの巨大な土壁と上空からの地竜のジャンピングプレス。ロイドはほとんど反射神経に近い動きで風魔術への魔力供給を中断、全魔力を身体強化にまわす。
さらには腕への部分強化。迫る分厚い土壁に向かって走り、その拳を叩き込んだ。
「ぐっ……ぅうおおおっ!」
想像以上に硬い壁に歯を食いしばりつつ、鋭く収束させた魔力をもって限界まで拳撃を強化。それによりどうにか壁に穴を開けた。
その穴に体を捻じ込むようにして脱出したロイドの背後で、ドォン!と空気を震わせる爆音をたてつつ地竜が着地した。
「っくそが!」
その着地の衝撃に体を放り出されたロイドは、空中で体勢を立て直しつつ地竜を睨む。地竜もロイドを見据えており、その視線がぶつかり合った。
その地竜の瞳に微かな苛立ちと敵意が生まれるのを見つつ着地したロイドは、部分強化を全身への身体強化に戻して全力で跳び退く。
距離をとり時間を稼ぎ、『神力』を引き出す。
そうしなければ、はっきり言って勝ち目はない。
だがそのロイドの考えを見抜いてか否か、地竜は時間を与えようとはしない。
今度は吠える事もなく無言でロイドを睨んだまま、その莫大な魔力を魔法へと変換。
再び鼓動でもしたように一瞬波打った大地が、次々とロイドに襲い掛かる。
下から上へと撃ち上げられる巨大な岩、隆起す岩の槍、足場を崩す為の蟻地獄のように緩んで沈む地面など、まるで魔術を思わせる多種多様な魔法の連続行使。
大地の魔術師グランとの戦いの経験が無ければ即座に押し込まれたであろう波状攻撃を必死に掻い潜り続けるロイド。
しかしスピード重視であり、回避を得意とするロイドをもってしても徐々に追い詰められていく。もちろん、『神力』を発動する為の溜めの時間など無い。
強引に突破する事も至極困難だ。ひとつひとつに馬鹿らしくなるほどの魔力が込められた魔法の弾幕は、グランのそれよりも重く硬い。
一点突破に絞ってもそれを貫くまでに隙が出来てしまうし、それはこの弾幕において致命的だ。
圧倒的な破壊力と制圧力を前に徐々に傷を増やすロイドは、しかし慌てるでもなく打開策を模索する。
まずは離脱。その為には、今の速度では不可能。身体強化は防御力と速度のバランスを考えれば今が全開。であれば、
(いちかばちか!)
人生でも上位に入るであろう速度で魔力操作を行ったロイドは、風魔術と脚部の部分強化への魔力の振り分けに瞬時に切り替えた。
脚に強化を集中した事で全身の強化による防御を無視した、限界まで速度へ特化した魔力采配だ。
「ふっ!」
短く鋭い呼気と共に地面を砕く踏み込みと追い風による超高速移動。
体を掠めてる岩で全身に小さく傷を負いながらも、ロイドは大地が暴れる範囲から銃弾のように突き抜けた。
「グオオオッ!」
「…………」
その事に怒りを感じたのか、空気を揺らす咆哮をあげる地竜。鼓膜を激しく叩くそれを、しかしロイドは認識すら出来ないほど深く集中する。
飛び出した格好のまま空中を真横に滑りつつ、瞑目する事数秒。
「――……ッ」
瞼をカッと開いて空中で一回転しつつ体を半分捻り、地竜に体を向けながら着地して超高速移動の勢いを地面を滑って殺しながらその巨体を鋭く睨む。
ガリガリと地面を削り勢いが止まる頃には、魔法によって荒れ狂う大地がロイドに追いつき呑みこまんと襲い掛かりーー
「グオオオオオオッ!」
ーーズゥン!と重々しく腹に響くような音と土煙を上げて、数多の魔法が一点に集約、激突した。
それを見て勝鬨をあげるように叫ぶ地竜。
「………!」
だが、そこには羽虫の如き小さく、されどすばしっこく逃げ回る人族の子を捉えた感覚は無かった。
土煙に覆われる一帯を凝視して唸る地竜。
いかに魔術の如き多様性を見せる攻撃を行えたとしても、地竜のそれはあくまで魔法でしかない。
故に、ロイドの風のように干渉させた魔力を通じて知覚するといった探知能力は無い地竜は、ロイドを見失ってしまっていた。
その分魔力の探知に意識を割く。
人族が厄災の一つであると括る魔物である中級竜。そんな生態系のほぼ頂点に位置する地竜は、危機感を日常的に感じる事は当然少ない。 その為、自然界において魔力探知という危険回避に使われがちな技術は、その実力に比較すれば下手とさえ言えるレベルであった。
それが幸いした。
魔力という点に地竜が意識を割いているのに対して、ロイドが纏う力が魔力では無くなった事も理由になるだろう。 その異質とさえ言える力の圧力に、魔力探知など無くとも本能的に畏れを抱かれる事も多々あるが、しかし地竜にはその危機感を感じとれなかった事もまた要因かも知れない。
ともかく、ロイドは地竜からの認識から逃れた。
土煙が巻き上がるよりも速く、斜め後ろに跳ぶーー否、飛んだロイドは、緩やかに渦巻く白金を滲ませた風を纏い、金の瞳で眼下の地竜を見据えていた。
その時間を使ってしっかりと『神力』を練り上げ、己の持つ攻撃手段でも最大級のそれを発動せんと集中する。
そして口をゆっくりと開く。 時間短縮にという形で使い始めた”詠唱”は、苦手意識――というか日本での暮らしで抱いていたそれへの恥ずかしさがあったが、いざ使えば短縮のみならず技のイメージの引き出しやすさが違った。
そしてそれは、イメージが直接的に威力に直結する魔術において利点でしかなく、ロイドは少しでも威力を高めようとそれを口にする。
「空間魔術ーー『斬空』」
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