魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

71 月下の森

 勇者との戦いも終わり、その夜。
  ちなみに、その勇者はエミリーとともに帰ろうとした頃に、ふらふらとどこかへ去っていった。
 会話が聞こえる程の距離ではなかったが、代わりにコウが何か呟いているのも聞き取る事は出来なかった。
 
 どこか危うさを感じさせる様子に、しかしロイドはやはりかけられる言葉はないと追う事はなかったが。

 そしてロイドはウィンディアに居る際の日課でもある自主訓練も終えて部屋に居た。

 火照った体を冷やすように窓を空けて、窓枠に腕を乗せて寄りかかるようにして外を眺めている。

「あー涼し……」

 あれから帰って早々にキッチンに立つエミリーに、昼食を用意していたシルビアは目を丸くした。
 「準備してるわよ」と告げるシルビアに、「いいから」と譲る事なくエミリーが料理を進めるのを見て、シルビアは優しく微笑んで場所を譲った。

 そして結局どうにか昼食にシチューを間に合わせたエミリー。
 それを見たロイドは嬉しそうに笑い、「さすがエミリー、仕事が早いな」と舌鼓を打って嬉々としてスプーンを動かしていた。

 それを「あんたがうるさいからよ」と仕方なさそうに返しつつも、ロイドの食べる様子を嬉しそうに見つめるエミリー。
 そんな彼女に、周りが気付かないはずもなく。

 ふふふ、とにっっこり笑うシルビア。
 うんうん、と見守るように生優しく頷くフィンク。
 無言で親指を立ててエミリーにそれを向けるルーガス。
 むぅ、と悔しそうに、しかしどこか喜んでいるように唸るローゼ。
 へぇ、と楽しそうに笑うグラン。
 
 そんな視線が集まっている事に気付いたエミリーは、しかし叫ぶでも逃げる訳でもなく、拗ねるように顔を背けるだけ。
 
 普段よりも感情を受け入れているようなその様子に、心境の変化を敏く感じたシルビアは、エミリーの頭を頑張った子供にそうするように撫でた。
 エミリーも顔を背けたまま、しかし振り払うでもなく撫でられていた。

 そんな周囲に気付くことなく一心不乱にシチューを食べ、さらにはおかわりまでするロイドには、いい加減気付けやとグランとローゼから呆れた視線が向けられたりもしたが。

 そして、窓から入る優しい風に体の火照りを冷ましたロイドは、そろそろ寝ようかと窓を閉めようとして、

「……クレア?」

 魔力を隠しているのか目で見るまで気付かなかったが、外に向かって歩くクレアを目にした。




「どしたよ?」
「……先輩?」

 なんとなく同じく気配を消してクレアを追ったロイドは、追いつく頃には領内外れにある森に着く頃に追い付いた。

「ん?森?」
「……はい、ほら一応、『森の調停者』ですし」
「そっか……恋しくなったか?」
「……えへへ、少し」

 クレアは話しながら、手頃な木の根に腰掛ける。
 それを見たロイドは、しばし考えるように動きを止めた後、「横、いいか?」と聞きながら隣に腰掛けた。

「まだ返事してませんよ?」
「いいだろ別に」
「……相変わらず何気に自分勝手なんですから」
「そーか?」

 ロイドの問いにクレアは微笑むだけだ。
 肯定か冗談だという意味か分かりかねたが、しかしロイドは追求するでもなく微笑み返し、視線を上空に放る。

「……夜の森ってのも、意外ときれーだな」

 日が照らす中での森は、風に揺れる枝葉の隙間から差し込む木漏れ日が波打つように煌く美しさがある。
 だが、人によっては不気味と捉えるであろう夜の森も、隙間から見える月光や星々や、その微かな光を枝葉で切り抜いたような黒とのコントラストがロイドには綺麗に映った。

「でしょ?私、エルフになってから森で暮してたんですけど、結構好きだったんです。この景色」
「そっか。まぁ月が綺麗に出てなかったらこうもいかんだろーけどな」
「……わざわざ今それ言わなくていいですよ」

 もう、と呆れたように呟くクレアに、ロイドは悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。

「………先輩、私ね。エルフとして生まれて、ちょっと寂しかったんです」
「……そーなんか」

 いつもならお時間いいですか?とか聞いてくれますか?と切り出しそうなクレアだが、今日はただ静かに話し始めていた。
 
「しかも一応はお姫様だったんですよ?近しい友人も出来ないし、たまに村の会議とかに参加して、その内容を皆んなに話す長老と一緒に話すくらいでしたけど」
「偉いな。俺なんて次男だから遊びまくってたわ」
「ふふっ、嘘つきですね」

 戯けるように話を褒めるロイドに、クレアは笑う。
 
「なんでこんなとこに、とか。先輩はきっと人族で別の所に居るのに、とか。会いに行こうにも立場が邪魔、とか、色々思ってました」
「…………」
「でも、なんだかんだ好きだったみたいです。ーー無くして、気付きました」

 ディンバー帝国皇太子にして『最高戦力』と評されたジルバ。
 彼によってエルフの集落は攻め落とされ、クレアを除くエルフは全員居なくなってしまった。

「エルフになって、どこか寂しくて。でも、無くして1人になって、もっと寂しくて」

 相槌すら打てず、いや打つ事さえ無粋に感じて黙って聞くロイドに、クレアは言葉を続ける。

「でも、先輩が来てくれました」

 その言葉とともに、クレアはロイドへと視線を移す。

「………」

 ロイドを真っ直ぐに見る、透き通るルビーのような紅い瞳に気付かない内に目を奪われた。
 銀糸のような流れる美しい髪は、まるで木々の隙間から見える月を宿したかのようで、ロイドを真っ直ぐに見つめる彼女に神秘的な美しさをもたらす。

「……今だから言うんですけど、前世でもどこか寂しかったんです。ほら、女友達がなかなか出来なくて」
「……あぁ」

 絞り出すように返事をしたロイドに、クレアは「まぁバレてたかも知れませんけどね」と眉尻を下げて笑う。

「でも、先輩と居るようになってからはそんなこともなくなって。女友達だって出来ましたし、いつの間にか寂しさも忘れてました」
「そっか。なら、良かった」

 意図したものではないが、先輩社員として何か出来たのなら嬉しい事だと、ロイドは小さく微笑む。
 それに応えるように、クレアは如月愛を思わせる明るい笑顔を見せた。

「先輩。前世でも、そしてこっちに来てからも、私と居てくれてありがとうございます」

 黒川涼に如月愛は寂しさを埋めてもらった。 
 不幸だった訳ではないが、心のどこかにずっとあった寂しさ。 それを黒川涼は気にした風でもなく、しかし気付けば無くなっていたというくらい自然に、そして優しく埋めてくれた。

 クレアとして生まれて、姫としての立場に寂しさを覚え、しかし失う事で比べ物にならない程の寂しさに襲われた。
 そして捕らえられ、体の自由さえも無くして絶望さえ感じていた時、ロイドが助けに来てくれた。

 当時の彼からすれば本来勝てるはずもない相手を前にして、ぼろぼろになりながらも退く事なくクレアの為に立ち向かい、そして助けてくれたのだ。

「……そんなの、先輩として当たり前だろ」
「いえ、そんなはずないです。そんな人、先輩だけでした」

 ともすれば濁すようにも聞こえるロイドの返しが、本心からのものだとクレアは分かっていた。
 だからこそ、しっかりと否定をする。

「先輩だけです。こんなに良くしてくれて、こんなに助けてくれたのは」
「……そうか。まぁ、俺がやりたくてやってるだけだ。感謝は受け取るけど、気にするほどのもんでもねーぞ」

 そう言って優しく笑うロイド。
 
 その笑顔に、クレアは「んんっ」と口籠るように言葉を詰まらせて頬を染め、それから拗ねるように唇を尖らせた。 次いで、曲げた膝の上に腕を組んで、俯くようにその腕に顔を半分埋める。

「相変わらず……せこいです」
「え、なんて?」
「なんでもないですっ」

 ロイドは薄暗くて分からなかったが、クレアは白い肌をその瞳に負けないくらいに赤くしていた。
 拗ねるように言葉を返すクレアに、ロイドは首を傾げるも追求はしない。

「全く……これだから先輩は先輩なんです」
「え、何それ?てか『先輩』がバカにする単語に聞こえたんだけど」
「ふふ、鋭いのか鈍いのかどっちかにしてくれません?」
「なんで怒ってんだよ……てかたまに鋭いって言われる事はあるけど、やっぱ鈍いのか?」
「ええ、それはもう」

 楽しそうに笑うクレアに、小馬鹿にされつつも冗談と分かっていたロイドは彼女が笑うならいいかと微笑む。
 
「でもですね、先輩ってすぐ無茶するじゃないですか」
「心当たりがないわ」
「そういうとこです」

 ぴしゃりと言われ、なんとなく反論出来ないロイド。
 そんなロイドに、クレアは微笑む。

「だから。いつも助けてくれたお礼に、今度からは私が手伝います」

 覗き込むように、ロイドを見つめるクレアに。

「どうせ先輩は自分勝手に、やりたいようにやるとか言って助けたい人を助ける為に無茶するから」

 自分で言った言葉がしっくり来て可笑しかった、という風にくすりと笑い、それによって柔らかく細められた瞳から覗く綺麗な紅に。

「だから、私も勝手に先輩を手伝いますね。大体、助けてもらってばっかりの私だと思いますか?」

 悪戯げな表情をちらと見せ、その表情の変化によって波打つ月を宿したような銀糸の如き髪に。

「だから……クレアは、ロイド・ウィンディアを一生支えます。ですから、これまで居てもらった上にわがまま言いますけど……これからも側に居て下さいね」

 月の化身のような美しさと、例え誰であろうと口を挟む事は叶わなかったであろう、深く綺麗な想いの込められた言葉に。

 ロイドは、何かが自身の奥で締め付けられるような感覚を覚えた。

「……あぁ。当たり前だろ」
「………えへへ」

 自覚なく頬を染めながらも頷くロイド。
 
 そんな彼の返事に神々しさすら感じさせた彼女は一転して、まるで少女のように微笑った。

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