魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

74 遺跡

 フェブル山脈は魔境と評される程に強力な魔物が多数潜む危険地帯だ。
 だが、それ程の脅威として名を博すようになるには他にも理由があり、その理由をロイドは期せずして知っていた。

「遺跡?」
「ああ。いつまで経っても見つけれんクソガキの為に、遺跡の感覚を教えてやる」
「ありがとうございますクソじじい。……つっても、前に俺行ったけど」

 そう、遺跡が多数ある事だ。そして、それはロイドも現在自身の主戦力として愛用している『風魔術』の習得の際に赴いた事があった。

 ロイドはその事をもはや無意識に近い悪態をつきつつ聞くと、レオンはふんと鼻を鳴らして答える。

「あれは俺がほとんど破壊した残りカスだ」
「そーいやそんな事言ってたな……」

 確かにロイドが遺跡攻略に向かった際、敵対した相手は紛れこんだと思われる狼の魔物と風魔術の魔法陣を有したーーいわゆるボスのような存在のーーゴーレムだけだった。
 そしてそれはレオンが早急にある程度の戦力をロイドに保有させる為の下工作として、遺跡の脅威を削いでいたからに他ならない。

「まぁ確かに、遺跡といえばそこらの強ぇ魔物相手するより難しいって話だもんな」
「当然だ。そこそこの規模の遺跡を単独攻略するなら……そうだな、中級竜とやりあえるくらいには力がいるだろう」

 そう、遺跡とはそこに潜む魔物が存分に力を振るう為の環境となっている。
 そしてそれらが複数、しかも点在する為に、単純な戦闘能力のみならず対集団戦闘やいわゆるサバイバル能力も必要となる。

 ちなみに、中級竜ともなれば常識を超えるほどの生命力を有する為、余程の実力や突破力が無ければ長期間戦闘がついてまわる。その為レオンはそれを引き合いに出したのだが、

「ふーん。てか竜にも中級とかそーゆーのあんの?」

 ロイドは竜の知識に疎かった。
  だが無知と責めるのは酷と言えるだろう。竜とは魔物においても頂点の一角とされる強力な種族であり、中級以上は厄災と呼ぶ者も少なくない。
 反面、個体数が著しく少ない為、それらの情報はそう有名な話ではないのだ。つまり、『竜』という一括りで脅威と見られがちなのである。もっとも、

「クソガキ、それくらい知っとけ。それでもウィンディアか」
「ぐっ……」

 ウィンディアというその希少な竜種とさえ相対する可能性の高いウィンディア領、その領主の息子としては落第点なのは間違いない話ではあった。
 ロイドはあまりにごもっともな指摘に、クソじじいというお決まりの反論すらなく唸るのみだ。

 そんなロイドに呆れた視線と言葉を送っていたレオンだが、嘆息して切り替えたように説明を始める。

「まず下級竜。ただの飛ぶでかいトカゲだ」
「簡潔も過ぎれば説明にすらなんねーんだけど」

 レオンの説明にロイドは教えてもらう立場と分かっていながら思わずつっこむ。
 彼が持つ力を考えればその程度の認識なのかも知れないが、とは言えその説明は下級竜に対してもあんまりだろう。
 レオンもレオンで結構適当なところがあるが、それが顕著に出たと言えるかも知れない。

「で、中級竜。さっきのでかいトカゲに属性がついたやつだ」
「マジか、そのまま進めるのか」

 ロイドの苦情はスルーされたらしい。相変わらず簡潔すぎる説明を淡々と続けるレオンに、ロイドは悪態のような言葉を吐きつつも諦めて聞く事にした。

「最後に上級竜。中級竜が一定以上強くなったらそう呼ぶ」
「一定以上?」
「基準は知らん。人族の線引きだ」

 つまり、レオンにとってはどっちも大差がないという事らしい。

「ちなみにクソガキと会った時の黒竜は上級竜だ」
「あれか!まぁあれで中級竜なら上級なんて手に負えたもんじゃねーわな」

 フェブル山脈を舞台にゲイン盗賊団と戦った際、立て続けに現れた黒き竜。
 『剣神』ラルフと『万雷の魔女』ベルの共同戦線をもってしても苦戦を強いられたその竜こそが上級竜だという。

 上級竜は別名『色竜』と呼ばれ、司どる属性を昇華させてより強力な猛威を振るう竜を指す。
 その際、中級竜の頃に属性に合わせて持つ鱗の色が、より濃くはっきりとした色になる事からそう呼ばれるようになったのだ。

 もっとも、レオンからすれば色の違いなど見るよりも殺した方が早いのだろうが。

 ちなみに、あの時の黒竜は身体魔法特化である。竜種は基本的に炎を吹くーーブレスを有してはいるが、それでも赤竜と呼ばれる火を司る上級竜に迫る蒼炎を扱うに至ったのはそれ程までにあの個体が強力だったからに他ならない。
 ラルフやベルを苦戦させる竜種など、上級竜の中でもそう多くはないのだ。

 だが、ロイドはそんな事情を知るはすもなく、そしてレオンも上級でも上位だろうと敵ではない為に、その真相を知る事はなかったが。

 ここでロイドが本題に戻しにかかる。話を逸らしたのもロイドだが。

「で、その遺跡に行くんか。魔術があるん?」
「さぁな。最近見つけたってだけで、そこまでは分からんが……恐らくは違うだろうな」
「ふーん。まぁいーや、その遺跡の感覚ってのが分かりゃいんだろ」
「そうだ」

 遺跡は魔術時代の遺物とされている。事実、その多くはその通りなのだが、それ以降に発生する場合もあった。
 その発生条件や原因などは判明していない。というより、遺跡が発生するという事実もしっかりと把握されている訳ではなく、憶測の域を出ないのが現状だ。

 だが、レオンはそうではない。長い時の中でフェブル山脈を渡り歩いた彼は、明らかに新たに発生したという遺跡をいくつも見てきたのだ。
 今回の遺跡もその類なのだが、しかし既存も発生したものも共通している事がある。

「遺跡という普通の空間とは違う場所には、独特の雰囲気がある。それを体感すれば学園での遺跡探しに役立つだろう」
「なるほどなー」

 遺跡という閉鎖的な空間に多くの魔物が住み、そして魔術なり魔術具なりを最奥に据えるという非凡な空間。
 単純に言葉にしてしまえば高濃度の魔力地帯なのだが、そこにどこか厳かと言っても良いーーレオンの言葉でいえば、「独特な雰囲気」が存在する。

 それを聞いたロイドは適当な相槌をするも、なんだかんだで行き詰まる度に行くべき道を示し、または打開に必要な情報を与えたりと、しっかり『師匠』をしているレオンに内心で感謝の念を抱く。
 それを口にしないのは、普段の会話の気やすさからか、それともロイドのちょっとした意地からなのかは本人も理解していない。

「今回の遺跡は俺は何も手を加えてない。感覚的には大した規模でもないし、さくっと攻略してこい」
「そーなんか……って攻略?」

 これにも適当な相槌をしかけて、ロイドは目を丸くする。もちろんそれに構う事のないレオン。

「俺は外で待っておいてやる。寂しいなら呼んでもいいぞ、クソガキ」
「分かったソッコーで攻略してきてやるわ。クソじじいがぽっくり逝く前にな」
「俺は不死だが」

 そんな会話をしつつ走る師弟。
 それからしばし軽口のように悪態をついていた2人は、目的の場所に到着した。

 以前の遺跡と違い、その遺跡は洞穴のようだ。ロイドからすれば『らしい』入り口となっているとも言える。

「ここだ。じゃあな」
「あいよ、ならまた」

 そんな淡白という言葉でも足りないほどあっさりした言葉を交わし合い、レオンは適当な岩に腰掛け、ロイドは足を進める。

 日の光も届かない暗闇。しかしロイドは散歩でも行くように歩き出し、そしてその暗闇に呑み込まれるように消えていった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品