魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる
66 帰省
フィンクとともに部屋に戻った時のように、堪えきれない笑いをそのままに笑い声に変えるロイド。
彼が居るのは大きな馬車の中であり、そこにはロイド以外にも数人の男女が居た。
「わ、笑ってやるなよロイド…ぶふっ!」
それを諫めようとするグランもつられるように吹き出す。
諫めるどころかむしろ煽るような姿に、馬車に居る2人の女子が更に頬を膨らませた。
それは、学園長リンドブルムの言葉によるものだった。
内容としてはこうだ。
昨日のフィンクによって大きくなった騒ぎが収束する気配がない。トーナメントという騒ぎだけでなく、『昨晩の食堂』でも大変な盛り上がりを見せたらしい。
このままでは講義に支障をきたす。
そう判断した学園側が、その騒ぎの人物となった数人を騒ぎが落ち着くまでの一時、休学にするというものだった。
そしてその対象となったのが、言わずもがなロイドだったのだが。
「兄さん、センスあるわぁ…」
「……先輩、怒りますよ」
「す、すみませんでした、『傾国』の美女様…ぶふっ」
「んもうっ!先輩っ!!」
ロイドだけでは無かったのだ。
いわく、ロイドと共にディンバー帝国の内戦を治めた囚われの姫。
ディンバー帝国の皇太子に見初められ、さらには実はエイルリア王国皇太子も心奪われている美姫。
その美しさや実力は、皇太子をもってしても惹かれる『傾国』の二つ名に相応しいとされ、学園内に『昨晩から』急激に広まった話題の彼女。
「まぁまぁクレア、落ち着いて……」
「そうだぞクレア。『お嬢』がお怒りになられたらどーすんだ!」
「……グランくん、ちょっといいかな?」
そして、これは以前から一部噂にはなっていたものの、改めてかつ爆発的に広まったラピスの『お嬢』の二つ名。
いわく、破壊魔法とハンマーの如き杖を振り回して破壊を撒き散らす彼女は、かのウィンディア領の荒くれ冒険者達でさえ頭が上がらない、まさに『お嬢』。
かの『国崩し』をはじめとしたウィンディア一家とも交流のあり、普段の気安い対応からは想像しにくいが、美しい花には刺があるを地で行く存在。
もともと『お嬢』の二つ名が好きではないラピスは、『昨晩から』爆発的に、おまけに若干の脚色付きで広まった噂に内心ご立腹である。
ちなみに、ここではなく王城へと戻ったカインも対象だったりする。
彼には二つ名ではないものの、かの『恥さらし』を救おうと尽力し、そしていち早く『国崩し』の事に気付く。
が、彼の背景を考えて優しく寄り添った優しき次代の王として褒め称えられる話が『昨晩から』広まっていた。
全て決して有害な噂ではない。むしろ称賛する噂ではあるものの、しっかりと上がったハードルに話題の次期王がこめかみに青筋を浮かべていたのは言うまでもないだろう。
ちなみに、留学生でありながら得体の知れない魔法を行使したと騒ぎになったグランも対象であり、オリジナル魔法を公開したエミリーもそうなった。
そうして、結局いつものメンバーが休学となったのだ。
そして地元であるウィンディアへと向かう事なり、グランも便乗して着いてくる事となった。
「まぁ、この休学は学園からの配慮だから学歴どうこうには無関係らしいし、いわば休暇のようなものだね。気にせずゆっくりすれば良いと思うよ?」
「「それフィンクさんが言いますか?!」」
朗らかに笑うフィンクに、クレアとラピスが口を揃える。
そんな騒がしい馬車の中で、呆れたような表情を浮かべつつもどこか落ち着かない様子のエミリーがチラチラとロイドに視線をやっているのであった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「あー、やっと着いた。俺らだけでも走った方が良かったかもな、姉さん」
「そ、そうね」
以前のように競走でもすれば良かったと言うロイドに、エミリーは詰まりながらも頷く。
その様子に違和感を感じて首を傾げるも、特に追求はしなかった。
「先輩……エミリーさんになんかしました?」
が、追求はクレアから飛んできた。
「いや分からん。……というか、なんで俺がやった前提なんだ?」
「いや、先輩そういうとこあるじゃないですか」
「え?どーゆーとこ?マジ?」
小声で顔を寄せ合って話す2人。
それを見たエミリーが何か言いたげな表情を浮かべ、堪え、そっぽを向いた。
その表情の一連の流れを見ていたロイドとクレアはしばし背中を向けるエミリーを見たまま固まり、
「……いやこれ、お前のせいもあるんじゃ?」
「……そんな」
ロイドの言葉に力無く拒否をするクレア。
だが、少なくとも今のエミリーの挙動不審には自分も関わっていそうだと思わざるを得なかったクレアは、しばし黙考した後に口を開く。
「……先輩、どこかのタイミングでエミリーさんと話をしてください」
「あー、聞き出せと?」
「そうです。2人きりのが話しやすそうなので、2人でですよ」
「……これでお前のせいならおもれーのに」
「いや、ぜっったい先輩のせいです。先輩そういうとこありますし」
「だからどーゆーとこ?」
とは言え様子がおかしいのは確かなエミリーに、ロイドは溜息をこぼしつつも早めに時間をとろうと考えた。
そして、今日から学園の講義もないので時間などいくらでも作れる。 ならば、早速この後にでも、と思った矢先。
「あら、おかえり。ふふ、どうしたのみんなして」
「あ、ただいまお母さん。ちょっと、フィンク兄さんのせいで自宅待機になったの」
「……エミリー、その言い方だと」
「あらそうなの。フィンク、ちょっとおいで?」
「いっいや母上、違うんです。これは…」
「おいで?」
庭に居たシルビアはエミリーを出迎えた優しい笑顔のままフィンクを呼びつける。
四児――正確には産んだのは三人の母とは思えぬ若々しく美しいその笑顔に、しかしフィンクは頬を痙攣らせた。
勿論断れるはずもなく、すごすごと付いていくフィンクを見て、グランがロイドにさりげなく近寄って小声で話しかける。
「おいロイド、お前の母ちゃんすげぇ美人だけど……なんかすげぇな」
「グラン、その言葉を濁したのは正解だわ」
「ふふ、グラン君っていうのね。私はシルビア、ロイドの母です。いらっしゃい、良かったら上がっていってね」
「うぉっ?!……は、はい、はじめまして、グランです。ありがとうございます……」
聞こえていないと思っていたシルビアが、いきなりにっこりと話しかけてきて驚くグランだが、笑顔を浮かべて挨拶する。その笑顔がフィンクと似たようなものだったのは致し方ないのだろう。
「……母さん、地獄耳なんだよ」
「俺、オブラートが命を救う事もあるんだなって初めて知った……」
先程よりも更に小声で話すロイドとグラン。
そんな2人に、エミリーが声を掛ける。
「何ぼけっとしてるのよ?早く入りましょ」
「んんー、私もお邪魔しちゃっていいかなぁ?」
「勿論よラピス。ほらクレアも」
「はーい!」
そう言って先にウィンディア家に入っていく女性陣に、ロイドとグランも目を合わせ、それから苦笑いになって追随した。
「ふむ、おかえり。学園は休みか?」
「ただいま父さん」
それからこの時間にしては珍しくリビングに居るルーガスに、今度はロイドが理由を話す。
それをルーガスは特に何を言うでもなく頷いて聞いていた。
「ふむ、そうか。まぁそれくらいならすぐに落ち着くだろう。ちょっとした休暇だと思ってゆっくりしていくといい」
「そーだな、ありがと」
ルーガスは言うなり書類に目を戻す。
頷いたロイドがそれを見て邪魔するまいと振り返ると、意外そうな表情を浮かべていたグランとラピスが視界に入った。
「どしたよ?」
「……いやぁ、あはは…ルーガスさんの対応が意外たったから、つい」
「……『風神』ってもっと厳しいイメージだったぜ」
フィンクと似たような発言をするルーガスが意外だったようだ。
それを聞いたロイドが苦笑いを浮かべる。
「まぁ俺も学園に入って知ったけど、あれで父さんも色々やってたみたいだしなー」
「ロイド、客人をいつまでも立たせておくものではないぞ」
ロイドの言葉が聞こえてか、まるで遮るかのようなタイミングで口を開くルーガス。
ロイドは内心笑いつつも、それに従ってグラン達に席を促す。
「……いやまぁ、濃い家族だな」
「うん……」
グランとラピスが小声で話す。
それが耳に入ったエミリーは、しかし反論は出来ない。
両親は尊敬出来るし好きだが、その自分達のスケールを理解した上でマイペースに突き進む様は、時として変わり者と評される事も理解出来てしまっていたからだ。
「しかし、ここ最近はロイドの友人がよく来るな」
「ん?よく来る?」
ルーガスの言葉に首を傾げるロイド。
確かに今日2人連れてきたものの、それが『よく来る』に該当するとは思えない。
そういえばブロズが寄っていったと言っていたし、その事かなと思ったロイドに、ルーガスが言葉を続ける。
「少し前にディンバーの皇帝もいらしたし、最近では勇者も来ている。なかなか珍しい友人が多いな」
皇帝や勇者を珍しいなんてさっくりまとめるルーガスに呆れるべきか、勇者がなんでここに、とか次々湧き上がる思考。
しかしロイドはとりあえずこれだけはと口を開いた。
「勇者は友人ではないです」
まるで英文を直訳したような妙な話し方に、ルーガスはそうか、とだけ返すだけだった。
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