魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

68 勇者来訪

「……ふぁあ…」

 最近使っていた寮のベッドではなく、長年馴染んだベッドでゆっくりと目を開くロイド。
 朝にあまり強くないロイドは、欠伸をしつつも寝ぼけたように目を半分も開く事なく、これまた見慣れた天井をしばし眺める。

「………むにゃ…」
「……ん?」

 すると、布団の中にもう一つの温もりがある事に気付く。
 回転が遅い頭で思い出すと、そう言えば妹と一緒に寝た事を思い出した。

 ロイドは半ば無意識に髪を撫でる。
 茶色の柔らかい髪を持つはずのローゼではなく、黒く滑るような絹のような髪。
 それを撫で、しかし意識がまともに戻っていないロイドがそれに気付く事はない。

「……ふふ」

 撫でられた方はこれまた無意識に微笑んでいた。
 そして、次第に意識を覚醒させていく。

「………え?」

 そして気付いた。
 自分が、『弟』のベッドで寝て、頭を撫でられて微笑んでいたことに。

「っ!きゃああ!」
「っおぉ?!」

 それを認識した瞬間、思わずといった感じに叫ぶエミリーと、その声に驚いたように目を見開くロイド。
 何事?というように体を起こして寝ぼけ眼で周囲を見るロイドを他所に、エミリーは固まったまま動かない。

「……あれ?姉さん?ローゼじゃない?ん?」
「………」

 まだ寝ぼけているようで、普段の頭の回転力を欠片も発揮しないロイドは、エミリーを視界の中央に据える。

「……あー、ローゼはトイレ行って部屋に戻って、姉さんは逆に来た感じか?」

 やっと頭が回り始めたロイドは、姉と妹の習性から現状に至る予想を描く。ちなみに正解であり、更に言えばエミリーがロイドの布団に入り込む事は特に珍しくもない。
 なんなら目を覚ましてお互いを認識しても、そのまま一緒に二度寝をする事も多いほどだ。

「……まぁいいか、寝よ」

 そして今回も同じく二度寝に勤しもうとロイドは上体をベッドに戻す。
 ぼすっ、と枕に頭を放るロイドは、当然エミリーのすぐ近くに顔が来る訳で。

「〜〜〜っ!」

 寝ぼけてスルーしていたエミリーの顔の赤さが更に増し、硬直したように体を強張らせた。
 さらには即座に寝付いたロイドがころんと首の向きを変える事によってエミリーと至近距離で向かい合う形になる。

「っ!!」
「ってぇえ?!」

 それによって何がとは言わないが、限界を迎えたエミリーはロイドの頬をぺちんと叩いてベッドから転がり落ちるように出て行った。
 音から分かるように言う程痛くはないが、驚いたロイドは今度こそ目を覚まし、出て行くエミリーに視線を向ける。
 
 そこには、出ていこうと扉に向かった体勢のまま固まるエミリーの背中と、扉の隙間から覗く1人の女性。

「………何やってんだ母さん」
「ふふっ、なんでもないわ」

 語尾に音符がつきそうな声音で言う母シルビアに、ロイドはなんでもないならいいやと欠伸をしながら体を伸ばした。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 それからしばらくエミリーが不機嫌そうに顔を赤くして黙り込んでいたり、それにシルビアが嬉しそうに謝ったり、ローゼが「不覚…」と悔しそうに呟いたたりしていたが、いつものように美味しい朝食に舌鼓を打つロイド。

「よぉロイド、遅かったな」

 そこには昨晩結局泊まっていったグランが居た。
 すでに朝食も食べ終わりそうな彼に、ロイドはすっかり目が覚めたので会話をしながら食事を進める。

「……で、エミリーはどうしたんだ?朝からすげぇ表情なんだけどよ」
「母さんが何か言ったんだろ」

 いやロイドも絡んでるはず、とグランは思いつつも、詳しく知らないグランは指摘はせずに曖昧に頷くだけだった。

「ロイド、グラン。今日あたり多分来るから迎えてやれ」
「ん?あ、りょーかい」
「はい、分かりました」

 朝食も摂り終えた頃、ルーガスが口を開く。
 昨晩聞いていた話から、主語がなくとも理解した2人は頷くと、それを証明するように玄関からノックが聞こえてきた。

「言ったそばから来たな」
「こんな朝早くから迷惑なやつだ」
「いやそれはお前が寝坊したからじゃねぇ?」

 軽口を叩きつつも、玄関へと向かうロイドとグラン。
 そして扉を開くと、そこには予想通りの人物が。

「げっ!なんで君達がここに……」
「いやここ俺んちな」
「そういう意味ではない!学園はどうした?!」
「いやお前もな」

 登場早々に突っかかる来訪者――勇者コウに、ロイドは呆れたように返事をする。
 コウは嫌そうな表情を浮かべていたが、ハッと気付いたような表情になると、今度は何かを期待するような視線をロイドの後ろ、室内の方へと向けた。

「……ロイド、こいつ分かりやすいな」
「そーだな。……おい、何の用だよ?」
「君に用はない!君の父、ルーガスさんに用があるんだ!」

 昨晩夕食がてらに話を聞いたのだが、コウは『最強』といわれるルーガスに師事したく思いここに来ているのだという。
 本来なら勇者の権限に含まれる『戦闘技術向上の為の優遇』により、ルーガスはこれを断る事は叶わない。

 だが、そこは王国から特別に独立した自治を許されたウィンディア領。つまり、王国の制度である勇者の権限に従う必要はない。
 だが、だからといって突き返すのも忍びない、と国王と親しいルーガスはある提案をした。

『フェブル山脈にて修行をしたらどうだ』と。

 ルーガスは多忙であり、直接時間をとる事は難しい。独立した自治をしている分、浅くも広い管理が必要なので忙しいのは当然だ。

 それ故に短時間ならともかく、彼が言いたいのはそうではないだろうから。
 コウは最初は食い下がっていたが、結局は不満そうにしながらもフェブル山脈に向かった。

 だが、国内有数といえる危険地帯であり『魔境』とさえ言われるフェブル山脈だ。
 コウはその日の内にウィンディア領へと戻ってきて、数日ごとにルーガスに師事を頼むようになったのだという。

「あのな、父さんは忙しいんだよ。あんま迷惑かけんなっての」
「うるさい!お前には関係ないだろうが!」
「俺息子ですけど」
「えぇい黙れ!それに僕は勇者だ!訓練の拒否は出来ないんだぞ!」
「いや断られてんじゃん」

 朝の人の家の玄関で騒ぐ勇者。
 RPGの勇者ばりに迷惑な存在となっている彼だが、しかし退く気はないようだ。むしろ、ロイドを前にしたことで余計に意固地になっている。

「なによ、朝からうるさわいわね」

 そこにエミリーが現れた。
 いつの間にか支度を済ませたのか、いつものように可憐な姿となっているエミリーに、コウは期待通りだと言わんばかりに目を輝かせる。

「準備早いな姉さん。ベッドじゃすげぇ寝癖あったのに」
「ちょ、バカあんた何言って…!」
「は?」
「あーなるほど」

 何の気なしにからかうように言ったロイドの言葉に、エミリーが顔を赤くして慌てふためく。
 その様子とロイドの言葉から邪推したーーとは言え大体事実――コウが怒りに染まった表情を浮かべ、グランがエミリーの不機嫌に見えた朝の様子が照れていたのだと得心したように頷く。

「ロイド、君……今のはどういう意味だい?」
「ん?いや意味もくそもないけど」

 つまりはそのまんま添い寝したと言うロイドに、コウはーーどこまで邪推したかは知らないがーーさらに怒りを燃え上がらせる。

「き、君達は姉弟だろう?!何をしてるんだ!」
「いや姉弟ならそーゆー事もあんだろ」
「いやいや有り得ないだろう?!」

 もっとも、この会話で彼が何を思ったのかは想像出来なくもないが。

「……いいだろう、君に用が出来た。今すぐ、僕と戦え」
「えー、めんどくせ」
「うるさい。そして、勝ったらエミリーさんの隣は僕のものだ。負け犬には彼女の隣は相応しくないだろ?」
「……へぇ?」

 グランは内心でよく負けたばっかで言えたな、とある意味勇者な彼に呆れたように賛辞を送っていた。
 しかしグラン以上に痛烈な皮肉でも言いそうなロイドは、雰囲気を変えて口の端を吊り上げる。

「……ロイド?」

 その様子に、グランと同じく違和感に気付いたエミリーが覗き込むようにロイドを見る。
 が、それに気付いてないかのようにロイドはコウを見据えて言葉を続けた。

「……分かった。しょーがないから受けてやる。その代わり、俺が勝ったら姉さんには関わるなよ?その勇者の権限とかゆー虎の威を借るだっせぇ理由でも、だ」
「な、なんだと……?!」

 コウはロイドの言葉にーーあるいは急変した雰囲気に言葉を詰まらせる。
 が、実は以前から懸念していた不安材料を潰すまたとない機会。それをロイドが逃すはずがなく、

「え、もしかしてびびってんの?辞める?辞めちゃう?『恥さらし』なんかに喧嘩売っといて、出した条件の反対を突きつけられてびびって逃げんの?勇者が?勇気ある者が?やっぱ権限に縋らないと怖いの?」
「っ……!ふ、ふふ……!そこまで言うなら仕方ない、いいだろう!その喧嘩買ってやろうじゃないかっ!」
「いや売ってきたんお前な」

 ここぞとばかりに煽るロイドに、コウは怒りで赤くなった顔に青筋を浮かべてとカラフルな色合いを見せる表情で啖呵をきった。ヤケクソ気味に。
 それにニヤリと笑うロイドはとりあえず軽い皮肉を返しつつしたり顔で頷く。

「いやぁ、なんかパッと見ただけだとあれだな……勇者と悪魔」
「…………否定しないわ」

 人の心を転がす悪魔と、それに立ち向かう勇者。
 なるほど、とエミリーは顔を手で覆って頷いた。

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