魔法が使えないけど古代魔術で這い上がる

みどりぃ

64 恥さらし

「や、やりやがった!」
「あの『神童』と引き分けた!」
「そんな事あり得るのかよ?!」

 今日一の歓声が湧く校庭。
 夜に差し掛かる時間まで続いた自由参加のトーナメント戦だが、誰もが帰る事なくその結末を見届けていた。

 そして、その末に事実上の学園最強となった『恥さらし』が、同世代最強として名高く、さらには王国でも一目置かれる『神童』と引き分けたのだ。

 今までの沈黙や蔑みなどまるで吹き飛ぶ事実に、誰もが堪えられない衝動を叫びに変えてロイドを讃えていた。

「……うわ、こうなるとなんか逆に恥ずいな」
「ふふっ、照れてるのかい?」
「うっせ」

 それになんとも言えない表情を浮かべるロイドに、フィンクが優しく微笑む。
 ロイドはそっぽを向いているものの、炎が照らす橙の明かりの中でも分かるほどに顔を赤くしているロイドの悪態に力がないのは言うまでもない。

「……でも、これで父上の課題もクリアだね」
「……ん?なんそれ?」

 不意に呟かれたフィンクの言葉に、ロイドが首を傾げる。
 そんなロイドに構わず、フィンクはカインへと視線を送る。

 その視線に気付いたカインが「こいつ王族に指示する気か」という表情を浮かべつつも、仕方なさそうに歩き出した。
 そしてその歩みの先、興奮に拡声魔法具を置いたまま叫ぶノエルのもとまで辿り着く。

『さて、こんな時間まで観戦した生徒達よ。これにて今日のトーナメントを終了とする』

 カインは拡声魔法具を手に取り、歓声に滑り込ませるように口を開いた。

『閉会の言葉を長々と話す気はない。むしろ、皆が感じているであろう気持ちは俺も良く分かる。だからこそ、このまま終わるには一つ気になる事がないか?』

 カインの言葉にもおさまりやまぬ声に、しかし誰もがカインの言葉の続きを待つ。

『それを、『神童』フィンクから話してもらおうと思う。すまないがあと少しだけ時間をくれ』

 そう言うと、カインは拡声魔法具をフィンクへと放り投げる。
 それを危なげなくキャッチして、ロイドが首を傾げつつ見ていたフィンクが言葉を続ける。

『さて、まずはお礼を。思いつきの大会に最後まで参加してくれてありがとうございます。で、だ。この大会の勝者が『恥さらし』じゃ、締まらないと思わないかい?』

 礼を言って軽く頭を下げると、フィンクはすっと顔を起こして言葉を続ける。

『だから、この場を借りて伝えよう。ロイド・ウィンディア、彼はディンバー帝国での内戦で活躍した『国崩し』、その人であると』

 きっちり2秒、騒がしかった校庭が静まり、

「「「えぇえええ?!!」」」

 先程の歓声にも負けない困惑と動揺の声が鳴り響いた。

「お、おい兄さん!何言ってくれてんだ?!」
「ふふっ、ロイド。もう隠す必要がないからだよ?むしろ、まだ隠してたの?って感じだけど」
「いや俺も別に良いかなとは思い始めてたけど、だからってこんな…」
「僕と引き分けといて、下らない心配に気持ちを割く必要はないよ」

 そう、『国崩し』、ひいては魔術師である事を隠してきた最も大きな理由は、ロイドがその名前に引き寄せられた悪意によって危険に晒される事だ。
 だが、それももう十分だろう、とフィンクは言う。

「それに、父上も僕と引き分けるようなら隠す必要はないって言ってたしね」
「……それ、大暴露しろとは言ってないよな?」
「ふふ、バレたかい?でも、この方が面白いだろ?」

 朗らかな笑みに、微かに悪戯っけを混じえた微笑みで、フィンクは言う。
 あぁ、この兄はしっかりしているようでやっぱ問題児だ、とロイドは自身を棚に置いて吐き捨てる。
 
 それを可笑しそうに笑いながら見ていたフィンクだが、少しずつ困惑の声が収まる事に気付いて再び拡声魔法具を口に近付けた。

『『国崩し』として、ディンバー帝国にて『最強の戦力』と評されていたジルバ皇太子を打ち破り、かの国で『天を衝く光』の伝説に添える偉業を成し遂げた』

 語るような口調に、だんだんと困惑の声は収まる。それに反比例するようにロイドのフィンクを見る視線の温度も落ちていく。

『確かに彼は魔法適正はない。けど、古代技術である魔術に適正を示し、度重なる苦難を超えてその身にいくつかの魔術を宿した』

 いつしか、校庭の生徒達はフィンクの言葉に耳を傾けていた。
 それをロイドにも負けない程になんとも言えない視線を送るカイン。

『それまでの皆は苦難を想像出来るだろうか?魔法が使えないとバカにされ、蔑まれる辛さ。それでも決して折れる事なく力を求めて足掻く心にこそ、僕は尊敬の念を抱く』

 聞き入る生徒達は、顔を伏せる者、目を潤う者など、様々な反応があるが、そこにはフィンクの言葉を否定するような反応はない。
 そんな中、エミリーは呆れたような視線をフィンクに送る。

『そんな彼がフェブル山脈での修行を終え、ディンバー帝国での戦いを越え、こうしてここに居る。……だが、彼もやはりまだ皆と同じ1人の少年だ』

 どこか沈痛な口調で紡がれた後半の言葉に、え?といった様子で生徒全員がフィンクに視線を向ける。
 その視線を受けたフィンクはしばしその表情のまま言葉を途切れさせ、それからそっと優しく微笑むようにして言葉を続けた。

『だから皆、彼のことを認めて欲しい。『恥さらし』ではなく、そして『国崩し』でもなく。1人の少年、ロイド・ウィンディアとして』

 その言葉に、声を詰まらせるように数秒置いてから、まるで打ち合わせでもしていたかのように生徒達が叫んだ。
 飛び交う声は肯定を示すものばかりで、中には涙さえ浮かべて頷く者もいる。

 それを見届けたフィンクは、最後にありがとう、とだけ口にして拡声魔法具に送る魔力を止めて地面に置く。
 そして、ロイドの背中に優しく手を置き、フィンクが頭を下げるのに合わせてロイドにも頭を下げさせた。

「「「ぉおおおおおっ!!」」」

 それに応えるかのように、さらなる歓声が校庭に響く。
  ロイドを讃える声や、謝罪の声が飛び交う。
 それに感極まったように、フィンクは溢れそうになる涙を堪えるかのように目元に指を添えていた。
 そして、まるで涙を見せまいと、しかし溢れるそれを隠すように俯いて肩を震わせるロイドの肩に手を添えた。そして弟を気遣うように、優しく連れてステージを後にした。

 その弟の存在が認められた事に涙しているであろうフィンクに、そして喜びに涙を堪えて震えているであろうロイドに、つられるように涙する生徒もいた。

 そして、フィンクに連れられて校庭を後にしたロイドが見えなくなるまで、その歓声は弱まる事はなかったのだった。

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